第10話

 宿屋で、俺はティーと対話していた。


『ねぇ、名前教えてよ!』

「えっと……俺はダヤンって言います。ティー……さんは、意思があるんですか?」


『当たり前だよ!僕をなんだと思ってるの?伝説の剣、ティルフィングだよ?』


「そうなんですね……、ティーさん」


『ティーでいいよ!“さん”なんて堅苦しいし、敬語もやめて。ねぇダヤンは、これから旅に出るの?』


 旅……。偽英雄一行にいた頃は、スタインウェーから一歩も出たことがなかった。旅はしたいと思ってるけど、果てしなく遠い道のりだ。


「旅は……する予定だよ。とりあえず、隣国のシュタインベルクに向かおうと思ってる。ここより暑い国だし、路銀もまだ足りないから、まずはもう少し稼がないとだけどね」


 ティーと話しながら、俺はいつの間にかこの世界の生活に馴染んでいる自分に気づいた。 食べ物も似ているし、季節もある。日本とそう変わらない異世界。娯楽の少なさはネックだけど、それでも最初の頃に比べれば、だいぶ慣れてきた。

 

 何より、今は“剣と喋って”いるんだぜ……?


 元の世界には、もう戻れないのかな……。 いや、悲観するのはまだ早い。きっと、目的地に行けば戻れる方法が見つかるはず!


 ……そう気を引き締めたものの、岸部吾郎も結局、帰れなかったんだよな。俺も詰んでるかもしれない。 彼の地は遥か遠く。辿り着く前に朽ちたら、それまでだ。


『ねぇ、なんでそんな沈んだ顔してるの?』

「え、顔に出てた?」


 深く考えすぎないようにしよう。そろそろ昼飯も食べなきゃ。


『ダヤンって、故郷が恋しいんじゃない?』


 ズバリ当てられた。ティー、ほんとに勘が鋭い。


「うん……。俺の故郷は“日本”って言うんだけど、娯楽が豊富で楽しい世界なんだ」

まあ、その分ストレスもハンパないけどな。


『日本かぁ……いつか僕も行ってみたいな』


「一緒に帰れたらいいな、ティー」


 哀愁が胸をよぎる。帰りたい、いつかは。 するとティーが、話したくてうずうずしているようだった。


『ダヤンの従魔に、マーヴェリックいたよね? エレ!』

「詳しいね。うん、流れで契約しちゃったんだけど」

『エレと戦ったこともあるんだ。懐かしいなぁ』

「えっ?! ティー、エレと戦ったの?! 知り合いだったの?」

『うん。二千年くらい前の話だけど、何代か前の主がエレに挑んだんだ。あっさり返り討ちにされたけどね』


 二千年前……エレもティーも、どれだけ生きてるんだ? ティーは剣だから、錆びたり折れたりしない限り、ずっと生き続けるとして――エレも異常に長命だしなぁ。


『僕は錆びない剣だからね。そうそう折れないよ!なんてったって“魔剣ティルフィング”だから!』

「あ、ごめんごめん!!」


 エレもティーも、俺の思考をすぐに覗いてくるから、うっかりしたことは考えられない。


「“魔剣ティルフィング”って名がつくぐらいだから、かなり優れた武器なんだろうね」

『うん。噂ではね、一度鞘から抜いたら血を浴びるまで納まらないって言われてるよ』


 おっそろしい噂だな……。今は鞘に収まってるけど、スライムすら倒せなかった俺が持ってたなんて、完全に宝の持ち腐れだ。 でも、賽の目でいい結果が出てるのって、もしかしてティーのおかげなのかも?


『ねぇ、旅はどこまで行くの?』

「目指してる場所はあるんだけど、砂漠を越えなきゃいけなくて……その国、砂漠のど真ん中にあるんだ」

『へえ……さすがに僕も砂漠には行ったことないや』


 ティーは、今まで旅の中で出会った人々や、見聞きした話を語ってくれた。 俺はスタインウェーから出たことがないから、それがすごく面白かった。


『シュタインベルクかぁ……最近、図書館が増築されたって噂の国だね』

図書館……!?!

「え?! 本当? ティー!!」

『うん。武器屋にいた頃、冒険者たちが噂してたよ』


 図書館があるーーー!! 行きたかったんだよ、図書館!! もしかしたら、元の世界に戻る方法が文献に記されているかもしれない!!


「行きたい!! 図書館!!」

『でもね、図書館に入るには、王様の“許可証”が必要だったはずだよ?』

「王様の、許可証……」


 そんなの、どうやって手に入れるんだ……。期待は一瞬でしぼんだ。


「……ティー、ちょっと昼飯、行ってくるよ」

『行ってらっしゃい』


 俺はその前に、サイコロをひと振り。転がった賽の目は――三。 ここに来て、初めて悪い目が出たかもしれない。今までツイてたしな。

 昼飯を食べようと思ったけど、食欲が湧かない。食堂のメニューは何だろう……嫌な予感は的中し、食堂は閉まっていた。今日は休みか。

 俺はそのまま引き返し、また部屋に戻った。


『あれ? ご飯はもう終わったの?』


 ティーが話しかけてくる。俺は装具の支度を始める。もちろん、ティーも連れていく。


「食堂が休みだったんだ。もう一度ギルドへ行って、Fランクの仕事でも探すよ」

『じゃあ、昼ごはんはどうするの?』

「市場はまだ開いてるだろうから、出店で何か食べるつもりだよ」


 それに、エレもまだ帰ってきてない。というか、街の外に出ないと呼べないんだよな。そういえば……。


「ルディ! ルディ!!」


<妾を呼んだか? 人間>


 気軽に呼んでみたら、すぐに返事が返ってきた。武器屋で呼んだときは、全然応えてくれなかったのに。


「フラグネット様に渡った本、ちょっと貸してもらえませんかー?」


<けもみみすとのことか?>


「そうですー、必要なんです」


<しばし待っておれ>


 図書館のことは、シュタインベルクに着いてから考えよう。 今は深く考えないほうがいい。俺は、ルディの返事を待ちながら、心の中でそう決めた。


名前 袴田恭(ダヤン)

称号 異世界転移者

年齢 28

レベル 6

知力 400

体力 350

魔力 100

紋章術 なし

従属 黒氷狼マーヴェリック 魔剣ティルフィング

保有スキル アイテムボックス 賽の目 

加護 蔑むものを超える力

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