第15話 素晴らしき日に乾杯を


 ヴォルフ達が駐屯地でコナーを取調べしている頃、クラナダ王国王都貴族街の南東側にある屋敷ではパーティが開催されていた。


 主催はウォーレン・ラックス伯爵。


 表向きの名目はラックス家当主の生誕六十周年を祝う会。


 屋敷の中にある豪勢なパーティホールには総勢三十名の貴族・豪商が集まっているのだが、実のところ彼らはラックス伯爵の誕生日を祝いにきたわけではない。


 というよりも、ラックス伯爵の誕生日は冬だ。春を迎えたばかりの今、開催されるはずがない。


 では、真の目的は何なのか。


 それは彼らが抱く共通の願いによるもの。


 ラックス伯爵率いる三十名の人間達は、共通して『不老不死』の願いを抱いていた。


 不老不死を願う理由は様々。


 単純に老いて死ぬのが怖い者。持病を患っていて死が近い者。身内に不治の病を抱えている者を持つ者。


 女性の中には老いていくこと自体が怖い、と口にする者もいた。


 死を恐れ、老いを恐れ、今を永遠に生きたいと願う者達の集まり。


 ただ、最大のパトロンであるラックス伯爵の意図は少々異なる。


 魔王戦争を経験した彼は、戦場で一度死にかけた経験を持つ。


 それ故に『死の足音』に恐れていることも確かだが、同時に死を克服することで内に秘めていた邪な願望を現実に出来るとも考えたからだ。


 内に秘める願望とは即ち、この国の王になること。


 この願望が強くなった理由は、やはり戦場で死にかけた経験が原因だろう。


 一度強い『死』の気配を知ったから恐怖した。膨れ上がった恐怖に耐えきれず、不老不死という強さに縋った。


 死を恐れたが故に、縋ったが故に、それを掴めると信じて疑わなかったからこそ、不老不死になればどんな相手も――死の恐怖さえも克服できると考えた。


 誰もが『莫大な富が自分の元に舞い込んで来たら何を買おう?』と考えたことがあるはずだ。


 ラックス伯爵の場合は、それが不老不死だっただけ。


 不老不死になったら何をしよう? 恐れていた死を克服できたら何をしよう?


 勇者亡き今、不死の体を以てすれば魔物にも負けない。圧倒的な数を誇る騎士団にも負けない。


 死ぬことのない最強の男となれば、全てを手にすることができる。


 死を超越した自分ならば、現国王を引き摺り降ろして自分が王笏を握ることも可能だと考えた。


 王笏を握り締め、玉座に座り、美しき姫であるリリ王女を妻に迎えるのも可能だと考えた。


 まさしく子供じみた馬鹿な考えだが、彼にとっては本気だ。


 王城内に存在する派閥『王族派』に所属しながら、本気で実現させようとしている。


「遂に今日、我々の願いが叶うのですね!」


「ああ、楽しみだ!」


 ――故に、ラックス伯爵を筆頭とする彼らが求める者は黒魔術の霊薬『エリクサー』である。


 故に、彼らは投資した。


 知識無き者として自覚を持ち、されど富を築いた者として――黒魔術師スペンサーを支援し、エリクサーを手に入れようと。


 今、まさにその時が訪れたと彼らは歓喜の真っただ中だ。


「お集まりの皆さん! お待たせしました! 準備が整いました!」


 パーティホールの奥にある檀上で声を張り上げたのはスペンサーだ。


 彼の傍にはローブを着たスキンヘッドの男が待機しており、彼の足元には木箱が置かれている。


「ラックス伯爵を筆頭とする皆様のご支援により、我々は遂に霊薬エリクサーの開発に成功しました!」


 スペンサーが両手を広げてアピールしながら言うと、彼の仲間が木箱の蓋を開ける。


 木箱の中から取り出したのは、赤い液体で満ちた試験管。


 それをスペンサーに手渡すと、彼はシャンデリアの光へ当てるように掲げて見せた。


「これが永遠の命を授ける霊薬! 黒魔術という、歴史の闇に葬られた真実の知識が作りだす奇跡です!」


 彼が声高に叫ぶと、貴族と豪商達はワッと沸いて盛り上がる。


「でも、皆さん実はまだ半信半疑なんでしょう?」


 その様子を見たスペンサーはニヤリと悪戯な笑みを浮かべて言葉を続けると、盛り上がる声の中に笑い声が混じり始める。


「まずはエリクサーの効果をお見せしましょう。大事なパトロンの皆様に失敗作を飲ませて、死なれてしまっては困りますからね」


 肩を竦めながら冗談を言うと、ホールの中は更なる笑いに包まれた。


 完全に場の空気を掴んだスペンサーは傍に立つスキンヘッドの男を手招きする。


 スペンサーに近寄った男は腰のホルダーからナイフを抜き、自身の腕を斬り裂いた。


 血の滴る腕を掲げると、それを見た女性の一人が「きゃっ」と悲鳴を上げる。


「大丈夫ですよ、お嬢さん。今から我々の成果が本物だと証明してみせますからね」


 スペンサーは笑顔で赤い液体の入った試験管をスキンヘッドの男に手渡す。


 スキンヘッドの男は試験管のコルク栓を抜くと、中身を一気に飲み干した。


 すると、どうだろうか。


 血の滴る腕の傷がみるみると塞がっていくのだ。


 一瞬で治癒した傷口がよく見えるよう、濡れたタオルで血を拭きとってみせる。


「き、傷跡がない!?」


「ほ、本当だ! 消えてる!」


 最前列にいた貴族と豪商が驚きの声を上げると、他の者達も揃って「おお!」と声を上げた。


「どうぞ、お近くで見て下さい!」


 スペンサーは皆を檀上近くに集め、癒えた傷口を観察させる。


 傷跡は綺麗に消えているが、腕に生えていた毛は復活していない。


 ナイフで腕を斬り裂いたことを証明するように、斜めに沿って腕毛が消えているのもパトロン達に強い衝撃と印象を与えた。


「どうです? これが霊薬の効果です。君、飲んでみてどうだった?」


「味は苦いですが……。飲んだ瞬間から体が軽く感じます。まるで十代の若々しい体に戻ったような」


 スキンヘッドの男は自身の体をペタペタと触りながら言うと、パトロン達は再び「おお!」興奮の声を上げた。


「ど、どれくらいの量が完成したんだ!? いくら積めばエリクサーを飲める!?」


 豪商の男が興奮しながら問うと、彼に続いて他の者達も「飲ませてくれ!」と続く。


 そんなリアクションに対し、スペンサーは困り顔で「落ち着いて」となだめた。


「落ち着いて下さい。それとご安心を。しっかり三十人分は確保してあります。ここにいる皆さん全員、ちゃんと飲めますよ」


 スペンサーがそう伝えた瞬間、ホールのボルテージは最高潮へ!


 歓喜の声を上げ、中には「助かった!」「これで死なずに済む!」と涙を浮かべる者までいた。


「…………」


 スペンサーは彼らを満面の笑みで見つめる。


「では、スペンサー君」


 主催であるラックス伯爵が声を掛けると、スペンサーは「はい」と言って試験管を皆に配り始めた。


 そして、コルク栓を開ける前に「少々よろしいですか?」と言って再び演説を始める。


「今日、こうして皆様に成果を伝えられたのは、ラックス伯爵閣下を始めとする皆様の支援があったからです。皆様の支援がなければ成し遂げられませんでした」


 熱の篭ったスペンサーの言葉にラックス伯爵は何度も頷き、他のパトロン達も笑みを浮かべる。


「黒魔術は異端とされている知識です。なのに、皆様は信じてくれた。我々を信頼してくれた!」


 スペンサーは両手を広げ、ホールにいる全ての者達を見回す。


「今日、皆様は生まれ変わるのです! 今日から皆様は新たな力を授かるのです! 今日という日をエリクサーで乾杯しましょう!」


 パトロン達、そしてスペンサーと仲間達は試験管のコルク栓を開ける。


「女神様のお導きに乾杯!」


 世界を創造した女神に感謝を捧げ、パトロン達とスペンサーの仲間は一気にエリクサーを呷る。


 ――スペンサーとラックス伯爵を除いて。 


「…………」


「…………」


 スペンサーとラックス伯爵の顔に笑みが浮かぶ。


「ぐ、がっ!?」


 誰が最初だっただろうか?


 ラックス伯爵が誘った子爵家の貴族? それとも上から三番目の投資額を誇る豪商?


 順番など問題ない。


 エリクサーを飲んだ全ての者達が喉を抑え、苦しみながら体を反らす。


 中には毒を盛られたと感じた者もいるだろう。


 ただ、もう手遅れだ。


 エリクサーを飲んだ者達は全員、地面に倒れてぴくりとも動かなくなった。


「……ご苦労だったね、スペンサー君」


「いえいえ」


 ラックス伯爵は手に持っていたエリクサーを彼に返しながらも、一芝居打ってくれたスペンサーを労った。


「馬鹿な者達だ。私ほどの情熱を持たず、自分達も同じく不老不死を求めるなど」


 ラックス伯爵は倒れている貴族を見下すように「資格がないのだよ」と吐き捨てる。


「して、本物は?」


「ご用意しておりますとも」


 スペンサーは木箱から別の試験管を取り出し、ラックス伯爵に手渡した。


 液体の色は赤ではなく、青色だ。


「さぁ、どうぞ」


「うむ」


 ラックス伯爵は色の違う液体を疑うことなく飲み干した。


 ただ、スペンサーにとっては液体の色など関係無かっただろう。


 赤だろうが青だろうが――


「……これで私は不老不死になったのか?」


「ええ、そうですとも」


 スペンサーは拍手しながら「おめでとうございます」と言った。


 すると、ラックス伯爵はスキンヘッドの男に顔を向ける。


「ところで君、先ほど見せた手品はどういう種なのかね? まさか、君も本物のエリクサーを飲んだとは言わないだろうね?」


 不老不死になるのは自分だけ。


 たとえ、芝居のためだったとしても本物のエリクサーを飲むことは許されない。


「本物だったらどうします?」


 スペンサーは「きひっ!」と不気味な笑い声を漏らしながら問うた。


「なに? それでは意味がないではないか! 不老不死の体を得るのは私だけ、私だけが不老不死になってこの国を――」


 カッとなったラックス伯爵が激怒すると、彼は鼻に違和感を感じた。


 手で拭ってみると、手には血が付着している。


「……まさか」


 自分に飲ませたのも毒薬か、と言わんばかりにスペンサーへ顔を向けた。


「いえいえ、まさか。毒ではございませんよ?」


 スペンサーがそう言った直後、床に倒れていた男の体が激しく痙攣し始める。


 一人だけじゃない。


 貴族の男も、豪商の男も、老いを恐れていた女達も。


 皆、揃って体を痙攣させて――次第にその体がぶくぶくと膨れ上がっていく。


「ひ、ひぃ!?」


 肉が膨らんだ人間はよろよろと立ち上がり、濁った目を持つ顔をラックス伯爵に向けるのだ。


 その後、一気に体の変異が始まった。


 胴体、肩、首元の肉が異常なほど膨れ上がり、膨れた肉が破裂すると血に染まった触手や変形した骨が体外に飛び出す。


 体の一部が変異した彼らは更に痙攣を始め、その痙攣が激しくなっていくにつれて体の変異も進行していく。


 やがて、全ての者達は共通した形態に落ち着いた。


 男性も女性も上半身は大きく筋肉質になり、肩からは骨のブレードを持つ触手が生え、元々あった両腕は硬化してカマキリの腕に似た形状に。


 ただ、下半身だけは人型を維持している。


 このアンバランスさが不気味さを増しており、同時にその姿を見た者の本能へ直接的な恐怖を与えるだろう。


「な、なんだこれはッ!? 何なんだ、これはァァァッ!? ――ゴホッ! ゴホッ!?」


 まるで魔物じゃないか。


 そう言わんばかりに叫んだラックス伯爵だったが、口から大量の血を吐き出しながら崩れ落ちる。


「あ、ア、ぐ……」


 助けてくれ、と手を伸ばすが、スペンサーは彼に満面の笑みを浮かべた。


「恐れないで。貴方はちゃぁんと不老不死になりますよ。彼らと同じくね」


「―――ッ!!」


 苦しみながら驚愕するラックス伯爵。


 彼を見下ろすスペンサーの笑みに邪悪さが増していく。


 ただ、ある意味で彼の言葉は正しい。


 魔物と化した彼らは飢えない。


 魔物と化した彼らは人が患う病に侵されない。


 魔物と化した彼らは弱点である頭部を破壊されない限り、脅威的な回復力を以てして死ぬことはない。


 魔物を討ち倒せる者と対峙しない限りは不老不死、と言えるだろう。


「キヒッ! おめでとう! おめでとう! 存分に貴方を使ってあげますよ!」


 邪悪さがピークに達したスペンサーは狂ったかのように拍手を繰り返し、願いを叶えるためにはめになったラックス伯爵を絶望の底に叩き落とした。


「スペンサー」


 大笑いする彼に声を掛けたのは、スキンヘッドの男。


 彼は芝居を打っていた時と違い、異質な眼光をスペンサーに向けていた。


「ああ、すいません、先生。つい面白くて」


 彼に応えるスペンサーは「オホン」と咳払いをしてから冷静さを取り戻す。


 そして、先生と口にした彼は男の前で跪いた。


「スペンサー、あとは計画通りに動け。お前の働きを見せてもらおう。私を失望させるなよ?」


「承知しております」


 スペンサーが頷くと、スキンヘッドの男の足元に巨大な円形魔術式が構築された。


 構築された魔術式が紫色に発光する中、スキンヘッドの男は別れの言葉を告げる。


「女神様の導きがあらんこと」


 次の瞬間、男の姿は光と共に消えてしまった。


「女神様の導きがあらんこと」


 スペンサーも同じ言葉を繰り返し、噛みしめるように頷いた。


 そして、立ち上がった彼は魔物化した人間達へ向き直る。


「さぁて! 我が使徒達よ! クラナダ王国の愚民共を地獄へ叩き落とすのです!」


 両手を広げたスペンサーは邪悪な笑みを浮かべながら叫ぶ。


「女神様が望む戦争を再開しよう!」


 時刻は午後四時半。


 戦争はクラナダ王国王都貴族街から再開した。

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