第9話 これが役目(凡人視点)
旅に出て、何日目だったろう。
朝の空気にも慣れてきて、テントの片付けや食器洗い、荷物の整理も、だんだんコツがつかめてきた。
「……よし、完璧……!」
ケイルは一人、満足そうにうなずいた。
薪は前日に確保済み。鍋はすでに磨き終えてピカピカ。食料袋の中身も補充してあるし、ロープの結び直しまで済んでいる。
完璧なスタッフの仕事ぶりだ。我ながら、ここまでできるとは思ってなかった。
(ちょっとずつ、信頼を積み上げて……)
(ちゃんと“冒険体験ツアーの裏方”としての評価をもらって……)
(……そして、みんなの思い出の中に、少しでも俺の姿が残ってくれたら)
そんなことを思いながら、ケイルは空を見上げて伸びをした。
──そして、その日も戦闘があった。
魔物との小競り合い。といっても、勇者パーティにかかれば瞬殺レベルだった。
ケイルは戦闘が始まると、少し離れた岩陰にしゃがみ込み、静かに事の成り行きを見守った。
剣が閃き、魔法が炸裂し、混じり合う。ほんの十数秒で、すべてが終わった。
魔物の咆哮、剣の煌めき、爆ぜる魔法の光──
まるで、子どもの頃に夢中で読んだ“勇者の冒険譚”そのものだった。
(うわ……本当にやってるんだ、こういうの……!)
その光景を、ケイルは少し離れた場所から見守っていた。
(……ほんとに、すごいな)
どこか現実味のない、でも目の前で確かに繰り広げられる“冒険”。
子供の頃に読んだ本の中にしかなかった世界が、いまこうして目の前にある。
その輪の外に立つ自分は、ただの雑用係だけれど──
(……それでも。少しだけ、その物語の端っこに触れてる気がする)
ほんのりと胸が高鳴っていた。
怖くないわけじゃない。緊張もしていた。でもそれ以上に、どこか嬉しかった。
誰にも気づかれぬよう、草を踏まないように足元に気をつけながら、ケイルは静かに合流した。
「……はは。俺、また何もできなかったな……」
その声は笑っていたけど、ほんの少しだけ、寂しさが混じっていた。
「ま、でも。飯の準備だけは負けないぞ……!」
小さく息を吐いて、テントの設営へ向かう。
その背中には、憧れの物語に触れた人間だけが知る、小さな誇らしさと悔しさが、静かに宿っていた。
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