第10話 力になって差し上げますわ

「貴方様は――――――、この世界に来て、余りにも変わられてしまったというのでしょうか……?」


 セリアのそんな掠れた、困惑したような声を聞いて俺は薄く笑いつつ内心こう思っていた。

 これあまりにも過去の俺、罪深くね? って。

 

 今の彼女の話の内容的に改めてわかったこと。

 それは彼女にとって「過去の俺」っていう存在が余りにもでかい影響を与えているって事だ。

 まぁ確かに、魔王時代にもそう思うところはあったけど……、感じ入ることなく流してたな。言ってしまえば「無視」をしていたのだろう。


 だけど今の俺は違う。彼女を無視する事などできなくなってしまっている。

 そのあまりある力を持っておいて目を背けるべきではないと、俺の中で19年間育てられた「天龍司」がそう言うのだ。


 ホント、難儀な性格になっちまったもんだよ。


「んー。そだな。今この世界で天龍司として……19年とそこらの歳月を生きてきてっからなぁ。昔の俺とは、もう考え方からして別物になってるかもな?」

「っ! たかが20年と少しで、そこまで……!?」

「んまぁお前らからしたら20年なんて大した時間じゃねぇのかもだけどさ。この世界の人間からしたら超長い年月だぜ? 人が大きく変わっちまうには十分くらいだな」


 まぁ魔族の平均寿命って1000年くらいだしな。俺も向こうじゃ900年くらい生きたっけ。そりゃ20年ぽっちで、なんて思うのもわかんだけども。

 でも、何となくわかった気もする。何故、俺が天龍司として生を受け成長したうえで、魔王であった頃の記憶を思い出したかが。


「ま、でもこうしてお前と面と向かいあって話ができるようになったんだ。悪い変化じゃねぇだろ? 魔王だった頃ならできるはずもないことが今できてんだからよ」

「――――――っっ!!!」


 それは、きっと魔王時代のヤツらと、しっかりと向き合うためなのだろう。勝手な考えだけどそう思う。

 だって俺はこいつらに対して、ひとつの世界の長らしい事など、なにもしてはいなかったのだから。


「だからこの際だ。とことん話聞いてやるよ。ある程度の話をお前から聞けりゃ悪いようにゃしねぇっつう言質もこの組織の人間から取ってるしな。俺も今の現状だったりこの世界のことだったりある程度の情報提供はするぜ。どうだ?」

 

 絶対、セリア以外にもいる。こうしてしっかり向かい合うべきヤツが。だから、今の俺の姿をしっかりさらけ出した上で、きっちり向き合ってやるよ。

 そう、思っていたが。


「ふざけないで、くださいまし――――――!」

「……どしたよ。なにか不満か?」

「そのような情など必要ありません……!そのようなことを仰る貴方様など、貴方様ではない……!! もっと冷酷で、非情で、堂々とした貴方様であったからこそ私は――――――!」


 セリアはそう言うと、ふるふると身体を震わせる。声にも、若干の怒りのようなものが滲み出ていた。

 まぁ、だろうなぁ。受け入れんの難しいだろうね。俺、あまりにも変わりすぎてんだろうし。


 でも、今の状況。少しマズイかもな。

 セリアの魔力に乱れが生じて、荒れつつある。この状態だとコイツ、ちょっと暴走しかねないぞ。


 落ち着けよ。俺の話を聞いてくれ。そう言おうと口を開きかけた矢先。

 つんざくような高い音がセリアから聞こえた。同時に眩い光が一瞬セリアの首元を貫くように光る。


「かは――――――っ!!?」

「セリアっ!?」


 セリアは苦しそうに顔を歪め、椅子から崩れ落ちるように倒れる。何事かと思ったけど、セリアから感じる魔力の残滓を見て、思い至る。


「まさか――――――」

「『光の楔フラッシュスパイク』、発動ね……。ったく、気絶してる時に打ち込んどいて正解だったわ。あのまま暴れだされたら面倒だったし、ね」


 そう言いながら扉から入ってくる、金髪の少女。

 金星クソガキか。セリアが暴れ出すと思ったのだろう。予め先手を打ったみたいだ。まぁ、彼女は責務を全うしたってことだ。とやかくは言うまい。

 

 だけど、それでも突っかかりたくなる気分にはなる。


「随っ分と――――――、こすい真似してくれんじゃねぇの?」

「はっ。アンタが無駄な会話して拗れさせてなきゃこんな真似してないわよ。ったく話を聞くのはまた明日に持ち越しになりそうね。暫くは起きないでしょうし――――――」


 呆れたように金星はセリアを見る、が。

 そこにはもう、セリアの姿はなかった。

 あるのは倒れた椅子と、壊された手錠のみ。


 その次の瞬間、強く壁に叩きつけられるような音が聞こえる。振り返って見ると、セリアが金星の首もとを掴みつつ、壁に押し当てていた。


「あ、ぐ――――――!? な、なんで……!?」

「うふ、随分と姑息なことするわねぇ。でも、この程度で気絶すると思ってたのかしら。だとしたら相当甘ちゃんですわ。ねぇ?」


 ぎりぎり、という音から、セリアが手に込める力を徐々に強めていくのがわかる。それに従って金星は、苦しそうな表情をより色濃くしていく。


「あぁもう、プローディー様が変わってしまわれたというなら……もういいわよね? 代わりに私がこの、プローディー様を腐らせたこの世界を――――――!」


 ……ったく。魔力が暴走してるなセリアのやつ。そのせいで感情の制御が彼女自身もつかなくなってんのか。

 もう、しょうがねぇなぁ。


「ストップだセリア。落ち着けよ」

「――――――え?」


 俺はそう言って、彼女の後ろの首元をとん、と叩く。乱れた魔力を幾らか落ち着かせるのようなものだ。

 そこを叩いた瞬間セリアの表情が、はっ、としたようなものになった。金星の首を持つ手に込められていた力がするりと抜ける。


 よし、魔力の「流れ」も今ので少し正常に戻ったな。これなら話を聞いてくれそうだ。


「んまぁ確かに……俺は昔とは比べもつかんくらい変わったよ。でもさ、変わってねぇところも確かにあんだわ」


 そう言って俺は横にある、マジックミラーに映る自分の姿を見る。

 柔けえ笑顔してんなぁ。多分こんな顔、魔王だった頃はできなかっただろう。そこは、セリアの言う『変わってしまった』ところのひとつなんだろうな。


 でも、変わってないところも確かにある。そこがセリアに刺さってくれっといいんだけどな。


「例えば、強ぇやつと戦うってなるとウズいちまうとことかな。お前昔も充分強かったけど、今は更に力つけたろ。めっちゃくちゃ嬉しかったぜ? 俺ぁよ」

「っ。そんなこと――――――」

「おっしゃらないでください、ってか? そういう割にゃ随分と嬉しそうじゃねぇの」

「〜~〜っっ」


 褒められ慣れてねぇのかなんなのか。恥ずかしそうに、それでいて少しだけ嬉しそうにセリアは顔を背ける。

 思えば、こうしてコイツら部下のことをはっきり見て、声をかけてやる、なんてことしてなかったな。


 できれば魔王時代の時にしてやれればよかったのかもな。こーいったこと。


「あとそれに……世界征服とか、成り上がりって事には興味ねぇけどさ。強くなりてぇっていう『向上心』は、昔のままなんだ。だからよ、期待しててくれや」

「期待してくれ、と言いますと――――――?」

「そのまんまの意味だよ。またお前よりも強くなってやる、って事さ。次は正々堂々、お前を正面切ってねじ伏せられるくらいになってやるさ」


 まぁ、ちょっと変だよなこのセリフ。ライバルに喧嘩売る台詞ならまだわかんだけどさ。説得の台詞としては場違いもいいとこだろう。

 でも、彼女にとってはこの言葉が一番なのかもしれない。やっぱりコイツ、魔王プローディーは最強であって欲しいみたいだから。


 じゃあお前の想像以上になってやりますよ。期待して待ってろ。


「ふふ、臆すことなく、堂々と啖呵を切りますのね。そのようなお姿は確かに、私の知る貴方様のままですわ……」

「へ、そーかい。それなら何よりだぜ。ま、お前の実力に追い付くにゃちと時間がかかるかもだけどな」

「ふふ、構いませんわ。確かに貴方様は変わってしまわれましたが……、その不屈の精神や大胆なお姿は以前のままですわね。安心しましたわ」


 セリアは俺を見つめながら、妖艶に笑う。

 あーあ、いつも通りに戻ってるよこいつ。まぁ話は聞いてくれるようになったようで何より……なのか? これ。


「なれば信じてその時まで待つというのが、下僕の勤めというものですわね。楽しみにしてますわ」

「下僕って言うのやめてくれっと助かるんだけどなぁ……。ま、幾らか話を聞いてくれるようになった所でよ、俺この組織に協力するつもりだからさ。お前も色々と『情報提供』してくれっと助かるんだが」

「あら、情報提供よりももっと貴方様にとって有益なこと、私思いつきましたわ。最も私としては不本意この上ないですが……」


 少し複雑な表情をしながら、さっきから黙ってこちらを見つめる金星を、セリアは見やる。

 そしてはぁ、とため息をひとつ吐いて続ける。


「そこの小童。ペンと紙を頂けるかしら?」

「はぁ!? 一体何を――――――」

「察しが悪いわねぇこのクソガキ。協力してあげようってのが分からないのかしら。プローディー様には申し訳ないですけど早々に心変わりしそうですわ。もう」

「あ、アンタ黙ってりゃ散々にぃっ……!」


 まぁ、今のは金星に同情するわ。俺もセリアが何したいのかわかんねぇもん。

 でもまぁ仕方ない。割とセリアってこんなやつだし。ナチュラルに口悪い所があるというか。


「いやぁ申し訳ないね。はいコレ。ちゃちなもんかもしれないけど、これで大丈夫?」

「あら、貴方いつからそこに?」

「ツミレが君にやられた時に入ってきたのさ。最も君は、そこの天龍くんとの話に夢中で気づいてなかったみたいだけどね?」


 んで、いつの間に入ってきたのか。凪浦がセリアの横に立ちメモ帳とペンを差し出す。だいぶ言葉に刺がある気がするが……、仲間がやられてりゃそんな反応にもなるか。


 セリアは「あら、そう」と興味なさげに返すと、サラサラとメモ用紙にペンを走らせていく。そして、一通りメモ用紙に文字を書き終えると用紙を切り離し、軽く口づけをする。

 そして四角く折りたたみ、ぴっ、とうしろへと投げ捨てる。

 

 その、瞬間。

 とても小さな黒い『窓』が出てきて、メモ用紙を吸い込んでいった。


「ん? セリアお前今何を」

「あら、魔王軍にお暇の手紙を送り付けただけですわよ? ジヒョウ、と言うのでしょう。ここでは」

「いやなんでそんなこと知って……てかそんなことよりなんでそんなことを……って、まさか」


 いやそんな軽い感じで魔界とやり取りできるんかいお前、とか突っ込みたいことは山ほどあんだけども。

 何となく、こいつの考えてる事がわかった気がするぞ。

 ひとつの可能性が頭に浮かんだ時、思わず俺は頭を抑えた。


「もとより私は魔王軍よりもに忠誠を誓っておりましたので。貴方様がこの組織に協力するのであれば、私もお供するのみですわ。最も、こやつらにある程度従わねばならんのはいささか不愉快ではありますが」


 やっぱり、そんなところだろうと思った。

 確かにお前がこっち側に来てくれんのであれば心強いことこの上ねぇんだけど。


 でも、よ。


「さて、そういうわけです。このセリア・マーキュラス、貴方たちの力になって差し上げますわ。最も……、プローディー様のが続く限り、ですけどね?」


 お前、上手くやってけんの? そんなんで。

 その不遜な態度から出てくる感情は「心配」以外にねーよ。

 

 それに他にも心配事は山ほどある。そんな事が色々と頭の中を巡って、俺は。


 でかいため息を1つ、つくしかなかった。

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