あなたの隣に帰りたい、帰っておいで

紫鳥コウ

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 漫才で結果を出したら実家に帰る。そして、お父さんとお母さんに「ごめんなさい」を言う。ゆるしてもらえるかは分からないけれど、わたしのなかで決めていることなんだ。

 両親に猛反対されたのに、お笑い芸人になることを夢見て、実家を飛び出した舞子まいこ先輩は、そう言った。

 先輩が言うのだから、「そうなんですね」と相槌あいづちを打つしかなかったけれど、先輩たちのコンビは日本一の漫才師を決める〈漫才ワングランプリ〉の予選で、三回戦以上に勝ちあがったことがない。

 十年やって、準々決勝に足を踏み入れたことがないわけだから、もう、情熱のなかにあきらめが混じってきているのではないかと思う。けれど、「来年こそは、という感じですね」と、わたしは言うしかなかった。

 わたしより五歳も上、三十一歳でいまだに売れていないというのは、どういう感じなのだろう。「まだまだこれから」と「もうこんなに」が入り混じったような気分なのだろうか。

 学祭でゲストとしてきていた漫才師のネタを見て、わたしも漫才をしたいと思ったのは、五年前の大学生のときのこと。だけど、ひとりの相方と一年続くということはなくて、もう六人の相方がいる。ボケもやったし、ツッコミもやった。ネタを書くこともあったし、相方に任せているときもあった。

千鶴ちづるには主体性がないんだよ。あなたがそれをするのなら、わたしはこれを。そんな考え方をしているうちは、大成しないだろうね」

 舞子先輩はマジメな顔でそんなことを言っては、家に帰ったあとに、さっきは言い方が良くなかったってメールを送ってくる。次に会ったときには、すまなそうな顔をして、わたしが舞子先輩のことを嫌いになっていないかって、こそっと顔色をうかがってくる。

 わたしたちは、自分が自分がって、なにかを主張するには、ひとに気をつかいすぎている。

 そんなんだから、喧嘩をしかけられても、なにも言い返せない。その態度がさらに相方を怒らせてしまっても、もうどうにもできない。

 それで、解散。というのを、また繰り返してしまった。

「ふうん。また解散したんだ」

「はい。またです」

 淡々と返事をしたけれど、舞子先輩にだけは、わたしの鬱憤うっぷんを聞いてほしかった。でも、舞子先輩をイヤな気持ちにさせてしまうのは、たまらなくイヤだった。

「わたしも昨日解散したんだ。さすがにもうムリだって」

「えっ?」

「全然売れる気配がないから、お笑いはやめて、違う職業を見つけるって言われた」

 じゃあ、舞子先輩はどうするんですか、と言いそうになるのを、ぐっとこらえた。

「でもなんか、これも運命というか、えんというか……」

「縁……ですか?」

「うん、そう」

 わたしは笑ってしまった。考えていたことは、一緒だったらしい。せっかくだから、わたしから、切り出そう。

「わたしと組みませんか?」

「うん、わたしもそう思ってた。でも、いいの?」

「こういうのを、縁って言うんでしょうから」

 わたしたちは、居酒屋のカウンター席で、固い握手あくしゅをした。

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