意味がわかると怖い話 短編集:深夜零時のささやき

@mikeneko_publishing

第1話 夜道に佇む少女の正体

繁華街から少し外れた住宅街の裏路地。人通りは少なく、街灯はまばらで、灯りの下とその影のコントラストが不自然に濃い。俺がその道を歩くようになったのは、単純に職場の異動で帰宅時間が深夜になったからだった。


終電間際の電車に揺られ、最寄り駅を出てから家までは徒歩十五分。その途中にあるその裏道は、駅前通りを通るよりも五分は早く帰れるショートカットだった。人目が少なく、静かで、多少薄気味悪くても慣れてしまえばどうということはない――はずだった。


その夜も、俺はいつも通りにスマホで音楽を流しながら、その道を歩いていた。


その子に気づいたのは、ちょうど道が曲がる角の手前の街灯の下だった。


はじめ、視界の端に動かない影を感じて、ドキリとした。人だった。小柄で、肩までの髪。少し離れていたけど、ワンピースのようなものを着ていた気がする。白いけど、ところどころが薄汚れているようにも見えた。年齢は中学生くらいか。


少女は、街灯の下でまるで置き忘れられた人形のように、じっと俯いて立っていた。


「……大丈夫?」


自然と声をかけていた。夜道に少女一人という状況に違和感を覚えたし、あまりにも動かないから不安だった。


少女は顔を上げず、ほんの少し、首を傾けた。長い前髪の間から白い頬が見える。そして、薄く――ほんのわずかに――微笑んだように見えた。


その笑みに、なぜか俺は安堵した。


「気をつけて帰れよ」


そう言って、俺は足を早めた。これ以上関わらない方がいい、という警鐘のような何かが心に浮かんだからだった。振り返ると、少女はもう一度、首を少し傾けるようにしてこちらを見ていた。


それが奇妙だった。振り返る前に気配が消えていたとか、跡形もなくいなくなっていたとか、そういうことはなかった。ただ、彼女は、ずっとそこに立ち尽くしていた。


家に帰ってシャワーを浴びて、寝る前にスマホをいじっていたら、地元の地域ニュースアプリに速報が入った。


「〇〇区××町にて少女の遺体見つかる 事件の可能性も」


場所の表記を見た瞬間、心臓が凍った。あの裏道だ。俺がさっき通った、まさにあの街灯の下。


しかも、発見されたのは「午後11時30分ごろ」とある。俺が少女を見たのも、まさにその頃だった。


背中に冷たいものが走る。指が震える。スマホを持つ手が汗ばんで滑りそうになった。


――じゃあ、俺が見たあの少女は?


まさか、死体……? いや、立ってた。明らかに生きてた。話しかけたし、微笑まれた。


朝になると、ニュースはより詳細に更新されていた。


「被害者は地元の中学生で、制服のまま帰宅途中だったとみられる」「発見当時、身体には争った形跡があり――」


制服だったのか。そういえば、あのワンピースと思った服も、よく見れば制服のようだったかもしれない。汚れていたのは、もしかして――。


でも、もっとおかしいことがあった。


ニュースには被害者の写真も載っていた。遺族の同意のもと提供されたものらしい。卒業アルバムのような笑顔の写真。


そこには、あの少女の顔が、はっきりと写っていた。


俺が、昨夜、街灯の下で声をかけたあの少女と、まったく同じ顔。


その瞬間、記憶が鮮明によみがえった。


彼女は、俺の問いに答えなかった。ただ、首を少し傾けて――微笑んだ。


あの微笑みの意味を、俺は取り違えていたのだ。


安心させるような微笑みではなかった。あれは――。


『見つけてくれて、ありがとう』


そんなふうに、言っていた気がした。


……そう、俺が通ったあの時間。彼女は既に、命を落としていたのだとしたら――。


俺が話しかけたのは、既にこの世の者ではなかった彼女。その霊だったのだ。


翌日、警察から連絡があった。俺が最後の目撃者だった可能性があると。遺体発見現場に最も近い時間に通った通行人として、防犯カメラに映っていたらしい。


俺は事情を話した。少女を見かけたこと。会話を交わしたこと。警察は首をひねったが、メモを取りながら静かにうなずいていた。


「あなたが見たのが、本当に彼女だったのかどうかは、わかりません。ただ……彼女は、事件の直後に発見されたわけではないんです」


「え?」


「監視カメラの記録によると、彼女が最後に写っていたのは23時10分頃。その直後、映像は突然ノイズになりました。そして、23時30分には、あなたが通過する姿が映っていた」


「……その間に?」


「はい。つまり、事件が起きたのはその20分の間だと推定されています」


「じゃあ……俺が見たのは?」


刑事は、目を細めて静かに言った。


「――立っていられるような状態では、なかったと思いますよ。彼女は、地面に倒れていたはずですから」


じゃあ、俺が見たあの少女は、いったい……。


---


事件は未解決のままだった。犯人は捕まらず、手がかりも少なかった。


だが俺は、あの夜から何度も夢に見る。あの街灯の下に佇む少女。何度も、同じ夢。


そして――夢の中で、少女は言うのだ。


「ありがとう。でも、まだ終わってないの」


微笑むその顔が、少しずつ変わっていく。


歪む口角。濁る瞳。


「わたしを見たのに、助けてくれなかったんだね」


夢から覚めると、部屋の空気がひどく冷たく感じる。


枕元に、制服の襟が落ちていた。


俺は、それを持っていないはずだったのに――。

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