第24話 朝焼けと余韻とパンと魔王

 朝焼けが、静かに大地を照らしていた。


 ケイルは、小さな鍋でパンを温めていた。

 ほんのり焦げた香ばしい匂いが、寝静まるキャンプに広がる。


(いやー、昨日のイベントはすごかったな……)



 詰め込みすぎだろってくらいの展開だったけど、それがまた良かった。

 ごっこ遊びなのに、心が震えるほど熱かった。

 人生で一番の舞台だったかもしれない。



(うん、俺の活躍は……ここで終わり。あとは、勇者たちの物語だ)



 だから、今はパンを焼く。

 いつもの朝を整えて、みんなを支える。それが、自分のポジションだ。


「うん、いい感じに焼けたな……。よし、コーヒーも淹れるか」


 誰にも気づかれないような場所で。

 ケイルはひとり、小さな満足感に包まれていた。


(……ありがとう、みんな。いい夢を見させてもらったよ)


 そう呟いた声は、朝の光に溶けていった。


 ──だが、世界はすでに、別の段階に進んでいた。


  


「……人間側を選んだか。我が子よ」


 その呟きは、魔王城の最奥、玉座の間に響いた。


 漆黒のマントをまとい、玉座に深く座る魔王。

 その瞳は、焚き火の向こうに立っていた一人の男──ケイルを見据えていた。


「敵の中央に、身を置くとは……フッ。面白い」


 側近の男がすかさず口を挟む。


「ケイルはなかなかやりますよ。完全に人間側に溶け込んでます」


 魔王が頷く。


「我が子にして……見事な演技力だ」


「……って、ちょっと! 何その親目線!? 事実みたいに言わないでよ!」


 女の声が割り込む。側近(女)は頭を抱えていた。


「そもそもケイルが“我が子”ってのがただの推測でしょ!? 根拠どこよ!」


「直感だ。我が血が、奴の中でうずく」


「なんで毎回その直感で確定するのよ!!」


 魔王と側近は意に介さず、続ける


「ケイルは今、人間社会の中枢にいる。これは、世界のバランスが動くぞ」


「……あの立ち振る舞い、気配、言葉の選び方……あれはもう、貴族とか将軍とか、そんなレベルじゃありませんよ」


「そう……まるで、生まれながらに王座を背負う者の──」


「──“魔王の器”か」


「勝手に息子に仕立ててるんですけどね!?」


 女のツッコミもむなしく、二人の妄想はさらに加速する。



 魔王が目を閉じ、静かに呟いた。


「いつかはこの城に攻めてくるというわけだ」


「暗殺スキル、時止め、次元改変……魔王様といえど止められるかどうか……」


「ふふ、どうだろうな」


 魔王は楽しげに笑う。


 すると側近が、少しだけおどけたように言った。


「あるいは、お互いに手を取り合うというのは?」



 魔王は目を細め、すぐに吹き出すように笑った。


「はっはっは! あれほど恐れられた魔王が、舐められたものだ」


 側近は冗談を装うように、続ける。


「こんな世の中ですから。特にご子息様が現れた、このタイミングなら……現実味はあるかと」


「……考えておこう」



 魔王はしばらく何も言わず、ただ目を伏せていた。

 やがて、ぽつりと呟く。



「……本当に、あいつは人間側を選んでしまったんだな」



 その声は、どこまでも静かで、深く沈んでいた。


 まるで、遠く去っていった息子の背を想う、父のような声色だった。



 ──玉座の間を、沈黙が包んだ。


 ……ただひとり、心の中で全力ツッコミを入れている女を除いて。

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