第1話 喪失の勇者
喪失の勇者。それは、様々な大切な物を失いながらも、人々を助ける為に悪を討つ為に動いていた者の名である。
「…ざけんな…なんで…くそ…」
何人もの人間に問いかけ、自分の求める答えが帰ってくるまで質問を繰り返す。心は壊れ始め、何もかもが彼から離れていく…
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酷く長かった眠りから目が覚め、ぼんやりとした意識の中、起き上がりながら周りを見渡す。
右側にある窓からは日差しが部屋を明るく照らし、部屋の外からは喧騒が聞こえてくる。
木造の部屋の中にあるベッドで寝ていた様で、ベッドから出ようとすると、左側にある扉から人が入ってくる。
「あ…!?起きてる!!」
白に近い水色のロングヘアを揺らしながら近づいてくる。か細い様な、透き通った綺麗な女性の声をしており、青色の瞳で俺を見つめてくる。
「ぁ…なだは…?」
どれだけ寝ていたのかは分からないが、声はかなりボロボロで、まだ上手く喋れない。
「私はリリメア!あなたの名前は?」
「……分からない…」
「分からないの…?うーん…顔は転移者っぽいんだけど…」
「転移者…?」
「そう、今のこの世界とは別の場所からやってきた人の事。黒髪だし、顔もこの辺じゃ見ない系統だから」
「そう…なんだ、珍しいの?」
「少なくとも私からすれば、君が初めて見た黒髪の人」
それにしても、自分の名前もその他も思い出せない。目が覚める前は何をしていたのか、自分はどんな者なのか…その事をリリメアに話すと、どうしたらいいか少し悩んだ後、俺をこの部屋に連れてきた経緯を話してくれた。
「私は、色んな場所を行ったりして旅をしてたんだけど、その途中で君を見つけたの。森の中で、このままじゃ魔獣の餌になっちゃって危ないから、この宿に連れてきたんだ」
「魔獣…?って何…?」
「魔獣は森の中に居る動物かな、1部魔法を使う獣が居るから、全部纏めて魔獣って呼んでる」
とりあえず俺はベッドから足を出して立ち上がろうとするが、上手く力が入らず倒れてしまった。そんな俺を見て、すぐさまリリメアが支えてくれる。
「大丈夫…?」
「ありがと…」
支えて貰いながらとりあえず座ったまま、リリメアの話を聞く事にする…リリメアはこの世界の事や、今の俺がどういう状態なのか教えてくれた。
今の俺は記憶喪失という状態らしく、過去にあった事を何かしらによって失ってしまった状態だと言う。
俺の身体はおおよそ18〜20歳程で、身長は大体175〜180程、鍛えていたのかかなりしっかりとした筋肉があった様だが、長い間寝ていた事もあり、今は立った状態を維持するのも難しいほどに衰えている。
この世界には魔法という現象が存在しており、様々な種類があるという。主に使える魔法は髪色によってある程度判断が出来て、赤は炎系統、青は水系統等が扱いやすいらしい。
治癒魔法も存在していて、不思議な事に治癒魔法を使う際は、基本的に同性同士で魔法をかけないといけない『メラード法』という法律が存在する。
「メラード法があるから、1日1回しか治癒魔法かける事が出来なかったんだ、ごめんね」
「1日に1回だけ…女性が俺に治癒魔法を使っていいって事…?」
「うん、そうだよ。私が1日1回だけ治癒魔法を使ってかけてた。初めて君を森の中で見つけた時は、かなりの重傷だったからメラード法無視しちゃったけど…」
「そっか、ありがとう…」
異性に対して治癒魔法を使っていいのは軽傷の場合でも1日1回が限度で、その法律を破ってまでリリメアは助けてくれたらしい。
リリメアは俺の筋肉を少しでも早く治す為に、男性の治癒魔法士を呼んでくれるらしく、俺はベッドに残ったまま部屋を出ていった。
リリメアから聞いた事を思い出しながら、この国について思い出す。
今の俺が居るのはチュニメイトと言われる国で、その中でもラッセルと言われる都市だった。結構な人の量が住んでいるらしく、外は人の声が沢山聞こえてくる…
魔法は基本的にどんな人にも使えて、この世界の生活の基盤になっている。中には魔法の素、所謂魔素が無い人間が生まれる事もあるらしく、オリミー病と言われる病気もあるらしい。
魔素というのは人間が吸っている空気と同じ様に、見えてはいないが存在しているらしい。
しばらくすると、男性の治癒魔法士がやってきた。結構歳をとったおじさんで、自己紹介をしてくれる。
「黒髪…初めて見ました…私、ロレッダ・レードでございます。既に結婚しており、5歳になる娘も居ます」
「…?あ、はい…」
なぜ既に結婚している事を報告してきたのか分からないが、とりあえずロレッダ先生に俺の体を見てもらう。俺の足の筋肉やその他の筋肉に触れながら色々と教えてくれる。
「筋肉はかなり衰えていますね…通常なら1ヶ月程リハビリが必要になりそうですが、1週間程で治しましょう」
「ありがとうございます…」
「魔素の確認をしますね」
そう言って俺の腕に触れながら魔素を確認し始める…
「…魔素がかなり少ないですね」
「少ないと何かヤバいですか…?」
俺がそう聞くと、リリメアが答えてくれる。
「魔素が少ないと、単純に生活がしづらくなるの。この世界は魔法が使える前提で作られているものが殆どだから、ついて行きづらくなる…」
「そうなのか…」
「とりあえず治癒魔法をかけておきます。まずは一人で立てるようになるまで、私が診ましょう」
「…ありがとうございます」
そう言って俺に治癒魔法をかけた後、ロレッダ先生は部屋を出ていった。リリメアは椅子に座って、俺の事を見てくれる。魔素が少ないと知って、リリメアは少し重い空気になっている。
「リリメアは、なんでこんなに尽くしてくれるの」
「……なんでだろ、君の事は助けたくなるの」
「そっか…治癒魔法って自分にかけたり出来ないの?」
「出来ないと思う…私は無理だし、してる人見た事無い」
それから俺は、ロレッダ先生に診て貰いながらリハビリをして、5日程で何とか一人で立てるようになった。
「かなり早いですよ…治癒魔法を使っててもこんなに早いのは初めてです」
「そうなんですか…魔素が少ない分、身体が強くなってるのかな…」
「その可能性はありますね…」
何とか身体が立てるようになるまで回復し、ロレッダ先生に感謝を伝え、宿の部屋を出て街を歩く。人々の髪はカラフルで、色んな髪色をしていた。そんな人達は俺の髪色を物珍しそうに見ては通り過ぎていく。
「これからどうするの?」
「…!?リリメアか…びっくりした。ん〜どうしよう…」
そもそも自分の名前すら思い出せないし、何をしたら良いのか分からない。
「じゃあさ、私と一緒に色々見て回らない?」
「見て回る…?」
「そう、君の事を知っている人も居るかもしれないし」
「良いの?俺なんかが」
「良いよ、ほら…行こ?」
そう言ってリリメアは手を引っ張ってくれる。俺は色々助けてくれたリリメアの助けになればと、ついて行く事にした。
そして、目覚める前の俺の事を知っている人を探し、どんな人間だったのかを探る事にした。
リリメアに引っ張られながら歩いていると、ふと見覚えのある場所だと感じてしまった。身体は固まり、歩く事も出来ない…脳の処理に全神経が注がれるが、それでも理解出来たのはこの街に来た事があるという記憶だった。
「っ…」
「…?どうしたの?」
「なんか…見た事ある気がして…ここの光景を…」
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