第8話 アイゼンハーグ侯爵家
感謝祭から三日後の午後、リリから手紙が来た。
中には『黒魔術信仰組織について判明したことがあるので王城まで来てほしい』というもの。
しかも、イヴを連れて来いとまで記載されている。
リリがイヴを呼ぶ理由については「また世話係を担う」「イヴ用の服を用意したら試着させたい」と書かされていた。
前者は俺達が追っている黒幕に繋がるヒントが王都の外にあるということを示しているのだろう。
またイヴから離れなきゃいけない。その間にイヴの世話をするやつが必要ってわけだ。
後者の洋服については、完全にリリの趣味だろうな。
下に妹がいない彼女はイヴを自分の趣味百パーセントな服で染め上げたいのだろう。
悪い言い方をすれば着せ替え人形にしたいってことだ。
しかし、こちらも俺からすれば助かる要素である。
……女モンの服なんざ、よく分からないし。
以前、王都でイヴ用の服を選んだら仲間の女性陣から「センスがない」と総ブーイングされてしまった経験がある。
そういった理由もあり、リリ達のチョイスする洋服を貰えるのは非常にありがたい。
あと家計の役にも立つ。
王族マネー、最高だぜ。
「イヴ、可愛い服をタダで貰えるぞ」
「…………」
まぁ、イヴ本人はそこまで洋服に執着はないのだが。
「ついにで王城でクソ高くて無駄に豪華な菓子も食えるぞ」
「…………」
イヴは俺の腕を掴んでグイグイと玄関方向へ引っ張りだす。
早く行こうってことらしい。
おしゃれより甘いモンに惹かれるんだから、こいつはまだまだガキだね。
「おい、イヴ。クソ高い菓子が出たら俺の分だって言って量を確保しとけ。帰ったら二人で食うぞ」
「…………」
イヴは大きく頷いた。
◇ ◇
クラナダ王国王都。
クラナダ王国は大陸の中央付近にあり、農業に適した肥沃な大地と水源に恵まれた国だ。
国の中枢たる王都は元々東部寄りにあったのだが、東部を王国内最大級の食料生産地帯に変えようという大計画が実施されると同時に移転。
同時期に国内人口が大きく伸びていたこともあって、他国にも負けない国家最大の都市を作ろう! というスローガンと共に領土内中央に築かれた。
築かれたのが数百年前だったとしても、新王都完成以降に新しい街が築かれたとしても、未だに王都は国内一の規模を誇る都市だ。
そんな歴史を持つ王都に俺とイヴを乗せた馬車は進入していく。
王都の入口は南側にあり、入口を抜けた南区は平民向けの商業区となっている。
「相変わらず人が多いな」
小綺麗な商店がメインストリート沿いに並びつつ、指定されたエリアでは露店の開店も可能ということもあって大変賑やか。
王都に住む平民も含め、国内外の観光客で溢れ返っている王都一の大繁盛区画だ。
正直、南区のメインストリートを歩くのが嫌になるくらい人が多い。これが唯一のデメリットだろうか。
「イヴ、絶対に南区へ行くなよ? 迷子になったら最後、絶対に見つからないからな」
「…………」
イヴは窓の外を見ながらコクンと小さく頷いた。
南区を抜けると中央円形広場に到着する。
中央円形広場にはクラナダ王国を建国した初代国王、ガーランド・クラナダ像と王家の紋章が刺繍された旗が飾られている。
休憩用のベンチもありつつ、周囲には屋台が並んでいるので一休みするにはもってこいの場所だ。
「見ろ、両脇に大量の紙袋を抱えているだろ? あれが田舎から出てきた憐れな観光客だ。王都が刺激する物欲に負けた者達だ」
円形広場の外縁には王立銀行が建っているのも嫌らしいところである。
大体の観光客は南区で財布をすっからかん一歩手前にして、中央円形広場で小休止しながら屋台で小銭を使い、休憩後には更なる買い物欲を満たすために銀行へひとっ走り……というパターンに陥りやすい。
「王都という華やかさに負けた者は搾取されるのみ……。恐ろしい街だと思わないか、イヴよ」
「…………」
窓から初代国王の銅像を見上げるイヴはコクコクと頷いた。
因みに東区は入口付近に宿屋がズラッと並んでおり、半ばには平民貴族問わず利用する巨大市場がある。
その奥には昔『旧市街』と呼ばれる区画もあったが、現在は整備されて飲み屋街となっている。
飲み屋街が出来て以降、東区は年中無休で眠らない区画と有名だ。
西区は錬金術に関する店や薬屋、小さな教会医療院、物流倉庫など、観光客よりも王都住民が求める施設が揃っている。
視点を戻して中央円形広場の北側外縁には高級宿が並んでおり、その奥には外から引き込んだ大きな川と川を渡るための橋が架かっている。
橋を渡ると貴族街と呼ばれる屋敷の群生地があり、王都在住の貴族達が住まうエリアだ。
貴族街の更に奥には王都騎士団の本部や王国の学問・技術を統括するクラナダ王立学術院が。
学術院の敷地内には子供から青年の基礎学習の習得に向けた、王都一の学び舎である王立学園も。
国の重要な施設群を抜けると、小さな丘に続く坂道があって、丘の上には王都最大のランドマークである王城が聳え立つ。
白い外壁にクラナダ王家を象徴する青色の屋根。外敵から身を守る堅牢な壁に囲まれた国の中枢だ。
今回の最終目的地は王城なのだが、その前に立ち寄る場所がある。
俺達を乗せた馬車は橋を渡って貴族街へ進入し、入った直後に西側へ続く道を行く。
貴族街には大きな屋敷がズラリと並んでいるが、その並びは爵位に応じて決められる。
奥に行けば行くほど爵位は高くなり、所有する土地も広くなっていく。同時に屋敷の規模も大きくなっていくのがクラナダ王国貴族界の常識だ。
「到着しました」
御者が馬車を止めた場所は西側の最奥。
クラナダ王国貴族界で最大の土地面積を所有する『アイゼンハーグ侯爵家』の玄関前。
馬車から降りた俺達を出迎えるのは二十人のメイドと執事。
規則正しく、礼儀正しく、優雅に並んだ使用人達が一斉に頭を下げて出迎える。
「お待ちしておりました」
「おう」
その中でも俺達に話しかけて良いのは、アイゼンハーグ侯爵家の家令のみ。
アイゼンハーグ侯爵家当主であるグレン・アイゼンハーグの右腕であり、長く侯爵家に仕えてきた老家臣。
名はジャズ。
またの名をジャズ爺だ。
「ジャズ爺、あのクソじじいは?」
「旦那様は先ほどまで書斎におりましたが」
ジャズ爺に『厄介者』の居場所を聞きつつも屋敷の中へ。
「お会いしますか?」
「いいや。着替えたらすぐに王城へ行く」
イヴの手を引きながらそう答えると、ジャズ爺は少し残念そうな顔を見せた。
「……そうですか。ですが、そうはいかないのがアイゼンハーグ家というものでございます」
彼が残念そうな顔を見せたのは、俺を親不孝者と憐れむためではない。
俺の思惑が外れると知っているからだ。
「帰ったか、馬鹿息子め」
エントランスから二階へ続く階段の上には、眉間に皺を寄せまくった杖つきジジイが立っていた。
「クソじじい。わざわざ出迎えとは恐れ入る。遂に死んだ養子のガキが恋しくなるほど老いぼれたか?」
「アホウめ。全てを捨てて死んだ馬鹿息子など、とうの昔に愛想が尽きておるわ」
相変わらず可愛げのない爺さんだぜ。
死んだバーニの親父の方がまだ愛想がよかった。
「そりゃ結構。さっさと着替えと場所を寄越せ」
「ふん。言われんでも」
クソじじいはジャズ爺に「衣裳部屋へ連れて行け」と命じる。
俺は慣れた足取りで衣裳部屋へ向かうと、中には二名ずつ執事とメイドが待ち構えている。
俺は執事と共に左側の個室へ。イヴはメイドと共に右の個室へ。
それぞれ個室の中で貴族らしい服装に着替えるってわけだ。
面倒だが王城に入るにはこれが毎回必要。
王城は平民が立ち入れないし、勇者は死んだことになっているし、毎度俺達は『他国から来た子連れの貴族』になって入らねばならない。
そのための準備をアイゼンハーグ家で行うわけだが……。
毎度の通り、衣装部屋を先に出ると廊下にはクソじじいが待ち受けてやがる。
「……お前は卓越した力を持っているが、貴族の息子として失格だ」
クソじじいは貴族らしい服装に着替えた俺を見るなり――いや、これも毎度のセリフか。
「毎度毎度、よく飽きないもんだな。俺に恨み言を言う前に新しいガキでも拾ってきたらどうだ」
アイゼンハーグ家には跡継ぎがいない。
唯一の跡継ぎだった養子は勇者に選ばれ、魔王と相打ちして死んじまったわけだからな。
「そう簡単に見つかるものか。侯爵家には相応の品性と強さが必要だ」
クソじじいは眉間の皺を三倍くらいに増やしながら俺を睨みつけた。
「お前は品性の欠片もなかったが、強さの部分では相応だった。気概も決断力も」
そう言いつつも、クソじじいは俺を睨みつけながら言葉を続ける。
「お前が交わした約束も理解はしている」
「そうかい。だったら黙ってな。俺は全てに始末をつけるまで止まる気はない」
これも毎回言っているがな。
「勝手に死ぬなどと……。ワシはまだ許しておらんからな」
他にやりようはあったはずだ、と何回聞いたか分からない文句を今日も聞くはめになった。
「そりゃ結構だが、息子を蘇らせようと怪しい組織には入るなよ。黒魔術信仰とかな」
ハンッと鼻で笑ってやると、クソじじいも同じく俺を鼻で笑う。
「馬鹿言うではないわ。アホ息子を蘇らせるなら、ワシ自らの手で墓を掘り起こしてやる。その時はぶん殴った上に首根っこを掴んで連れてきてやるからな」
その後は改めて貴族の息子としての教育を施す、とじじいは言った。
「そうなるといいな」
「そうなるわい」
またお互いにフン! と鼻を鳴らしたところで、隣でやり取りを見守っていたジャズ爺の笑いを堪えている姿が目に入る。
一言言ってやろうと思ったが、そのタイミングで衣裳部屋のドアが開いた。
「おう、イヴ。今日は白とピンクか」
特徴的な白銀の髪と白い肌を活かす、綺麗で上品な白のドレス。
ワンポイントにピンク色のリボンで髪をツインテールに結んで。
持ち前の顔面偏差値も相まって、どこからどう見ても貴族のお嬢さんだ。
伸ばされたイヴの手を握ると、俺は彼女を見下ろしながら言ってやる。
「んじゃ、最後にクソじじいへ新しく教えた挨拶しておけ」
「…………」
コクンと頷いたイヴはドレスのスカートを片手でちょんと摘まんで、貴族令嬢らしい挨拶を行う。
その後、静かに中指を立てた。
「完璧だ。最高だぜ、イヴ」
無表情ってところがいい。
芸術点高めだ。
満足した俺は頷きながらも彼女の頭を撫でてやった。
「完璧なわけがあるか、アホ息子が。なんちゅうモンを教えているんだ」
俺達はクソじじいから追い出されるように玄関へ促され、用意された馬車に乗って王城へと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます