厄日が連れてきた甘すぎる恋

みららぐ



その日は朝から最悪だった。


出勤途中、電車に乗る直前にヒールのかかとが折れて会社に遅刻して、

大事な取引先の会社に送るメールと同僚に送るメールを間違え、

お昼休憩ではお弁当を作って持ってきたはいいが箸を忘れたことに気が付いて絶望し、

昨日上司に提出した重要な会議のデータで大変なミスを犯してしまい上司に叱られ、

会社の同僚から皆に配られた可愛いクッキーが、なぜか私のだけ派手に割れていた。


ついでに定時には帰れず、今日は2時間も残業になってしまった。

いつもは17時半に終わる仕事が19時半に終わり、気が付けば部署内にはもう私しか残っていない。


「…帰ろ」


それでも、唯一救いなのは、今日が金曜日で明日がお休みだということ。

彼氏とか好きな人は特にいないし、一緒に遊びに出かけるような友達もいないけど、それでも休みというものは嬉しいものだ。

今日は少し遅くなったから、居酒屋でご飯でも食べて帰ろう。

私はそう思うと、いつもの行きつけの居酒屋に向かった。


…………


その居酒屋は、会社の向かい側、8階建てビルの地下に存在する。

安くて美味しい上に、場所が場所のせいかいつもお客さんは少なめ。

私はいつものカウンター席の一番奥に座ると、早速生ビールを注文した。


「おじちゃん、いつもの生ちょうだい」

「はいよ」


あと、大根サラダと、金曜日だからニンニクたっぷりの餃子と…


「あれ?加科かしなさん?加科さんじゃないですか?」

「!?」


…なんて考えていると、その時、私は突然背後から聞き覚えのある声に苗字を呼ばれた。

若い男性の声。この声は、まさか…。

そう思って振り向くと、背後には今日同僚に送るはずだったなれなれしい文章を間違えて送ってしまった、「大事な取引先の会社の人」が立っていた。


「!!…っ、あ、矢嶋やしまさん…!?」


私は凄く驚いたようにそう言うと、矢嶋さんが「奇遇ですね」なんて笑顔を浮かべる。

そして、「隣いいですか?」なんて言うから、私は物凄く戸惑いながらも思わず「はい」と答えてしまった。


矢嶋さんは普段、私が最も仕事でよくやりとりをしている相手の男性社員。

年齢は…確か前に打ち合わせで、今年で26歳になるとか言ってたっけ。

まだ22歳になったばかりの私と比べるのも失礼な話かもしれないが、矢嶋さんは

大人で落ち着いている印象だ。


今日だって、私が間違って恥ずかしい失礼極まりないタメ語のメールを送ってしまっても、「大丈夫ですよ」「気にしないで下さい」と言ってくれた神様みたいな人。

見た目はわりとイケメンだ。雰囲気も優しくてとっつきやすい感じだから、恋愛感情は特にないけど印象は凄く良い。


なんて思っていたら私の生ビールがきて、隣に座っている矢嶋さんが言った。


「よくこの居酒屋来るんですか?そう言えば、会社向かいにあるし近いですもんね」


そう言っている矢嶋さんの手元には、既に半分くらいまで減った同じビール。

…もしかして、別のテーブルに居たけど私を見つけたから、普段から取引してる相手だからとわざわざ声をかけてくれたんだろうか。だとしたら申し訳ない。

私はそう思いながら、矢嶋さんに言う。


「そ、そうなんですよ。たまに、残業した日とかに」

「あれ、じゃあ今日は残業だったんですか?」

「ハイ、まぁ。ちょっとだけですけど。あの、矢嶋さんはどうしてこの居酒屋に?会社から遠いですよね?」


確かこの居酒屋から矢嶋さんの会社までは、電車を乗り継いで30分はかかるはず。

実は家が近いとか?私がそう思っていると、矢嶋さんが言う。


「あ、今日は実は同僚と。ちょうどこの席の後ろのテーブルで飲んでたんです。僕、家がこの辺なので」

「!」


その言葉に、私はふと後ろを振り向く。

私が座っているカウンター席の真後ろには、畳に上がって座れるテーブル席が2つ並んでいて、そのうちの1つの席に矢嶋さんが同僚の人たちと飲んでいたらしい。


「え、申し訳ないです!せっかく同僚の方たちと飲んでらっしゃるのに」


私が申し訳ない口調でそう言うと、矢嶋さんが言う。


「ああ、それは大丈夫です。どのみちそろそろ次に行こうとしてて、僕は先に帰る予定だったんで」

「用事か何かですか?」

「うーん…でも、加科さんを見つけたので帰るのは延長することにします」

「!」


矢嶋さんはそう言うと、私の方を見て優しく笑った。





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