第28話 宴の始まり

 煌びやかな宴の間──その中央に、ケイルは座っていた。


 豪勢な料理がずらりと並ぶ。肉も果物も色鮮やかで、まるで宝石のようだ。


(すごい……ビュッフェじゃなくて完全コース制!?)


 目の前の皿には、見たことのない料理が芸術的に盛り付けられていた。見た目も香りも、文句なしの一級品。


(高級レストランの再現だよな? ほんとすごい力の入れよう……)



 緊張するケイル。その一挙手一投足が、魔族たちにはまったく別の意味に映っていた。



「……あの指の動き、見たか?」


 隻眼の魔族幹部が低く呟く。


「パンを取る時、ほんの一瞬だけ躊躇したように見えた」


「恐らく毒の確認……暗殺を警戒したんだな」


「いや……あの動き、解毒をしていたようにも見える」


「あの一瞬でか!?どのみち相当高度なスキルなのは間違いない」



 ケイルが、パンをスープに浸して──口に運ぶ。



「「「……おおっ!」」」



 ただの食事なのに、周囲がどよめいた。


「パンを染み込ませた……“全浸法”だ!!」


「我らの文化に精通し、それを自然に……!?」


「人間界で育ちながら、ここまでの礼法を体得しているとは……一体どんな教育を……」



 さらにケイルが、テーブルのナイフを一瞥。

 どれを使うか、少しだけ迷って手が止まる──



「……止まった!? 今、一瞬"時が止まった"ように見えたぞ!」


「あぁ。恐らく噂の“時止め”……しかも食事中に……ッ!」


「それだけあの方にとって、時を止めるのは呼吸と同じ様なものということ……!」



 魔族の歓迎ムードの中、一際いかつい魔物が、ギロリとケイルを睨んでいた。


(なんだアイツ……急にしゃしゃり出てきやがって……)


 腕組みしながら舌打ちし、椅子から腰を浮かせる。


(魔王の息子だァ? 笑わせんな……ちょっと一発、“上下関係”ってやつを──)


 その瞬間。


「……っゴホッ、ゴホッ!!」


 ケイルがパンのかけらで咽せた。

 それだけのことなのに──


 バッ!と立ち上がろうとしていた魔物が、条件反射でビクッと肩を揺らし、思わず一歩退いた。


(っ……な、なんだ今のは!?)


「おい……今の、完全に“牽制”じゃねえか……?」


「あれは……まさか“威嚇”!?」


「座ったままで……ここまでのプレッシャーを……!」



 ザワッと魔族の空気が変わる。


 次々と飛び交う憶測。広間全体がピリついた空気に包まれる。


 咳で涙目になってるケイルは、手元の水を取ってゴクゴク飲んでいるだけなのだが──


「さすがは陛下の血筋。油断なく、周り全てを見ている……!」



 錯乱しかけた空気の中。

 ついに女側近が額を押さえ、疲れ切った顔で呟いた。


「……咳をしただけでこれって……もうツッコミ追いつかないんだけど……」


 誰にも聞かれていないことを願いながら、そっと天を仰ぐ。



 もはや魔物たちの目に映るケイルは、ただ座って食事しているだけで“完全無欠の王族”だった。




 その頃、会場の外では勇者パーティが、こっそりと様子を伺っていた。


「……やばいな、完全に馴染んでる」

 レオンが息を呑む。


「ていうか、あっちの世界のほうがしっくりきてない?」

 ユウナが小声で言う。


「でも、だからこそよ。あの人こそが“世界の橋渡し”なの」

 セラが真顔で呟いた。


 ──なお、ケイルはただ食事を楽しんでいるだけである。



 宴も終盤に差し掛かった頃、ふとケイルがぽつりと呟いた。


「……戦いって、いつまで続くんだろう。俺はもう、誰かが悲しむのを見たくないよ」


 何気ないその一言が、会場の空気を変えた。


「……ご子息様……」


「まさか……あのような境地に……」



 魔族たちは次々と頭を垂れ、涙をぬぐう者すら現れる。


 誰もが彼こそが“争いを終わらせる者”だと確信した。



(……えっ、なんか雰囲気すごくない? もっと軽いノリで言ったつもりだったんだけど……?)


 ケイルはパンをおかわりしながら、こっそりと額の汗をぬぐった。


(やばい、演技ってほんと加減がむずいな……)



 こうして“魔王の息子ケイル”による和平の宴は──

 本人だけがまだ「ごっこ遊び」だと信じたまま、静かに、しかし確実に、歴史の転換点を迎えつつあった。

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