少年漫画のミステリアスキャラに成り変わったけど正直荷が重い
@mo--tomu
第1話 勇者と出会ってしまった
「なぜ俺のことを助けたんだ!?」
「フフ……ただの暇つぶし、とでも言っておきましょうか。」
軍の訓練場として使われている魔物の集まる森。その森で勇者が魔物に襲われていたので助けた。別にお人好しだからというわけではなく、そういうストーリーになっているから。
意味深な言葉を返した俺に、勇者は困惑した表情を見せる。困惑するのも無理はない。勇者と俺が所属している帝国軍は良好な関係とは言えないから。なんなら犬猿の仲とさえ言っていい。俺と勇者が出会ったときも割とギスギスしていたので、まさかこんなふうにピンチを助けられるだなんて思いもしなかったのだろう。
だからと言って仮にも勇者と呼ばれている人間が顔に出過ぎじゃないだろうか。
地べたに這いつくばってポカンとしている勇者の姿は滑稽に見えた。
こちらは狐面をつけていて素顔を見られないのをいいことに口角を上げる。
顎に手を当てて小首を傾げた。
「まあ、暇つぶしと言えど……助けたことは事実。この借りは高くつきますよ?」
首の動きに合わせて、耳につけているピアスが音を立てて揺れた。ザァ…と新緑の風が吹く中、軍服の外套を翻して去る。
『ーーーその姿を勇者は静かに眺めていた。』
という漫画どおりのモノローグを頭に浮かべ、心の中でガッツポーズした。そうそう、これで第10話、『冷徹軍師の気まぐれ』は完璧にこなせた。
(ミッションコンプリートだ!!)
俺は満足して頷く。
鼻歌でも歌いたい気持ちでるんるん帰ろうとした。
「待ってくれ!!」
「わあ?!!」
その瞬間、勇者に外套を引っ張られてバランスを崩した。重力に従って後ろに倒れ込む。勇者に支えられたので、なんとか倒れずには済んだが、突然のことに心臓がバクバク鳴っていた。勇者も驚いたような顔で倒れ込んだ俺のことを抱えている。
なんだこのお姫様抱っこみたいな体勢。
「え、はあ?なに…」
状況が理解できずに目を瞬かせる。
(こんな展開漫画になかったんですけど?)
「離してください」
困惑しながら掴まれた外套を引っ張るが、勇者が強く掴んでいて離さない。馬鹿力かよ。本当に離して。
(どうして急にこんなことを?ストーリー変わった?!)
大汗をかきながら勇者を見ると、「名前!」と至近距離で言われた。
「名前を教えてくれ!」
「は?嫌です。」
それだけ呟いた俺は必死にその場から逃げ出した。勇者の剣幕の恐ろしさに、外套も脱ぎ捨ててひたすら走った。
(なに急に。え?怖。近寄らんどこ。)
勇者は追ってこなかったが、俺の外套を握りしめて何かを叫んでいた。
俺という異物が入り込んだが故のバタフライエフェクトだろうか。
ストーリーが変わってしまった。外套を掴んでまで名前を教えてくれなんていうシーンはなかったハズなのに。
◆
『俺が勇者ですか?!〜最弱能力かと思ったら転生チートで魔王倒しちゃった件〜』
という漫画をご存知だろうか。
俺の前世で有名だった転生チートものの漫画である。略して『俺勇』と呼ばれたその漫画は毎週日曜日に発売される『週刊少年サンダー』に掲載されていた。
もう題名であらすじを説明しているようなモンだが、転生したのでチート能力があるかと思ったら、最弱能力しか持っていなくて絶望。しかし実はソレは最強の能力でやっぱり転生チートで勇者になる。という内容だった。売れなさそうな題名に反して、割と人気な漫画で、俺も読んでいた。
平凡な男子高校生だった俺は流行りモノに飛びつくタイプだったので、友達のススメで読み始め、すっかり俺勇にハマってしまった。
中でも俺が気になっていたのが、冷徹軍師と呼ばれている『黒曜』というキャラだ。勇者のいる国で帝国軍人をしている彼は、性別不詳、年齢不詳。狐面をつけているため顔も分からない。性格は慇懃無礼。優秀で賢くて、何を考えているか分からない黒曜は時々勇者を助けることから、何かしら勇者と因縁があるのではないかと言われている。
ミステリアスでかっこいい黒曜というキャラを前世の俺は気に入っていた。
いずれ黒曜は勇者たちの仲間になるんじゃないかな〜なんて考えて、よくある戦隊モノのブラックのようなキャラとして捉えていた。最初は敵だけど最終的には味方になるみたいな、そんな感じ。
『ついに黒曜の過去が明かされる!!悲しき過去、勇者との因縁はいかに?!』
「え!黒曜の過去回!?絶対買う!!」
前世で黒曜の過去回が描かれた最新刊が発売されることになり、日曜日、俺はコンビニに駆け込んだ。早速購入した最新刊を持って帰路についていたところ、
「キャーーッ!!」
悲鳴が聞こえて振り返ったら、黒い服を着た男がいた。男の手元が光っていたのを視認したあたりから記憶がない。
薄ら「人が刺された」と聞こえた気がしたので、男が持っていた光るものはおそらく刃物で、俺は通り魔かなにかに刺されてしまったんだと思う。
気づいたら異世界にいて、俺は俺勇の黒曜に成り代わっていた。
「いや無理!!俺に黒曜は無理!!だって黒曜ってめちゃくちゃ頭良いしミステリアスだし品があるんだぞ!!俺は万年赤点で嘘はつけなくてガサツ!!平凡な男子高校生に黒曜は務まらねぇよ!?」
しかも成り代わった時には、すでに黒曜は15歳。原作軸の黒曜は16歳なので、なんと原作軸の一年前という状況だった。
今から原作の黒曜と同じような展開を辿ると思うと寒気がした。黒曜は原作でなかなかハードなことをしていたので、自分に真似できる気がしなかった。なんとか原作の黒曜と同じスペックを持つために鍛えはしたが、地頭の良さだとかそう言うものはたった一年でどうにかできるものじゃなかった。
なんとか頑張ってはいるが、普通の男子高校生が黒曜を演じるのはキツい。
成り代わったばかりの頃、俺が黒曜っぽくない言動をする度、周囲が驚いていた。
「最近なんか雰囲気変わった?(直訳:最近キャラ崩壊してますが大丈夫ですか??)」
と士官学校の寮で同室のチャラ男に言われた時は、思わず顔が引き攣った。そう言われてしまうのも無理はないくらい、成り変わり当初の俺はポンコツだった。
「はあ、思春期なので…雰囲気が…変わることもあるんじゃないかと…」
黒曜らしいスマートな躱し方もできず、クソみたいな誤魔化し方をしてした俺をチャラ男はかなり怪しんだ。俺はバカみたいな誤魔化し方しかできない自分を嘆き、今後周囲に怪しまれないよう、隙のない振る舞いをしようと心に誓ったのだ。
俺はドジでお世辞にも頭が良いとは言えないので、『黒曜』の優秀で冷徹でミステリアスなキャラを守れる自信がなかったが、ポンコツな推しは解釈違いなのでやるしかなかった。せっかく憧れのキャラに成り変わったんだからかっこよく生きたい。
「黒曜のミステリアスキャラは俺が守る!!」
と過去の俺は心に決めて、黒曜というキャラを演じることにしたのだ。
◆
勇者から逃げ出した俺は、必死に走ってから、木に手をついて荒い息を吐いた。
(軍師だから頭を使うことが多いといえど、もう少し体力つけないとな…)
走るとすぐ息切れする体力のなさは俺の弱点だった。疲労感に参っていると、ガサガサ周囲の木から物音がした。
「あれ〜?軍師殿だ。そんな木陰で何やってんの?」
「わっ?!あ、いいえ?何も…」
物音と共に現れたのは士官学校で同室のチャラ男だった。黒曜に成り代わったばかりの俺に「なんか最近雰囲気変わった?」って聞いてきた奴。
慌てて乱れた服装を直した俺を見て、チャラ男は、「ふーん?」と好奇心の含まれた返事を返してきた。俺は思わず顔を顰める。
(うわ〜コイツ苦手なんだよな。妙に鋭いところがあるし。なんか怪しまれてるし。マジで黒曜の同室がこんなチャラ男だとか聞いてねーよ。そんな描写漫画になかったじゃん。)
こちとら前世からの陰キャなので陽キャに対する苦手意識が強い。女関係のよくない噂も聞くし、正直コイツと関わりたくなかった。
(なんでこんな汗だくの時に来るんだよ。タイミングの悪い…)
こんな疲労感のある黒曜は俺の思う黒曜じゃない。解釈違いだ。こんな解釈違いな黒曜のことを見ないでほしい。黒曜は常に冷静でミステリアスで汗なんかかくキャラじゃないのに。なんとか誤魔化そうと、狐面を外して汗を拭う。熱い。襟元を掴んでパタパタ空気を送った。チラリとチャラ男に視線をやると、こちらをガン見していた。
「な、なんですか不躾に。ジロジロ見ないでください。失礼ですよ。」
「……顔が赤いなと思って」
「ああ、少し走ったので。」
「それだけでそんな赤くなんの?ざっこ〜笑」
「うるさいな」
ムッとして睨みつけると「可愛い〜」と馬鹿にしたように言われた。鼻を鳴らして狐面をつける。
「ソレ、つけてない方が部下に好かれると思うよ」
「余計なお世話です。」
「せっかく可愛い顔してるのに」
「だからでしょう。可愛い可愛いって、馬鹿にされてるとしか思えません。大体そんな顔じゃ威厳がないって言ったのあなたですよね?」
「そんなこと言ったっけ俺?」
言ったんだよ。忘れもしねえ。
しかも俺が士官学校で後輩たちの指導をしてる時に言ってきた。全力で先輩風吹かせてるところを揶揄いやがった。後輩たちの前で恥かかせたんじゃねぇ。
「言いました。ハァ、あなたと話していても生産性がありません。私は寮に戻ります。」
チャラ男に目もくれずに寮に帰る。
後ろ姿をジッと見られていることにも気が付かず、ため息をついた。
「ハア、勇者とは次の11話でも顔合わせんだよな〜。気まずいわ。なんか今日の勇者の様子おかしかったし。」
少年漫画のミステリアスキャラに成り変わったけど正直荷が重い @mo--tomu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。少年漫画のミステリアスキャラに成り変わったけど正直荷が重いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます