4.曜子のお願い
「そういえば
アイスを掬いながら笑う
「だからオレが今日寄るだろうって思ったのか。誰だよ、そんなことする暇人は」
「うふふ、帝大はネット好きな人多いよ? ほら見て、三人組を相手に圧倒的な強さ、だって。この人写真上手だね、すごくかっこよく撮れてる」
携帯型の通信端末を取り出した彼女は、手早く探し当てた画像をこちらに見せようとするが、昴はやめろよ、と言ってそれを払い除けた。
「どうせ、女のくせにどうとか書かれてるんだろ?」
「昴が嫌なら、侵入して削除しておくよ。任せて」
「お前、それであんなにいじけた顔で歩いていたのか」
鉢合わせた時の様子を思い返したらしい
「もう少し平和的に済ませられないのか」
「それは向こうに言ってくれよ。オレが喧嘩売ってるわけじゃねぇんだからさ」
その時、曜子の携帯から聞き覚えのある声が響く。オレにボコボコにされたいんだな、という、紛れもない自分の
「ほう、これで喧嘩を売っていないと?」
「すごいね、大陸製の端末かな。こんなにはっきり音声が記録できるなんて」
その前のシーンはカットされ、都合の悪い部分だけが流出しているようだ。昴は大きくため息をついた。
「……帝大で、ネットゲームに夢中になって授業を
言葉を選ぶように、暁が問いかける。妙に歯切れの悪いその質問に、昴はさほど悩むこともなく答えた。
「聞かねぇな。まだ新年度が始まってすぐだから、顔を出さなくなる奴がいたら噂になりそうなもんだけど」
「やめてよ、暁まで兄貴みたいなこと言うの? 別にゲームは人を洗脳したりするようなものじゃないってば」
「いや、すまない。そういうつもりではないんだが……」
頬を膨らませる曜子だったが、暁が本気で困っているらしいことを察し、首を傾げる。
「もしかして、今日の用事ってそれ?
「……相変わらず、話が早くて助かる」
物憂げにこめかみをさすりながら、ため息をつく暁。突発的に
なんでも、暁が常務取締役を務める八重不動産では最近社員の無断欠席が相次いでおり、心配になって訪ねてみると出勤どころか寝食まで忘れてネットゲームに没頭していた、という事例が数多く確認されたそうだ。彼らはいずれも勤勉で、今まで無断欠席などしたことない者ばかりだったという。所属部署もばらついており、唯一の共通点がネットゲームが趣味であるということ。これは、暁でなくてもゲームを疑ってしまうだろう。
「なにそれ、まるで誰かがゲームを
「そうだな……。その心配もある」
「え、どういうこと?」
ゲーム漬けの日々を送っている曜子にとって、ゲームへの侮辱は自身への侮辱と変わらない。だから彼女が憤るのは当然なのだが、暁の悩みはそれとは別のものであるようだった。
「社長が、八重家の当主がかなり怒っていてな。ゲームを趣味にしている社員は全員首にしろなどというものだから、なんとかそれは思いとどまらせたんだが、今度はその怒りの矛先が七重家に向いているようなんだ。こんな有害なものを開発している七重家は九重財閥にふさわしくない、なんて
以前聞いた話だと、
本家の次に勢いと歴史のある八重家がその気になれば、ぽっと出の七重家を捻り潰すことなど訳もないだろう。いや、その前に七重家当主が危機を察して財閥から脱退する可能性もある。いずれにしても、昴が曜子に会うのは困難になるはずだ。
「許せねぇな!」
「その通りだが……、なんだかお前、私情が混ざっていないか?」
「やだなぁ、暁のお父様怖いんだもの……」
「すまない、曜子」
「そんな顔しないでよ、暁のせいじゃないんだから。お父様も財閥の中は風当たりが強いって言ってたけど、声の大きい人に嫌われちゃってれば、それはそうなるよね。うーん、どうすればいいかなぁ……」
思案し始める曜子。悩ましげな金の瞳に、壁に映りっぱなしだったゲームの光が虹色に反射する。
「……ねえ、昴。お願い聞いてくれる?」
「おう、なんだ?」
曜子のお願いなら聞かないわけにはいかない。勢い込んで応えた昴だったが、すぐにそれを後悔するような言葉が返ってくる。
「会いたい人がいるの。すごく物知りで、いろんな情報持ってるんだ。もし同じような事例があれば、その人がきっと知ってると思うの。込み入った話だし、直接会って話した方がいいじゃない?」
「……それ、男?」
「わかんないな。ネット人口的に男性の可能性は高いけど」
「じゃあ駄目だな。危ねぇ奴だったらどうすんだよ」
「だからお願いしてるんじゃない。昴が一緒に来てくれれば、ちょっと変な人でも大丈夫でしょ。ねえ、一緒に来てよ」
食い下がる曜子だが、昴の気持ちとしては安易に頷くことはできない。なおも渋っていると、暁が苦笑気味に曜子への助け舟を出した。
「昴、俺からも頼む。お前が行かないなら俺が時間を作るが、正直いつになるか。それに、俺はお前と違ってその男が曜子に惚れそうでも止めないぞ」
「止めろよ。……ったく、しょうがねぇな」
不承不承で引き受けると、曜子は満足そうに微笑んで、お礼の代わりとばかりに自分のアイスクリームを一口掬って差し出してくる。甘酸っぱい苺の味に、満更でもないと感じる昴だった。
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