白百合姫と七つ星

クリヤ

(1)白百合姫

 「カガミや、カガミ。

  この藩で最も麗しいおなごは、誰じゃ?」

 今日も今日とて、この城に住まう殿様は側近のカガミに尋ねる。

 「はい。それは、奥方様にございましょう」

 カガミも今日も今日とて、同じことを答える。

 すると、殿様は満足気に頷いて、カガミに言う。

 「そうか。それでは、本日も奥のことを宜しく頼むぞ」

 「はい。つつがなく」


 毎朝の決まりきった殿様とのやり取りを終えて、カガミは誰にも気づかれぬよう、小さくため息を吐く。


 カガミが仕える、この藩の殿様は武芸に秀で、政治力もあり、領民からの信頼も厚い。

 外から見れば、まったく有能な藩主であった。

 若い頃の殿様は、近隣の有力な藩を時には交渉で配下に加え、時には武力をもって支配下に置き、今やその父親から譲り受けた領地は元の倍ほどに大きくなっていた。


 殿様は、領地の改良にも熱心に取り組んだ。

 かんがい事業を施し、広大な湿地を田畠へと作り変えたかと思うと、洪水を引き起こす川の流れまでをも変えてみせた。

 海沿いの村に塩田事業を興し、高級品だった塩を庶民にも食べられるようにした。

 すると、藩内では料理が盛んとなり、城下町にはいくつもの料理屋ができた。

 名物料理が次々と生まれ、よその藩からも客がやって来るまでになった。

 料理屋は人を呼び、新たに店も増えて、城下町は繁華な町へと発展を遂げた。

 領民は豊かになり、たくさんの年貢を納める。

 収入が増えた殿様は、さらに領地の改良に勤しむ。

 良い循環が生まれ、ますます藩は豊かになっていくのだった。


 この完全とも思える殿様には、大きな秘密があった。

 それは、ひとり娘の姫と殿様自身に関する秘密である。


 殿様が奥方様と婚姻を結んだのは、まだ藩主が今の殿様の父親だった数十年前のことである。

 有力な近隣の藩主の娘であった奥方様と殿様は、親の決めた許婚として出会う。

 「所詮は政略結婚よ」と、さほど期待もせずに輿入れを待っていた殿様の元に現れたのは、大層麗しい姫様であった。

 この姫様の麗しさは、その噂が近隣にまで届くほどであった。

 周辺の有力な藩主たちからも、次々婚姻の申し込みがされていた。

 しかし、姫様の父親は、求婚されていないにもかかわらず、当時すでにのちの名藩主としての頭角を現し始めていた殿様に期待をして、姻戚となる道を選んだのだった。


 輿入れしてきた姫様を見た若かりし殿様は、ひと目で惚れ込んでしまう。

 豪華な部屋を用意し、有り余るほどの衣装を与え、山海の珍味を食べさせる。

 殿様は、自らの好意を姫様に浴びせかけるように示した。

 これには、姫様も心を動かさざるを得なかった。

 姫様は、己の気持ちで婚姻を結べることなどないことを幼い頃から知っていたので、輿入れも己の運命と諦めて殿様の元へ嫁いできたに過ぎなかった。

 ところが、いざ輿入れしてみれば、殿様は美丈夫な上に、下にも置かないもてなしっぷりで、実家の城にいる時よりも快適な暮らしをさせてもらえる。

 ふたりは、互いを好ましく思い、仲睦まじい夫婦となったのであった。


 やがて、奥方様となった姫様は子を身ごもった。

 大きくなってきた自らのお腹をさすり、お腹の子に語りかける。


 「そなたは、どのような姿をしておるのかのう。

  初めての子は、姫が良いと聞くからのう。

  そうじゃなぁ。

  髪は、大空を舞う烏の濡れ羽色で、豊かに波打つように。

  肌は、凛として咲く百合のような白さで、ふっくらと。

  唇は、夕日のように紅く、輝いているように。

  そんな姫が生まれてくると良いのう」


 月日が経って、生まれてきたのは待望の姫君だった。

 奥方様の望み通りに姫君は、烏の濡れ羽色の豊かな髪を持ち、肌は白百合の花が咲いたかのような艶を放ち、その唇は夕日のように紅く煌めいて、見る人すべてを魅了した。

 殿様の溺愛っぷりは大層なもので、「奥と姫さえいれば、ほかには何も要らぬ」と言ってはばからなかった。

 姫君は、殿様と奥方様、城下のすべての人々の愛情を一身に受けて、すくすくと成長を遂げた。

 十三才になる頃には、近隣の藩はおろか、いくつもの藩を飛び越えて縁談が舞い込むほどの麗しさで、その肌の色と佇まいから『白百合姫』と称されるようになっていた。

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