ゼロカロリー学園のサバイバル姫 ~転生栄養士、知識で呪いをぶち壊す~
ソコニ
第1話『ようこそ、ゼロカロリー学園へ』
朝6時。起床のチャイムと同時に、制服が光った。
「BMI22.3……また0.1上がってる」
私は手首のスリムセンサーを見つめて絶望した。昨日より100グラム増えただけで、制服の灰色が一段階濃くなる。この調子では、来週には真っ黒になってしまう。
廊下に出ると、すでに朝の儀式が始まっていた。
「今日も美しく!今日も軽やかに!摂取カロリー、ゼロを目指して!」
青い制服の上級生たちが、下級生を整列させて唱和させている。みんな、骸骨のように痩せこけた顔で、でも誇らしげに胸を張っている。
BMI15.2の生徒会長シエラは、魔法で自分の姿を巨大スクリーンに映し出していた。
「今月の最優秀生徒は、3週間の完全断食を達成したレイナよ!」
痩せすぎて歩けなくなったレイナが、車椅子で壇上に上がる。腕は枝のように細く、頬はこけ、でも瞳だけがギラギラと輝いていた。
「みなさんも、彼女を見習って!食欲に負けるのは、人間として最低の行為です!」
私、ミナ=ノリーナは、その光景を見ながら吐き気を覚えた。
——こんな世界、狂ってる。
前世で管理栄養士をしていた記憶が、この異常さを際立たせる。転生してもう15年。でも、この価値観だけは受け入れられない。
教室に向かう途中、違法の地下フードマーケットへの入り口を横目で見た。壁の落書きには「本日入荷:チョコチップクッキー1枚3000円」とある。
「ミナ!」
親友のサヤが駆け寄ってきた。緑の制服、BMI20.5。彼女はぎりぎり標準層を保っている。
「聞いた?昨日また一人、絶食塔送りになったって」
「誰が?」
「2年のユリ。給食の野菜スープを全部飲んだらしい」
この学園の給食は、1食150キロカロリー以下。野菜スープといっても、ほぼ塩水に葉っぱが浮いているだけだ。それを全部飲んだだけで、罪人扱い。
「ひどい……」
「でも、仕方ないよ」
サヤは諦めたように言った。
「1日500キロカロリー以下って校則だもん。朝は水、昼は野菜スープ、夜はこんにゃくゼリー。それ以上食べたら——」
制服の色が変わる。
魔力が下がる。
そして、社会的に抹殺される。
第一時限は「カロリー計算学」。
黒板には、恐ろしい数式が並んでいた。
「では、問題です」
名倉先生が、鋭い目で生徒たちを見回した。
「体重50キロの人が、ポテトチップス1袋(500キロカロリー)を食べた場合、それを消費するには?」
青い制服の優等生が即座に手を挙げた。
「2時間のランニング、もしくは3日間の完全断食です!」
「素晴らしい!」
先生は手を叩いた。
「では、実際にポテトチップスを食べてしまった場合の罰則は?」
別の生徒が答えた。
「絶食塔での1週間の矯正プログラム、および魔力ポイント50の減点です!」
私は机の下で、震える手を握りしめた。
鞄の中には、祖母がこっそりくれた小さなプリンがある。昨日が私の誕生日だったから。でも、これは明らかな違法物だ。見つかったら——
「では、今から抜き打ち検査を行います」
血の気が引いた。
名倉先生が、魔法で生徒たちの鞄を宙に浮かせる。中身が次々とテーブルに広げられていく。
「問題なし」
「問題なし」
「問題な——」
先生の手が止まった。
私の鞄から、プリンが転がり出た。
教室中に、悲鳴が響き渡った。
「きゃああああ!」
「プリン!本物のプリンよ!」
「カロリーの爆弾だ!」
生徒たちがパニックになって教室から逃げ出す。まるで毒ガス兵器でも見つかったかのような大騒ぎ。
「ミナ・ノリーナ!」
名倉先生の顔が、怒りで真っ赤になった。いや、この学園で感情を表に出すのは珍しい。普段は飢餓で無表情な人ばかりなのに。
「これは……プリン!推定200キロカロリー以上の重犯罪食品!」
シエラが魔法で飛んできた。さすがBMI15.2、空中浮遊も余裕でこなす。
「カロリーは、罪。あなたの体型は、正義か悪かで決まるのよ」
彼女の言葉と同時に、私の制服がさらに黒く染まった。スリムセンサーが「犯罪者」と判定したのだ。
「でも、たかがプリン一個で——」
「たかが?」
シエラの瞳が、狂気に染まった。
「プリン一個で太るなら、それは自己責任。美しさは、計算でつくられるのよ」
名倉先生が続けた。
「この一個のプリンが、あなたの人生を破壊する。体重が増え、魔力が下がり、誰からも相手にされなくなる」
「プリン一つで犯罪者扱い?なんて綺麗な地獄なの」
私の言葉に、教室が凍りついた。
「地獄……ですって?」
「そうよ、地獄」
私は立ち上がった。もう隠すことはない。
「基礎代謝って知ってる?人間は寝ているだけでも1200キロカロリー消費する。でも、この学園は500キロカロリーしか摂取を許さない。つまり——」
プリンを手に取った。
「——みんな、ゆっくり死んでいってるのよ」
沈黙。
長い、重い沈黙。
そして——
「逮捕します」
校内警備隊が教室に突入してきた。全員、BMI16以下の魔法使い。痩せた体から、恐ろしい魔力が放たれている。
「違法カロリー所持、および反体制思想の流布。カロリー法廷での裁判の後、絶食塔への無期限収監を申し渡す」
手錠が、私の細い手首にはめられた。
でも、連行される直前、私は見た。
灰色の制服の生徒たち、いや、緑の制服の生徒たちの中にも、涙を流している者がいることを。
「食べたい……」
誰かが、小さくつぶやいた。
その一言が、まるで爆弾のように教室に響いた。
「私も……パンが……」
「お母さんの作った、カレーが……」
「誕生日に、ケーキを……」
「黙れ!」
シエラが魔法で全員の口を封じた。
でも、涙は止められない。
飢えた瞳は、隠せない。
私は連行されながら、叫んだ。
「お腹がすくのは、生きてる証拠!それを否定されたら、私たちは何のために生きてるの!?」
廊下に、私の声がこだました。
そして、誰も知らない。
この瞬間、保健室で一人の少年が、妹の遺影を見つめながら立ち上がったことを。
「もう、誰も死なせない」
ユウトと名乗るその少年の瞳には、静かな決意が宿っていた。
革命の種は、すでに蒔かれた。
ゼロカロリー学園の、長い一日が始まる。
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