(6)森を訪れる老婆
忍びの衆の常とはいえ、過酷な務めを担う娘たちのことを気遣い、さらには、時を止めたかのような不可思議な状態にある姫君の様子を確かめるために、カガミは森の屋敷を頻繁に訪れるようにしていた。
しかし、今やカガミは奥付きで身分も高い。
そのままの姿で、頻繁に森に入れば、人の不審を招くだろう。
そう配慮したカガミは、やはり自らも化粧の術を用いて、老婆に化けて訪れた。
姫君のために奥方様が用意した花と務めに励む娘たちへの労いのための水菓子などを携えて。
「物売りでございます。どなたかいらっしゃいませぬか?
町で人気の花とおいしいカラモモなどお持ちしましたよぅ」
人に見られても良いように、カガミは物売りの老婆の振りをして屋敷を訪れる。
娘たちも心得たもので、表玄関では断ったように見せかける。
「お婆さん、家の者が留守の間は人を入れてはならぬと言われております。
どうか、お引き取りくださいませ」
「そんなことを言わずに。ほら、このカラモモはおいしそうでございましょう?」
「ええ。さようですね。
けれど、知らぬ人から物を買ってはならぬとも言われておりますゆえ」
「そうですか。それならば、麗しい娘さんにこのカラモモを差し上げましょう。
買ったのではないから、叱られますまい」
「さよう……でしょうか。それでは、ありがたくいただきまする」
このようなやり取りをしてから、帰ったように見せかけて裏にまわり、勝手口から入る。
森の屋敷ゆえ、誰に見られるとも思えないが、慎重なカガミの策であった。
一方でカガミは、なんとか姫君の体の不思議を解き明かそうと奔走してもいた。
腐らず、肌の色艶も失われないのは、呪いのせいか?
はたまた、未知の毒に触れたのではないだろうか?
殿様が気を失われるのと、姫君の状態に関わりがあるのか?
またしても里の伝手を使って、西洋の医術に詳しいというお匙を探したり、どのような呪いも解けるという噂の拝み屋を探したり、お祓いが一流であるという祈祷師を探したりした。
我が藩の姫君であるということは隠し、あるお武家の姫という体でみてもらう。
「う〜ん。たしかに息はされていないのですが……。
亡くなっているかというと、そうとも言えぬかと」
そうお匙がなんとも理解しがたいという表情を浮かべて言う。
「呪いの類いでは、ございませぬなぁ。
なんの悪意も感じませぬ。呪いならば、解けるのですが……」
申し訳なさそうに拝み屋は言うが、呪いでないに越したことはない。
「悪いものが憑いていれば祓えまするが、何も憑いてはいないご様子で」
祈祷師の見立てで、憑きものという可能性も消えた。
カガミは困り果ててしまったが、ひとつだけ良いこともあった。
これまでは、姫君が息をされていないゆえに亡くなったと考えていた。
ところが、多くを話さずにみてもらった三者はいずれも姫君を眠っているだけと判断したようだった。
起こす方法が分からないが、もしかすれば目覚めることもあり得るのではないかとの望みが出てきたとも言える。
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