第9話


 クリニックの冷房はよく効いていて、そとの茹だるような暑さからすると別天地だった。

 窓辺には趣味のいい水中花と、外国のうちによくある、雪の降っているガラス製の雪だるまのオブジェが置いてあって、涼をとっているつもりらしかった。

 それらは、なんとなく院長先生の優しい人柄をしのばせるのだった…


 「でね、その女の子をね、私は”夢ちゃん”、と呼んでいるんですけど、話しかけても返事をしてもらったことがない。 ほかにも何パターンかよく見る夢のタイプはありますが、その夢ちゃんの夢はしょっちゅう見ます。 笑い声はきいたことあります。 橋の上から下をのぞいていたり、バケツに水を入れていたりもします。 服装はまちまちですが、少女らしいかわいらしいワンピースとかが多いですね。 イメージもあやふやだったりくっきりしていたりで、バラバラです…だけど、すごく愛おしい、大事な、崇高というか、この世のものならない純真な天使が現前しているような気がする、だから自分がいつも敬虔というのか厳粛な気持ちでその夢ちゃんに接しているのがわかる、…まあ、そういう夢です」

 

 「なるほど。 だから、たぶん、あなたにはすごく純粋な理想や希望を女性という存在に希求するという、そういう願望や傾向が強いんでしょうね。

 なにかよく、「永遠の女性」という言い方でマリア信仰にあるみたいに女性性を絶対化してそこに人生のすべての謎を解くカギがある、みたいに考える人がいます。 文学者だと端的に表現している人も多い。 画家でも、ダリにとってガラという夫人はそういう”信仰対象”に近いかな? それはまあ、普遍的な人間存在の運命に則した必然…ただ、夢というものにもう少し深い、神秘的でスピリチュアルな意味を観て、投影する考え方もあります。 夢そのものに、ある小宇宙というか、人知を超えた不可思議な異世界とのつながりとか、なにかアカシックレコードだのASCENTIONだの難解な神秘思想のひとつの扉、身近なエントランスみたいに研究している…まあ、精神世界を只管、探求していれば普通にそういう発想に行きついても、フロイトがそうだったように、自然なことかも。 … …」


 先生はいろいろと夢について「講義」してくれたが、要するに、「夢」には、日常とは別の、特殊な論理というか法則があって、一筋縄に分析しきれないところがある、というか案外と深いものがあるらしい。


 で、6畳の狭い部屋に帰り、日本酒を飲んで、私はせんべい布団にくるまった。

 暑いので、扇風機とエアコンを両方ともパワーマックスにして眠った。


 隣の部屋では、学生が宴会をしていて、うるささもマックスだったが、耳栓をして、もらった安定剤を飲むと、やがてうとうとしてきた…


 夢の中にはやっぱり例の「美少女アニマ」の夢ちゃんがあらわれた…


<続く>

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