自らを献身的に差し出す鳥たちを額縁の中に収め、その後で彼らの血肉を恵みとして享受する「きみ」。絵画と料理、もっとも自由だと考えられているそれらの活動が、実は誰かに計画されていたものだったとしたらどうだろうか? 与えられている色が異なっているだけで、あなたが創造したと思っているオンリーワンであるはずのそれは、本当はただの量産品に過ぎないのかもしれない。そんなはずはない、ともがくことができるあなたは果たして幸いなのか否か……気付いた時には、あなたの代りはすでに用意されているのだ。
本作品は一枚のイラストををテーマにして書かれたものであるが、ぜひ交互に見比べて頂きたい。異なる色で構成された複数の部屋と「きみ」の表情から、創作に対する冷徹で無慈悲な寓話すら感じさせる作者の力量にひたすら脱帽すること請け合いだ。
とっぷりと暮れた玄関の呼び鈴が鳴り響き
今日も一羽の鳥が佇む。
カンバスに帆布を張って様々な青い色の
絵の具を幾重にも塗る。青は鳥になり
鳥は糧になる。無造作に置かれた野菜を
切る。鳥の身体を切り刻んで行く。
イソヒヨドリ、ペリカン、ハシビロコウ。
そして、ダチョウ。
鳥たちは海風が凪ぎ、陸風になる頃には
玄関に佇んでいる。青い絵の具で絵の中に
閉じ込めた鳥たちはカンバスに沈み込む。
鳥たちの囀りに耳を傾ける。
この狭い世界の中で、幾度も生を全うし
損ねるのは、鳥に魅せられたからなのか。
それともカンバスが小さ過ぎるせいなのか
誰にも分からない。
黒猫にさえも。
青い絵画は光を失い瓦礫と化して
緑の時代へと。
鳥たちは
606ー652の欠番を、いつまでもずっと
探しているのだろうか。