バトル・バトル・マイライフ!

うさぎパイセン、オーナーはもうダメだ。

第一話 VS怒り


 人生とは戦いの連続である。


 ヴァミヴァミヴァイと喚き散らす初老。蝉の様に不快な鳴き声。

 直立不動で脂に塗れた額に無心で目を向けていた。

 しがないサラリーマンの営業職の俺。


 社会人五年目。


 若手である年代としてはそろそろ決算期。後二、三年で中堅期へと羽化していく。

 そんな時期。


「ドーナッテンダァツ」「オマエハァッ」「クズガッ」


 声は音になり、音はつまり警戒音だ。

 その俺の警戒対象は頭蓋の中。脳内。–––今の世間での通称は『フィールド』。


 いつもの様に『フィールド』に『ヤツ』が来る。


 目の前の初老蝉は退場だ。

『ヤツ』とは何度も戦いあっている。

 勝つ時もあれば、地を這いつくばって屈辱に震える時もある。


 ど。


 ど。ど。ど。


 来やがった。


 俺は『フィールド』に入る。戦闘服のダブルのスーツを着たままきっちり閉めていたネクタイをスルリ、と緩める。

 クールビズなど都会の幻という社風の会社だ。だが今はそれでいい。それがいい。


「ど。ど。お。ア。」


 燃えるような炎。感情。名を付けたら、それが戦闘開始。


「来いよ」



「 怒り! 」


 爆破音。


 その音をきっかけにフィールド−−俺の戦闘領域。土俵へと足を踏み入れる。


 目の前には深紅の炎。ゴウ、ゴウ、と全てを焼き尽くさんとするかのように。


 さあ、今日もお前を叩きのめす。



 高らかに宣誓が上がる。




 −−八卦はっけよい。


 真っ赤な炎が力士のような人型へと変化する。


 炎–−怒りは、相撲で言う不知火型。取り組みのスタイルで言うと攻めの姿勢を取る。


 燃え上がる炎でできた両手を一拍、切り裂く稲妻の様に鳴らし、ゆっくり左腕を天へと回す。

 続いてもう一拍。ジリジリと俺へと迫り来る怒り。それはまるで朱雀の尾を踏んだかのようにプライドを傷つけられた故に戦いへの欲が上がって行く様に。


 俺は右手を握り締め、そこから生まれた光のつぶてを豪快にフィールドへ放つ。


 清めの粒子。


 怒りは粒子を受け、コイツもまた光のつぶてを放った。


 –−のこった!!!!


 現実世界には声のみ意識を向け。


『何年この仕事やってんだクソムノウガァーッ』

 一気に攻め寄る怒り。俺の真正面から張り手をかましまくる。


 衝撃。バンッ!!と両頬にクル鋭い痛覚。ッテェ!


『クソッ』『低脳!! 』バッ!バッ!バン!


 第二波。三波。このまま一気にカタをつけようってか。そんな弱かねえよ!



!! 』



 来た。俺は頭を瞬時に低く下げ、怒りの高っけえ温度の腰を両手でワシッと掴み上げる。


「–−それは強要罪ですね。この一連の会話、全て録音しておりますので」


 反転。



 決まり手。

 ––上手投げ。



 フィールドから現実世界。


 目の前に青々と顔色を悪くしている取引先の初老のクソ婆。もとい、取引先の初老に俺はひんやりとした笑みを向けた。


「こちらとしても御省と末長くいいお付き合いをさせていただきたいと思っていたのですが」


「いや、あの、このあの」


 冷蔵庫で干枯びた青菜みたいな取引先へ俺は破顔した。


「まあ、それはまた別のお話として!こちらが弊社の薬価の卸値です。これ以上は中抜きで下げられませんがよろしいですね?」


 その青さが清々しくて。


 サインをもらい、悔しげに睨みつつ契約書を受け渡される。勝った。完全勝利。


 しかし。夏の晴天というのは急激に稲妻が鳴り響き、


「…何が足が水虫のくせにMS(薬品メーカーの営業職)や!!いつもいつもくっせえんだわこのクサ足がッ!!!!! 」


「黙れぶん殴ったろかこのスカタンブサイクババア!!!! 」


 土砂降り。


 禁じ手。不浄敗け。



 帰り道。夜道をトボトボと歩く俺。

 ため息しか出ねえ。


 この土地に来てだいぶ時間が経つ。生まれは東京。家業は代々続く薬問屋で俺は後継ぎ長男。なのに今では気を抜くと出る関西訛りとすり減る靴。水虫。仕方ねえだろ。職業病だ。


 故郷を思う。日本橋。銀座の和光の時計台。


 あのキラリとしたスペースシャトルの様な故郷。


 深い郷愁に駆られる。


『〜🎵』


 着メロが流れた。


 一点の曇りなく大阪がめっちゃすきやねんと高らかに告げる歌のメロディー。


 大阪に越して来て、そこで出会った今の嫁さんに設定された。


「アタシと付き合うからにゃもうアンタは東京モンちゃう!立派な大阪民や!せや!着信はアンタもこれにしい!アタシのいっちゃん好き曲や!いっぱいかけてやるから爆速で立派なエイターアイドルファンに育つんやで!! 」


 商売繁盛、のメロディ曲調のところで通話ボタンを押す。もう歌詞も丸暗記してしまった。



「惨敗や…」


 つい漏れた弱音に。


「気張りや!!家帰ったらアタシたちとエイトのライブDVDが待っとるで!ヨコのカッコよさを共に見守るんや!!子ぉ等も起きて待っとるでーはよ帰ってきいお父ちゃん! 」


 キラッキラの地上の星たちが俺の帰還を待ち侘びていた。




【人類が原初に生まれ出でた日を数えるは既に遠き長き。

 彼らは蒼き母星から果てなき星々にへと出る。それは、


 己の内なる星へとの旅にも似たり】


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バトル・バトル・マイライフ! うさぎパイセン、オーナーはもうダメだ。 @shinkyokuhibiki

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