拙者、侍として異世界に転生したのですが、この世界、女しか剣を持てぬ。

イコ

序章

第一話 輪廻転生、女性社会

 拙者は、ただ刀を極めたかってござるな。


 闇夜に、火の粉が舞っていた。


 倒れた者の上を踏み越え、進んでいく。


 乱戦の最中、味方も敵も区別のつかぬ戦場。


 そこで剣を振るいながら、人を斬る。


 十で剣を握り、仲間たちと生きてきた。


 それから十年以上、刀を振るってきたが道半ばで拙者は息絶える。


 侍として、刀は力ではない。意思だ。心の在り方が、刃を鋭くも鈍くもする。


 それがわかったのは、皮肉にも最期の時だった。


 銃声が鳴る。腹に鈍い衝撃。


 血を吐いた。


 すでに刀の時代は終わりを迎えていたのだ。

 

 視界が揺れる。


 天と地が反転する。


「……口惜しい……」


 拙者の脚が、先に折れた。


 情けない。


「……まだ、だ」


 声が、出ない。嗚呼、これが拙者の死に場所か。まこと、業の深い男よ。


 刀を極めることは叶わず、志も継げず。だが、この悔いを胸に沈め、終わりにできるほど、拙者の魂は安くない。


 ならば、願おう。


 もし、この命尽きる先に、次があるのなら……。


 もう一度、刀を。


 もう一度、強さを。


 もう一度、生きる理由を。


 与えてはくれぬか……。


 ♢


 ふむ、目の前で赤子が泣いている。


 桶に湯を張って、生まれたばかり、畳の匂いに血が混じる光景。


 その匂いによって、拙者は記憶を取り戻した。


 布団にくるまった拙者は、ふと己の手を見る。


 小さく細い。五歳にも満たぬ幼児のそれでござった。


 そう……拙者は、生まれ変わったのだ。


 仏教で伝え聞いていた輪廻転生が、実際に存在するとは思ってもいなかった。


 何よりも、自分に起きるなど考えてもおらんなんだ。


 命を落としたあの戦。


 刀は折れ、夢半ばに散った侍の魂。


 なぜ、今ここにあるのか? それはわからぬが幼子となって、もう一度刀を取れる。


 その喜びは計り知れぬ。


 そして、拙者の記憶を取り戻させてくれた血の正体は、妹の誕生であった。


 生涯、天涯孤独であった拙者に、今世では母と妹がいた。


 それは喜ぶべきことではあるが、どのように接すれば良いのか悩む。


 ♢


 妹の名は柚花ユズカと名付けられた。


 すでに三年の年月が流れ、拙者が思ったことは、妹は宝である。


 なんと愛らしく、なんと儚いのか? 拙者がこの子を守らなければならぬ!


 視界の端で、小さな影が動いた。


 顔立ちは整っており、真っ直ぐで大きな瞳に黒髪が肩で揺れている。


 彼女は何も言わず、ただこちらをじっと見ていた。


 目が合うと、にこりと笑う。


 それだけで拙者は言葉を失った。


 そして、叫びたい!


「妹こそ尊い愛そのものであると!」


 彼女は、よちよちと歩み寄ると、拙者の手を取った。


 あたたかい、小さな手。


 言葉はなくとも、何かを伝えようとする意思だけは、ひしひしと伝わってくる。


「あにさま」


 胸が苦しい! 呼んでくれるだけで、幸せでござる。


 くぅ〜絶対に拙者は強くならねばならぬ。


 目の前に広がる部屋。

 

 それは粗末な長屋で、木造の壁には継ぎ目があり、所々に雨漏りの跡も見える。


 いつかこんな場所から柚花を救い出さねばならぬ。


 今世で、拙者は暁刃あかつきじんという名を受けた。


 名に恥じぬ、刃を研ぎ澄ませたい。


 囲炉裏には火がくすぶり、小鍋の中から白い湯気が立っている。かすかに粥の香りがした。


 柚花の柔らかな手が、拙者の指をぎゅっと握る。


 ああ、この子は何も知らぬのだ。この世の理を、社会の仕組みを、ましてや男の生き方など。


 それで良い。今は、知らずともよい。


 拙者がすべて、肩代わりする。


 ……だが、その覚悟をしたからこそ、わかったことがある。


 我が生まれ変わった和国は、元々いた世界とは違っていた。


 この国では、男が立身出世を望むことは叶わない。


 政を司るのは、女。


 剣を振るうのも、女。


 寺社を治めるのも、経壇の指導者も、すべてが女。


 男は、そもそも力を持つことを危険とされていた。


 なぜか? 力を持つ男は、魔に堕ちると言われているからだ。


 魔……この世界においては、負の気配が存在し、それは人の感情に巣食う。


 いや、人だけではない。魔物と呼ばれる動物や、植物、虫などが変異して異形の魔物へ堕ちる。


 そして、多くの血を吸った人は鬼となる。


 とりわけ男は、その魔に取り込まれやすいとされていた。


 魔への適応値が低く耐性がないのだ。


 さらに欲望に忠実であり、精神も不安定であるがゆえに、ある者は内に力を取り込みすぎて心を失い、またある者は身体が拒絶して命を落とした。


 さらに悪いことに、感情の揺らぎ、怒りや妬み、羨望などが魔と共鳴しやすい。


 この世界では、それが常識であった。


 だからこそ、男は抑えられるべきものとして扱われている。


 立身出世など、もってのほか。


 侍になることはもちろん許されず、学び舎に通うことすらなく、ほとんどは家事・内職・育児を任されて育てられる。


 何よりも、魔に魅入られた男が多くいたせいで、世界中で男女差が1:30にまで男が減少しており、外国との交流も盛んになっていた。


 ただし、男が社会から追いやられているわけではない。むしろ、過保護といってもよいほどに「大事に」されている。


 それは恐れの裏返しだ。


 男とは、放っておけば鬼になる生き物。


 そう信じられている。


 だからこそ、この国では、男は年に幾度か鬼祓いと呼ばれる儀式を受けねばならぬ。


 寺の僧に祓われ、仏の前で誓いを立て、血を見せぬこと、怒りに呑まれぬこと、刃物を握らぬことを命じられる。


 年を重ねれば、なおさら監視の目が厳しくなる。


 子を成す種とされ、貴重な存在になっていくからだ。


 静かな寺の空気。白衣を着た女僧たちの視線。


 薄暗い香の煙と、唱えられる呪文。


 五歳の拙者でも、すでに二度、そこへ通されたことがある。


 一人ずつ奥の間に呼ばれ、目を閉じ、胸に手を当て、魔が宿っていないかを見られる。


 そのときの、無垢なる者を疑うような目を、拙者は忘れられぬ。


 鬼とは、世に仇なすものではなく、ことわりから外れた者の象徴。


 男が剣を持てば鬼になる。というのも、単なる迷信ではなく、社会を守るための教えとして根づいている。


 この国では、男は守られるべき存在として生き、社会の表舞台に立つことは許されない。


 だが、そんな理由だけで、拙者は前世より願う心を堰き止めていられない。


 だから、誰にも知られず剣の素振りを行う。


 夜更けに、人目を避けて竹林に入り込む。


 力を持つことは、罪。


 それでも妹を守るために力を持たぬ兄など、存在する価値がない。


 拙者は、己の剣を封じるつもりはない。


 たとえ鬼になろうとも、あの子が立派に育つまでは、守るための力を磨く。


 拙者はその業を背負う覚悟がある。


 そう、拙者はこの世界で、鬼になっても、守りたいものがある。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 今回は自分の好きな話を書いていきます!


 評価やハート、ブクマがもらえたら嬉しいです! 


 どうぞ、気楽によろしくお願いします。

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