第一章:甦る記憶と『魔法科学』

そんなある日、僕は魔法史の授業を受けていた。

テーマは、数百年前に滅亡した古代文明の遺物についてだ。

教授は、遺跡から発掘されたという、複雑な幾何学模様が刻まれた石版について解説していた。


「この石版に刻まれた模様は、古代魔術の高度な術式の一部だと考えられています。その構造は極めて複雑で、現代の魔術師をもってしても、その全貌を解き明かすことはできていません。特にこの部分…」

教授が指し示した石版の一箇所。

入り組んだ線と点が組み合わされた模様。

その図を見た瞬間、僕の頭の中に、まるで雷が落ちたかのような、強烈な衝撃が走った。


(…違う。これは…これは、魔術回路じゃない…!)


その瞬間、脳裏に堰を切ったように溢れ出す、知らないはずの光景、知識、感覚。

眩しい太陽光を反射する高層ビルの群れ。

アスファルトの道を、鉄の箱が高速で行き交う轟音。

夜空を彩る、星ではなく、無数の人工の光。

実験室の独特の匂い。

白衣を着て、複雑な装置に向き合う自分自身。

黒板に書かれた「物理学」「化学」「工学」といった、聞いたこともない学問の体系。

真空、電磁波、原子、分子、プログラミング言語…

そして、自分自身が「科学者」として、未知の現象を探求し、新しい技術を生み出すことに没頭していた記憶。


そうだ。僕は、思い出してしまったのだ。


この世界とは異なる理(ことわり)で動き、魔法とは全く違う体系を持つ、「科学」という名の知識が存在した世界の記憶を。

前世の記憶、とでも呼ぶべきものを。

その瞬間、僕の世界は文字通り一変した。

今まで理解できなかったこと、説明がつかなかったことに、次々と筋が通っていく。


この世界の「魔法」とは、僕が知る「科学」と驚くほど類似しているのではないか?

あるいは、根源的には同一の法則に基づいているのではないか?

魔力とは、自然界に遍在する、目に見えないエネルギーの一種。

大気中、大地の中、あらゆる場所に存在する、未知のエネルギー源。


魔法陣や詠唱は、その魔力というエネルギーを、特定の現象(火を起こす、物を動かす、癒すなど)に変換するための「装置」や「プログラム」だ。

魔法陣の幾何学模様は、エネルギーの流れを制御する「回路図」。

詠唱の音韻構造は、その回路を起動し、特定の処理を実行するための「プログラミング言語」。


魔道具とは、そのエネルギーを利用して特定の機能を発揮する「機械装置」。杖は魔力を集中させる「アンテナ」や「レンズ」。

ポーションは特定の化学反応や生化学反応を触媒する「薬品」。


そう考えた時、今までバラバラだった知識が、一気に繋がった。

全てが、僕が前世で学んだ「科学」の法則に当てはまるように思えたのだ。

魔力が少ない? それは、エネルギー源が微弱だということだ。

ならば、その微弱なエネルギーを最大限に活用する方法を見つければいい。エネルギー効率を極限まで高める技術を開発すれば、少ない魔力でも大きな効果を生み出せるはずだ。


魔法陣の構造を最適化し、エネルギー伝達のロスをなくす。

詠唱の音韻を解析し、最も効率的なプログラミングコードを組む。

魔道具の設計を、ただ魔力を流し込むだけの原始的なものから、精緻な機械工学に基づいた複雑なシステムへと再構築する。


魔法は神秘でも、奇跡でもない。

それは、解き明かすべき「現象」であり、操作するべき「エネルギー」であり、構築するべき「システム」なのだ。

緻密な計算と、深い理解、そして絶え間ない工夫によって、成り立たせることのできる、もう一つの『科学』なのだ。

僕は、この新しい概念を心の中で『魔法科学(マジックサイエンス)』と名付けた。


その日から、僕の研究は新たな次元に入った。

図書館で魔法理論書を読み解きながら、その記述を前世の科学知識と照らし合わせる。

魔法陣の構造を、電気回路や集積回路の設計図として解析する。

詠唱の音韻構造を、音波の物理特性やプログラミング言語の構文規則のように分析する。


錬金術の素材配合を、ただの経験則ではなく、厳密な化学反応式として捉え直す。

魔道具の設計図を、見た目のデザインではなく、エネルギー効率と機能性を追求した工学的な図面として再構築する。

学院の授業、特に実技では相変わらず苦戦したが、それはもう僕にとって重要な問題ではなかった。

これは「魔力不足」というより、「既存の非効率で非論理的な魔法体系」に僕が馴染めないだけだと理解したからだ。


僕は僕自身の方法で、魔法を科学として捉え直し、それを土台に、新しい魔法体系を、僕自身の力で再構築していくことに決めたのだ。

周囲の嘲笑は変わらない。

同級生たちは相変わらず僕を馬鹿にし、教授たちも期待をかけていない。

だが、僕の心の中には、確かな光が灯っていた。


前世の知識と、この世界の魔法理論を結びつけ、『魔法科学』として再構築する。

それは、誰にも真似できない、僕だけの道だ。魔力が少なくても、工夫次第で道は開ける。

僕自身の力で、それを証明してみせる。この『魔法科学』で、世界の理を、少なくとも僕自身の世界を、変えてみせる。

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