第13話 ティル・マーレ
エマは、サイラスとヨムトの声に驚いた様子だったが、「なぜ、みんな読めないの?」とでも言いたげに、二人を見返している。
(この数字には意味がある……?しかし、なぜエマはそれを読める?これも……「紅血の一族」の力なのか…)
サイラスはそっと息を吐き出し、問い詰めるような口調にならないよう気をつけながら、エマに聞いた。
「エマ。この数字には、意味があるのか? ひょっとして……この続きも?」
エマは、こくりと頷いた。
「……か、えるは……きたの……はて
そ、それは……かつて……だ、いちを……いやし……いのちを……そだて……し、もの……の……ぼ、ひょう……なり
ほくせいに……しず、む、みかづきの……かげ
……さいご、のと、び、ら……ひらか、れん
し、る、すもの……が……かぎ、となる」
サイラスは、その言葉を反芻しながら、頭の中でゆっくりと文章に直してみた。
「還るは北の果て
それはかつて大地を癒やし、命を育てし者の墓標なり
北西に沈む三日月の影、最後の扉開かれん
記す者が鍵となる」
(——鍵となる、だと?)
サイラスは、胸の奥がざわりとした。
ヨムトが、ポツリと呟いた。
「……エマは、数字が読めるのか?」
サイラスは、ヨムトの問いを聞き流し、この謎めいた言葉の意味を考えてみた。
(北の果て……最後の扉……記す者が鍵となる……)
その言葉を呟いた瞬間、サイラスはひとつの書物を思い浮かべた。
『王家の書』——アヌシー王国に伝わる伝説のような書物。そして、今こうして旅を続ける目的でもある。
(ティル・マーレは……『王家の書』と関わりがある…?)
国で読んだどの書物にも、それらしい記述はなかったはずだ。サイラスは、考え込むように額に手をあてた。
(……私ひとりでは、どうにもならない)
ケイレブやオスカーは、私よりも長く旅をしている。何か、知っているかもしれない。そう思いながら、サイラスはエマとヨムトを連れて町へと引き返した。
「おーーーい、サイラス! 今、帰りかーー?」
宿へ戻る途中、ケイレブにばったりと出くわした。エマが抱えている戦利品を見るなり、いつものように気さくに声をかける。
「よかったな、エマ、ヨムト」
サイラスは宿までの道すがら、ティル・マーレでの出来事を事細かに話して聞かせた。エマが暗号を読めたことを話すと、ケイレブは少し眉間に皺を寄せた。
「……これまで、いろいろな国を回ったが、そのような暗号について聞いたことはない。おそらく、オスカーも同じだろう。
ただ……ひょっとすると、カイ・ロウルたちなら何か知っているかもしれない。俺たちよりも、もっと多くの国を回っている。それも大陸だけでなく、海の向こうもだ」
そう言って、ケイレブはふっと笑った。
「それに、競技大会に出るなら彼らには一度会っておいたほうがいい。……話してみるといいさ」
(そうだ…カイ・ロウルたちがいたな。確かに、彼らなら何か知っているかもしれない……私よりも広い世界で生きている者たちだ)
宿に戻ると、すでにオスカーは部屋でくつろいでいた。サイラスは、オスカーに同じ話を繰り返す。話を聞き終えると、オスカーは顔を上げてサイラスに言った。
「それなら、心当たりがある。グランブルー号の連中が、いつもたむろしている店だ。町外れの『より波』って酒場だが、――今から行ってみるか?」
サイラスは、昼間の出来事が頭から離れない。休む間もなく、オスカーと連れ立って『より波』へ向かうことにした。
『より波』は、風詠の宴に集まった船乗りたちであふれていた。店の扉を開けると、すぐに声がかかる。
「珍しいな、オスカー。お前がここに来るなんてな」
飲みかけの杯を手に、ひとりの船乗りが声をかける。
「ああ。たまにはな」
オスカーは笑いながら、周囲を見渡した。
「ところで、グランブルー号の連中を探しているんだが、誰か知らないか?」
「だったら、店の奥だ。何人かで飲んでいるはずだ。ちょっと待ってろ」
その男は、店の奥に向かって大声で呼びかけた。
「おおーーーい、リオ! こいつがお前たちと話したいって」
リオと呼ばれた男は、手をひらひらと振って応えた。
「あいつはリオ・ナッシュだ。気のいい奴だから、心配ない」
声をかけてくれた男は、そういって店の奥を指さした。
二人は、人をかき分けながらリオのいるテーブルに近づいた。
「俺がリオだ。なにか用か?」
リオと名乗った若者は、船乗りにしてはほっそりとしている。東方の生まれなのか、切れ長の目が印象的だ。
数人で飲んでいたのだろう。テーブルの上には、飲み終えた杯がいくつも転がっているが、酔っている様子はない。
「俺はオスカー。こいつはサイラスだ。ゆっくりしているところ悪いが、ちょっと話を聞きたい」
すると、テーブルの周りから笑いが起こった。
「そうか、お前たちか。競技大会に出るってのは!」
年長の船乗りが、冗談まじりに声をかけてきた。
「聞いてるぞ。お前たち、今年は優勝を狙ってるんだろう?なんだ、偵察か?」
「まあ、そんなところだ」
オスカーも笑いながら調子を合わせている。そして、少し声をひそめて本題を切り出した。
「ティル・マーレの台座には妙な数字が並んでいるだろう? ほかの場所で、同じような数字を見たことはないか? たとえば、ほかの国にある古びたモニュメントなんかにだ。それに、あの数字には何か意味があるのか、聞いたことはないか?」
オスカーは、何気ない世間話のようにさらりと問いかけた。だが、賑やかに飲んでいたグランブルー号の船乗りたちは、数字の話が出ると、途端に顔を見合わせる。
先ほどの年長の船乗りが訊ねた。
「なぜ、そんなことを聞く?」
オスカーはエマの話をそのまま話すわけにもいかず、言葉を濁しつつ説明を続けた。
「あの数字の意味を知る者がいると聞いた。このサイラスは、ある書物を探していてな。ひょっとすると、その書物と数字はどこかでつながっているかもしれないんだ。……もし…何か知っているなら、教えてもらいたくてな」
静かに耳を傾けていたリオは、サイラスを見て言った。
「それなら、船長と話すといい」そう言って立ち上がる。何か心当たりがあるのだろう。
リオは、まわりの船乗りたちに「自分が案内する」と言い、二人を連れて店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます