第6話 勝負は力量差だけじゃ決まんない

「……あら、プローディー様。そこから離れてくださいます? でないとその女、始末できませんよ?」


 セリアは前に塞がるように出てきた俺を見て、少し凄むようにそう言う。ったくスイッチ入ったらブレーキが効かなくなるのは相変わらずか。

 過去の彼女を思い返して、思わず一つため息が出た。

 

「いやだから、そんなことされたら困んだって。できることならここまでで止まってくれっとありがたいんだが」

「無理に決まってるじゃありませんか。どうしてもというのなら……少々手荒にいきますわよ?」

「ぁ゙あ゙? やってみろよ。最も、お前が俺を倒せるたぁ思えねぇけどなぁ?」


 お前がそう来るのならこっちも強く出てやる。そんな心構えで笑って煽り返す。だいぶ悪どい顔になったんじゃねぇかな。

 そんな俺を見て、セリアは少し可笑しそうにクスクスと笑った。


「うふ、あはははは……。もう、冗談は休み休み仰ってくださいまし。私もさっきまでは御力をお隠しになっておられるのかと思ってましたが――――今ので確信しましたわ」


 セリアはそう言うと、勝ち誇ったように微笑む。

 自分の勝ちは揺るぎないものだ、と確信するかのような笑顔だ。


「先程のあれ、昔の貴方様ならあの程度、重圧プレッシャーだけで押しつぶせていたはず。なのにそうはなさいませんでしたわね?」


 あぁなるほど、さっきの防ぎ方で流石にこいつにもバレちまったか。

 俺が、全盛期の頃の力を半分も出せてないことに。


「1度威力を殺すような真似をなさっていた……。つまり今の貴方様は、その偉大な御力の半分も出し切れていない状態。そうではありませんか?」

「……っへ。さぁ、そいつぁどうだろうな?」


 まぁ、概ね当たってる。けども、俺は敢えてそう強がってさも余裕そうに笑う。

 ぶっちゃけ言ってしまえば、実力的には圧倒的不利。だけど焦りや不安は腹の中に隠して、飄々とした態度でいる。


 これはきっと昔の俺でも、今と同じ状況下ならそうしてただろう。大事なんだよ。勝負事で意外とこういうの。


「あらぁ。そこの女と同じで強がりますのね? 随分とあの女に絆されたご様子で。 いいですわぁ通じあってるみたいで。うふふふふふ……」


 そう彼女は声を上げて不気味に笑うとその場からふっ、と姿を消す。

 そして次の瞬間には、俺の眼前まで迫っていた。


「それなら貴方様をブっ潰してでも……その惑わされた目を覚まさせてあげますわよ?????」

「いや何勘違いしてんの」


 かは知らないけどさ、なんて言う間もなくセリアの殺意マシマシな拳が俺めがけて迫ってくる。大分声にドスが効いてなかったか。そして話聞けよ。

 今の俺じゃ1発喰らえばほぼOUTだ。横にかわして距離をとる。そしてセリアは逃がさんとばかりに追ってくる。


 しゃあねぇ、ちょっくらいくか――――!


雷撃サンダーボルト!』


 両手をかざすように広げ、電撃を展開する。その電撃はセリア目掛けて飛んでいく。『雷・伝・導らいでんどう』の遠距離版だ。威力は落ちるが牽制にはなる。

 躱して止まってくれりゃ御の字だが――――、セリアは敢えて踏ん張るように俺の電撃を受け止める。


 佐倉さんの『桜吹雪』に比べちゃ威力は上なのか、苦悶の表情を浮かべる――――、けど。


「っっ――――――うふ、ぁはははははは!!! 」


 あーもう、すぐに快楽に変わってるよあいつ。電撃を受けきったあと、魔力を増幅させ弾き飛ばした。

 足止めのつもりでちょっと強めにいったつもりなんだけどな。いやダメージはそれなりに入ってんだろうけども。


「やっぱりいいわぁ貴方様の御力によるこの痛みぃ……! さっきのあの女のより上質……ですが、やはり私の知る貴方様より遥かに力は落ちますわ。この程度であれば、ねじ伏せるのなど造作もありませんわね」


 そう言ってふぅと一息つくと、俺を見限ったように見つめる。その目からは、余裕の他にも、憐れみのような感情も含まれているように……って。

 あ、こいつの考えてることがなんかわかった気がするぞ。


「あぁかつては魔界史上最強と謳われた貴方様がこのような見る影もないお姿に……。不憫でなりませんわ」


 やっぱそう考えてたのかよ。分かりやすいな。

 魔王の頃の俺を盲信する彼女のことだ。『魔王プローディー=圧倒的かつ最強』であって欲しいと、そう思っているのだろう。


 まぁ、ひとつ言えることがあるとするなら。

 彼女は大きな勘違いをしてるってことだ。


「さて、一刻も早くあの頃の御力を取り戻していただくためにも、魔界に1度連れ戻して――――」

「いや、あのさセリア。ひとつ言わして欲しいんだけども」


 彼女の言葉を遮るように、俺は話し始める。

 いやまぁなんか独り言みたいに勝手に喋ってたし……。ならこっちもハッキリと言わせてもらおうか。


「お前が何を勘違いしてんのかは知らねぇけどさ。俺は魔王の頃も――――、そこまで強くなかったぜ。そりゃお前と初めて会った頃にゃそれなりの力はあったけどよ?」

「あは、何を仰いますか。圧倒的な力なくして魔王の座に登り詰められるわけがないでしょう。あまり私の知る貴方様を愚弄すると……、容赦しませんわよ?」

「はっ。分かってねえなぁったくよぉ。むしろ逆だぜ。俺に最初ハナっから力があったら……魔王になんかなってねぇよ」

「……は?」


 セリアは思考が止まったかのようにぽかん、とした表情になる。

 

「魔王になるまでにはよ、実力的にゃ俺より上のやつなんざゴロゴロいたんだわ。そいつらにどうしたら勝てるか、そいつらよりどうしたら上手く立ち回れるか……なんてことばっかだぜ? 考えてたの」


 最初から圧倒的な力なんぞ持ってたら出る杭は打たれるで失脚させられたか、もっと別の何かになってたわ。何になってたのかって? 知らんよ多分神でもやってたんじゃねぇかな(適当)。


 ま、ともかくとしてそんな事ばっかり考えてたから、魔王なんてモンにいつの間にかなっちまったんだろうな。そう思う。


「ま、だからってこたぁねぇけどよ。今の状況は然程、昔と変わんなかったりすんのよ。こんな状況アホほどあった訳だし」


 そこまで言うと俺は目を細めて笑う。なるべく挑発的に、野性的な笑みになるように努めながら。


「だから、あんま侮んなよ。勝負は単純な力の差だけじゃ決まんねぇんだから。少なくとも……俺はこっからお前を倒すパターンだけなら10通りは思いつくぜ」


 いやぁ一応こいつにゃ昔教えたはずなんだけどね? 「勝負は単純な力量差だけじゃ決まらんから相手を舐めんな」って。忘れちまったのかよ悲しいな。

 まぁ10通りはさすがに嘘だけども。まぁでかく見せるに超したことはないと思うし。


 で、だ。そんな俺の言葉を聞いたセリアはと言うと。

 暫く黙り込んだ後、ぷっ、と息を吹き出して。


「あは……ぁぁあははははははは!!!! 最っ低にくだらない冗談ですわ!! 今の私と貴方ではキマイラと羽虫ほどの差がありますのよ!? あまり私を舐めないでくださるかしらァ!!??」


 おぉキレた。笑いながらキレたよ。そうだろうなこいつ何気にプライド高ぇし。格下が舐めた態度とりゃそりゃこうなる。それにしても例えがわかりづれぇな。


 ま、言い返すようでなんだけど、よ。

 こう言っときましょうかね。


「舐めてんのはどっちだよヴァァーーーーカ!! 御託はいいからとっととかかって来いってんだマヌケぇ!!」

「っ!!! ならお望み通りぃぃっ――――! 一撃で沈めて差し上げますわぁ!!!!」

 

 セリアはそう叫ぶと、天高く手をかざす。

 その次の瞬間、漆黒の、巨大な球状の魔力の塊が姿を現した。


「ん、な――――っ!? 何、アレ……!?」


 佐倉さんが驚愕したような声を上げるけど、その反応も当然だ。アレ、セリアの決め技だし。久しぶりに見たな。

 全てを闇に飲み込み叩き潰す、圧倒的な魔力の塊。でもフルパワーの威力じゃねぇ。抑えてんな。変な配慮すんなっての。


 でも、俺にとってはそれでも十分な驚異。

 その瞬間、ビリっという肌のヒリつきと共に、セリアの膨大な魔力を感じた。


 途方もないほど、大きな魔力。

 ――――あぁ、これだ。この感じ。

 この自分よりはるかに格上の存在と対峙したときのこの感覚……!!


 「最っっ高にじゃねぇのぉ!!??」

「安心してくださいまし気絶で済ませて差し上げますわぁ!漆黒の狂魂ダークマター・クレイジーソウルっっ!!!」


 セリアのそんな怒号とともに、魔力の塊が俺目掛けて突っ込んでくる。

 下手すりゃ周りの家が数件消し飛ぶ威力。そんなものが凄まじい音を立てて身体にぶち当たった――――。


「天龍くんっっ!!!!」


 佐倉さんのそんな悲痛な声が聞こえる。やられたと思ったのかな。

 ところがどっこい。


「う―――――ぉ―――、るァァァァァァァあああ――――――!!!」

「っ!? 何故―――!!??」


 耐えてますとも。えぇ当然じゃないですか。

 セリアは一瞬驚愕したように目を見開く、けど、俺に生じた異変にすぐに気がつく。


 そう、俺の魔力が一気に膨れ上がっているのだ。

 さっきのセリアと全く同じように、だ。


「へっ――――――! 随分と強くなったじゃねぇかセリアよぉ!! 俺ぁ嬉しいぜ!!!」

「ま、さか。それは……!」


 ようやく気づいたかよ。

 そう、圧倒的格上との戦い、昔の仲間の成長。こんなの見せられたら、さぁ。


「気持ちが昂んねぇ方がおかしいだろうがァ!!」

ユーホリック・ヒステリア多幸的なヒステリー……!?」


 ご明察。

 セリアはまさか今の俺が使えるとは思わなかったのだろう。驚愕の表情が見える。使えるよ当然だろ。お前にこの能力、誰が教えたと思ってんだよ。

 

 元々こいつはとして開発した能力だ。格上との勝負に滾る俺の性分を利用して相手との戦力差を瞬間的に埋める、なんて戦い方が本来の使い方だ。


 ただこいつセリアの場合は元々の性格とこの能力の相性があまりにも良すぎたからメインの戦い方として教えたってだけの話だ。

 まぁ奥の手として使うのが本来のやり方ならここぞって時まで隠しておくよねって話ですよ。


 さて、セリアのこの漆黒の狂魂ダークマター・クレイジーソウルをそのまま両手で押し付けるように小さくしていく。

 大幅にアップしたパワーと魔力で膨れ上がろうとする魔力の塊を少々強引に押さえ込んで――――――、見えなくした。


 そして、ぎゅ、と右の拳を握る。


「さぁて長引かせるのもマズイし……、とっととケリつけてやりますかねぇ!」

「っ……! 抑え込まれたのは予想外でしたがそれでもまだ、私の方が有利ですわよ――――――!」

 

 ユーホリック・ヒステリア多幸的なヒステリーで自分と俺の力量差が目に見えて縮まったことに流石に警戒したのか、セリアはぐ、と俺の攻撃に備えて構えをとる。

 けど、まだ自分の勝ちは確実だと思ってるみたいだな。


 ったく。何度も言ってるだろうがよ。

 単純な力量差で、勝負は決まんねぇってさ。


「うぉらっ!!!」


 自分を奮い立たせるようにそう叫んで俺は、セリアに向かって全力で突っ込む。身体能力は大きく上がってるから、距離を詰めるのにそこまで時間はかからない。

 拳を叩き込まれると思ったのか、セリアは腕を目の前に出してガードしようと試みる。


 そこに俺は、握りこんでいた右の拳をぱっ、と開く。

 そして――――――、俺の手から先程の、彼女の漆黒の狂魂ダークマター・クレイジーソウルが姿を表した。


「は――――――!!??」


 セリアは困惑と驚愕の表情を、顔全体に浮べる。

 消滅させたと思ったか、残念無理ですそんな真似。

 そんな力ねーよ今の俺に。ただ極限まで小さくしてだ。

 

 で、そんなこいつの処理先として。

 ここにいるセリアさんに受け止めてもらおうって話ですね。


「いやぁ悪ぃな。消滅させんのは無理だったからさぁ。代わりにお前が受け止めてくれや――――――!」

「な――――ちょ――――!?」


 おぉ口調が崩れてる。いいねぇ実にいい気味だぜ。

 セリアの防御体制が整わないうちに、俺は彼女に向かって、大きな魔力の塊を彼女に向かって押し付けた。


 そして――――――、眩い黒い光と共に、セリアは天空へと吹き飛んでいった。

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