第43話 演出続行中。なお現実は終末です

 飛空艇は、厚い雲を割いて進む。

 魔族と人間の混成部隊──その最前線に、ケイルたちの姿があった。


 船内は静まり返り、空気は極限まで張り詰めている。

 誰もが黙したまま、目前に迫る“それ”との戦いに備えていた。



(な、なんか……ほんとに始まる感じになってる……)



 ケイルは、じっと座席に座り、膝を抱えていた。

 心臓の鼓動がうるさい。手のひらにはじっとり汗。


(……リハーサルなしで本番突入? ちょっと段取り雑すぎない!?)


「……落ち着いてる場合?」


 隣の席から、女側近の冷静な声が飛んでくる。

 その目は、しっかりとケイルを観察していた。



(この状況で“主役ごっこ”してる場合じゃないでしょ……ほんとに死ぬわよ)



 船体が、ごくわずかに軋んだ。


 瘴気が、空にまで達していた。

 前方の霧の中から、いくつもの影が蠢き始める。

 それは災厄の“端末”──異形の群れだった。


「来たわ……!」


 セラが叫ぶと同時に、魔術の光が飛び交い始める。

 瘴気を切り裂く風、閃光の矢、雷鳴のような咆哮。


 勇者パーティと魔族の精鋭たちは、連携して空中戦を開始した。


「うわっ、ちょっ、ちょっ、なにこれ!?」


 ケイルが、飛んできた破片に驚いて身を屈めた瞬間──


 まるで風そのものが彼をかばうように、周囲の空気が静かに渦を巻いた。


「……見たか、今の」

 レオンがぽつりとつぶやく。


「ええ。あの霧の前で、一歩も引かなかったわ」

 セラの声には、わずかに震えが混ざる。


「……私も見習わないとな」

 ユウナが苦笑交じりに言った。



(いやいやいや! ただビビってしゃがんでただけだから!!)



 女が内心で全力ツッコミする中、戦闘は続き──やがて敵は一掃された。


 飛空艇は、そのまま着陸態勢へと移行する。


 



 地上。


 そこは、かつて村だった痕跡がわずかに残るだけの、瘴気の沼だった。

 建物は溶け、土は腐り、空気さえも毒に染まっている。


「……ここに、“厄災の本体”が……」


 ユウナの声は、僅かに震えていた。


「ここで一度布陣を組むわ。ケイル、立って」


「う、うん……」


 膝が震える。足元も覚束ない。

 だが、ケイルは歯を食いしばって立ち上がった。


(大丈夫、これも演出。ステージの一部……!)


 


 ──そのときだった。


 風が止まり、空気の密度が変わった。

 霧がざわめき、大地がわずかに震える。


 全員が、何かを感じ取った。



(……来る!?)



 そんな恐怖に満ちた空気の中で──ケイルは、一歩前へ出た。


(ここで主役が立たなきゃ意味がない……!

 いまだ。いまが、俺のターンだ!)


 その瞬間──


「バカ! なにしてんのよ!」


 女側近が素早く手を伸ばし、ケイルの服を掴んで引き戻した。


「あんた死ぬ気!? なにその“ここが俺の見せ場”みたいな一歩!」


「え、タイミング的に主役ムーブが必要かと……」


「ムーブとか言ってる場合!?」


 睨みつける女側近に、ケイルはただ縮こまるしかなかった。



 直後、霧の奥から──“視線”が刺さるように届いた。

 誰かが息を呑み、誰かが魔力を構える。


 しかし、“厄災”はまだ姿を見せていない。


 嵐の前の静寂──

 だが、すでに戦は始まっていた。


(演出だよな……これも、演出だよな……?)


 ケイルの背中に、嫌な汗が伝っていた。

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