第32話 魔王静かにブチギレ

「──刺客の件は、我が処理しよう」


 魔王が一歩、壇の中央へと進み出た。


 その威容に、誰も逆らえない。


 誰もが沈黙したその場で、魔王は淡々と告げた。


「和平会談の場を、これ以上汚すまい。我が息子を狙う影──この手で一掃する」


 威圧ではなかった。だが、その言葉が放たれた瞬間──空気が変わった。


 声の調子、間の取り方、視線の鋭さ。

 どれも過剰ではないのに、まるで雷鳴が落ちたように場を貫いた。



(……完璧すぎる。言葉の一つ一つが、胸に直撃してくる……

 これが本物の“威厳”か。聞いてるだけで震える……)


 演技だとわかっているはずなのに、その重みと真実味にケイルは思わず息を呑んだ。


 数十分後。


「魔王城の主庭園です。こちらが、御子息様専用の散策道となっております」


「うわ……すご! 景観も、演出も……リアルすぎない……?」


 ケイルは城の奥深くへと案内されていた。豪奢な回廊、静謐な庭園、壁に描かれた歴史絵巻。


 そのすべてが、ケイルのためだけに用意されたかのようだった。


(これは……ファン向けのおまけパートだな。

 こんなに凝って作られた魔王城の内装が見れるなんて……!)


 ケイルは内心で小さくガッツポーズを決める。


(せっかくだ、存分に楽しませてもらおう)


 


「我らがケイル様……まさか本当に存在しておられたとは……」


「伝説の“時の制圧者”……。息をするように時を止めるという──」


 廊下ですれ違う魔族たちは、ひそひそと語り合い、遠巻きに頭を垂れる。


(え、なにその反応!? 脇役がここまでの演技の仕上がりとか!)


 ケイルはひたすら静かな笑顔をキープしつつ、心の中では興奮気味だった。


「ねぇ、女さん……この装飾とか、どう見ても本物じゃない!?」


 ぴったり寄り添うでもなく、常に数歩後ろにいた女側近が、深いため息をついた。


「そうねぇ……

 ていうかあんた、未だに演出だと思ってるのね」


「……え?」


 女はそれ以上何も言わず、後ろを歩く。


 


 そのすぐ横で、控えていた魔族兵がこっそり呟いた。


「……あの気配……少し、陛下に似ていたな……」


 女が返す。

「え、誰が……?」


「ケイル様だ」


「どこがよ!!」


 女の鋭いツッコミが炸裂する中、場面は静かに暗転していく。


 


 ──そしてその頃、地下深く。魔族の影が、蠢いていた。


「……ケイル、だったか」


 闇の中で、誰かがつぶやく。


 会談の混乱、魔王の介入。そのすべてを、背後から観察していた影の過激派が囁き合う。


「魔王が守りに入った今……あの“器”さえ、我らが手中に収めればいい」


「もはや殺す必要はない。あれほどのカリスマ、あれほどの象徴性……」


「連れ去り、染め上げろ……! あの器を“戦争の象徴”に変えるんだ。

 血と叫びを纏わせて、我らの理念を語る偶像に──」


「意思を持たぬ神輿でいい。

 ただ、我らの言葉を吐き、我らの憎しみを正義にすり替える顔となれれば、それでいい……!」


「そして──

 弱き平和を終わらせ、“力こそ全て”の時代に引き戻してやる!」




 ざわり──空気が軋むように、闇が微かに震えた。


 すでに、計画は動き出している。


 誰の命を受けたのかも定かでない、名もなき内通者。

 長く忘れられていた抜け道。


 そのすべてが噛み合い、進行していた。




 魔王は、その気配を感じ取っていた。

 だが、敵の手はまだ見えていない。


「……動きがあるな」


 その言葉に、男側近が応じた。


「命じて頂ければ、私が──」


「いや。まだだ」


 魔王は首を振る。


「ケイルを危険に晒すことは、出来ぬ。あの子は……我が息子だ」


 その口調は静かだったが、言葉の芯は硬く揺るぎない。


「だからこそ──狙われる。ならば……わかるな?」


 側近は沈黙のまま頭を下げ、静かにその場を去った。


 魔王の眼差しだけが、遠くの闇を捉えていた。

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