種蒔く機械

@MeiBen

種蒔く機械

 オレが死ぬのはいつだ。

 心臓が停止したときか。医者が脳死を告げたときか。それとも寝たきりになったときか。

 いや、もっと前だ。

 例えば大企業の社長が犯罪を犯して、その後にホームレスになったりとか。スポーツ選手が事故で半身麻痺になったりとか。穏やかで優しかった老人がアルツハイマー病で子や孫の顔を忘れ、施設の中で喚く厄介者になったりとか。美しかった女性が顔に大火傷を負って、その美しさを失ったりとか。

 つまりその人がその人らしさを失ったとき。もっと正確に言えば、ある他者がその人をその人と認識する根拠となる特性を失ったとき。そのときにその人はある他者の中で死ぬ。生物学的に同一人物であるというのは関係が無い。ある他者の中で、その人をその人たらしめていた特性を失ったときに、人は死ぬ。

 そうだ。たぶん、ふとしたことでオレは死ぬ。誰かの中からひっそりと死ぬ。オレだってそうしてきた。たくさんの人をオレの中から消してきた。だからいい。それでいい。


 ある日、母からメールが届いた。実家で飼っていた犬が死んだそうだ。でも何とも思わなかった。実家には何年も帰っていなかった。だからオレの中ではもうあいつは死んでいた。だから何とも思わなかった。

 母からもう一通メールが届いた。そこにはこう書かれていた。


「あんたの作ったぬいぐるみ、最後まで大事そうに抱えとったで」


 不思議だった。何とも思っていなかったのに。その一文を読んだ瞬間に、あいつの姿が浮かんだ。ぬいぐるみを抱えて眠るあいつの姿が浮かんだ。オレが実家を離れる前もそうやって眠っていた。ぬいぐるみ。昔に作ったぬいぐるみ。オレにとっては何の意味もなく、何の思い入れもないぬいぐるみ。その当時に流行っていたゆるキャラに似せて作った。好きだった女の子に渡そうと思って作ったけど、うまくできなかった。だからあいつにあげたんだ。捨てたようなもんだ。オレにとっては何の思い入れもないもの。そんなものを抱えて、あいつは死んでいったのか。

 くだらねえ。本当にくだらねえ。でもどうしてか涙があふれて止まらなくなった。心底くだらないと思っているのに。分からない。オレの中であいつは死んでいた。でもどうしてこんなにも鮮明にあいつの姿が思い浮かぶのか。お前は死んだんだろう。それなのにどうして生きている。オレの中でどうしてまた生きている。






 種を蒔くことなんだと思う。

 

 生きるってことは種を蒔くことなんだ。芽吹くかどうかも分からないまま種を蒔き続ける。その種はオレの思いもしない場所で芽吹く。きっとオレの中にもいろんな奴らの種があるんだ。そいつらを混ぜ合わせてオレは種を蒔く。あいつの種も、こいつの種も、そいつの種も全部混ぜ合わせて、オレは種を蒔く。身体は種を蒔く機械。蒔き終えたら止まる機械。

 

 種蒔く機械。



終わり。

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