第2話

 数日後すうじつご


 聖律教会セントノーム大理石だいりせき回廊かいろう

 高い天井てんじょうからはしずかなひかりそそぎ、ステンドグラスには神々こうごうしい天使てんし姿すがたえがかれていた。


 天城葵てんじょうあおいは、坂巻徹さかまきとおるならんであるいていた。

 ふくあたらしく支給しきゅうされた支給服しきゅうふく。だが、あの穢界えかい瓦礫がれき記憶きおくは、まだ脳裏のうりいてはなれない。


 「緊張きんちょうすんなよ、新入り」


 坂巻さかまき苦笑くしょうしてう。

 そのほおには、呪華ノヴァとの戦闘せんとうでついたかすかなきずがまだあかのこっていた。


 「でも……副教会長ふくきょうかいちょう直々じきじきばれるなんて……」


 「おまえは“れい事件じけん”ののこりだからな。それに……天羽あもうけんもある。そりゃ、あのひとだまっちゃいねえさ」


 坂巻さかまきこえひくくなった。


 (みお……)


 あおいむねいためた。

 あのときみおひかりつめたいひとみ祈式兵きしきへいになりてた彼女かのじょ姿すがたが、脳裏のうりよみがえる。


 あるつづけたさきで、豪奢ごうしゃとびら二人ふたりまえちはだかった。


 白衣はくい神官しんかん一礼いちれいし、しずかにとびらひらく。



 ひろく、たか天井てんじょう

 あか絨毯じゅうたんびる謁見室えっけんしつ


 そのおくおおきな椅子いすに、副教会長ふくきょうかいちょうアルディス・フェルナが腰掛こしかけていた。


 銀髪ぎんぱつ琥珀色こはくいろひとみ

 教会きょうかい象徴しょうちょうである黒衣こくいにまといながら、そのするど視線しせんには、どこかしずかで底知そこしれないあつがあった。


 「天城葵てんじょうあおい。そして坂巻徹さかまきとおる


 そのこえひくく、しかしよくとおる。


 「よく、きてもどったな」


 あおいおもわず背筋せすじばす。


 「ありがとうございます……副教会長ふくきょうかいちょう


 アルディスはゆびんだまま、しばらく二人ふたりをじっとつめていた。


 「あおい。おまえたものを、つつかくさずはなせ」


 あおいいきみ、ふるえるこえかたした。

 呪華ノヴァ襲撃しゅうげき仲間なかまたちの祈式兵きしきへいくびび、そして――


 「……そして、天羽澪あもうみおが……祈式兵きしきへいに……」


 はなえたとき、アルディスのひとみかすかにほそまった。


 「やはり、か」


 ひくくつぶやく。その声音こわねは、鋭利えいりやいばのようにたやかだった。


 「天羽あもうみお特別とくべつだ。……あのには、天使因子てんしいんしつよすぎている。通常つうじょう制御せいぎょ系統けいとうでは、完全かんぜんおさえきれん」


 「じゃあ……みおは、もう……」


 あおいいかけると、アルディスはくびった。


 「まだだ。神令官しんれいかんがいない状態じょうたい祈装解放オファリング維持いじできたれいは、教会きょうかい歴史れきしでもまれだ。ぎゃくえば――」


 そのひとみするどひかった。


 「おまえにしかできないことがある、天城葵てんじょうあおい天羽澪あもうみおを取りとりもどせるのは、おまえかもしれん」


 「俺……が……?」


 あおい見開みひらいた。

 むねおくで、いまみおびたままくす姿すがたがちらつく。


 アルディスはがる。

 そのたかく、教会きょうかい象徴しょうちょうたる威圧感いあつかんはなっていた。


 「おまえには、神令官しんれいかん適性てきせいがある。天羽あもうみおすくいたいなら、試験しけん合格ごうかくしろ。あのみちびけるのは、おまえしかいない」


 そのこえは、命令めいれいのようであり、いのりのようでもあった。


 坂巻さかまきよこでぼそりとつぶやく。


 「ほらな、新入り。ったろ。きゃわかるってよ……」


 あおいこぶしつよにぎった。


 (みおを、取りとりもどす。絶対ぜったいに――)



 そして天城葵てんじょうあおいは、神令官しんれいかん適性試験てきせいしけんへとあるすのだった。


そして。




 聖律教会セントノーム第三広場だいさんひろば


 朝日あさひ石畳いしだたみめる中、百人ひゃくにんえる男女だんじょあつまり、ざわめきがえなかった。

 ここにあつまっているのは、神令官しんれいかん適性試験てきせいしけん受験じゅけんするものたちだ。


 広場ひろばには、いくつもの巨大きょだいなコンテナがならんでいる。

 受験者じゅけんしゃたちは、その無骨ぶこつ存在感そんざいかん不安ふあんげな視線しせんおくっていた。


 「なあ、あのコンテナ……なんはいってんだろうな」


 そんな小声こごえがどこかからこえる。


 天城葵てんじょうあおいは、人垣ひとがきなかくし、先日せんじつ坂巻さかまきとの会話かいわおもしていた。





 「なんで坂巻さかまきさんは試験しけんけないんですか?」


 あおいいかけると、坂巻さかまき苦笑くしょうした。


 「おれか? おれもけたさ。最初さいしょ供物人くもつびと派遣はけんのこったときにな」


 「じゃあ、なんで……」


 「でも無理むりだった。おれにはできねえ」

 坂巻さかまきとおくを見るでつぶやく。

 「……まあ、おまえもきゃわかるさ」





 かぜける広場ひろば

 あおいは、コンテナのまえおとこめた。


 きたかれたからだくろ教会きょうかいのコートを羽織はおり、するど眼光がんこうはな中年ちゅうねんおとこ


 そのおとこが、こえげた。


 「あつまってるか、おまえら!

 ここにいるのは、全員ぜんいん神令官しんれいかん目指めざ受験者じゅけんしゃだな!?」


 人々ひとびとのざわめきが、ぴたりとまる。


 おとこは、するどわらった。


 「試験しけんいまからはじめる!

 ペーパーなんかはあとでいい。神令官に必要ひつようなのは、祈式兵きしきへい使役しえきするメンタルだ!」


 「えっ、もう!?」


 受験者たちが一斉いっせいおどろきのこえげる。


 おとこかまわずつづけた。


 「いいか。これからおまえらには、祈式兵を使つかわせる。対人戦たいじんせんだ!」


 その言葉に、ざわめきがさらにおおきくなる。



 おとこると、わきひかえていた教会の兵士たちが巨大きょだいなコンテナをけた。


 なかからてきたのは、十数人じゅうすうにん少女しょうじょたち。


 みな無表情むひょうじょうで、ボロボロのぎん装甲そうこうにまとい、かみかたまり、はだ青白あおじろい。赤い仮面をかぶったものと、黒い仮面をかぶったものがいる?

 その姿すがたに、受験者たちはいきんだ。


 教官きょうかんは、ひくてるようにった。


 「……おれだって、これがただしいなんて、これっぽっちもおもっちゃいねえ」


 そして、受験者たちをぐるりと見渡みわたす。


 「けどな。あのたちは廃棄はいき予定よていだった祈式兵きしきへいだ。

 かおせたら、おまえらのこころれる。

 だから仮面かめんかぶせてある。」




 そのときとなりっていたととのった顔立かおだちの青年せいねんが、メガネをげながらひくくつぶやいた。


 「……あの右腕の欠損の仕方、かつて前線ぜんせん活躍かつやくしていた暁羽あかばねユノだな。なるほど……こんな使つかみちがあったわけか」


 周囲しゅういが、さらにいきむ。



 教官きょうかんふたたこえげた。


 「ばれたものからまえろ! 一対一いったいいち勝負しょうぶだ!!」


 受験者じゅけんしゃたちが、緊張きんちょういきめた。


 葵も、目をギュッとつむり、大きく息を吐く。


教官きょうかんこえげる。


 「一つだけおぼえとけ!」


 視線しせん受験者じゅけんしゃたちへするどげた。


 「祈式兵きしきへいは、自分じぶんこころきざんだ聖具想形せいぐそうけいから、たった一つの武器ぶきせる。よくえらべ」


 どよめきが広場ひろばはしった。


 「それと、祈装解放オファリング本来ほんらいこまかい指示しじがいるが……今日は最初さいしょから全員ぜんいん解放済かいほうずみだ」


 教官きょうかんかたをすくめてちいさくわらった。


 「……二つっちまったな。まあいい」



 名簿めいぼが読みげられ、戦闘せんとう次々つぎつぎはじまった。


 おおくの受験者じゅけんしゃ戸惑とまどいながら祈式兵きしきへいあやつる。


 「い、け……!」


 ふるえる声で命令めいれいする者。

 そのくす者。



 一際ひときわおおきなこえげた青年せいねんがいた。


 みじかげた金髪きんぱつ

 神崎烈火かんざきれっか

 全身ぜんしんからたけるような気迫きはくはなつ。


 「め! ながしてでもて!!」


 神崎の祈式兵が、まよいなくてきりかかり、あか飛沫しぶきった。


 周囲しゅういいきむ。



 べつ戦場せんじょう


 ととのった顔立かおだちに眼鏡めがねひからせる青年せいねん

 御堂秀哉みどうしゅうや

 欠損けっそんした部位ぶい特徴とくちょう祈式兵きしきへい判別はんべつするといううわさがある、すこ変態へんたいじみた秀才しゅうさい


 「右へまわれ。かげれ」


 御堂の祈式兵は遮蔽物しゃへいぶつかくれ、てき死角しかくいた。

 その無駄むだのないうごきは.熟練の腕に見えた。



 聖律教会セントノーム高層こうそう窓辺まどべ


 副教会長ふくきょうかいちょうアルディス・フェルナは第三広場だいさんひろば見下みおろしていた。


 「……今年ことしは、なかなかつぶそろっている」


 うしろにひかえる部下ぶかこたえる。


 「はっ。れい事件じけんかれ受験じゅけんしております」


 アルディスの口元くちもとがゆっくりとわらみをかべた。


 「天城葵てんじょうあおい……さて、どんなかおせるか」



 広場ひろばで、試験官しけんかん名簿めいぼをめくり、こえげる。


 「次!! 天城葵てんじょうあおい!!」


 あおい心臓しんぞういたいほど脈打みゃくうち、あせ背中せなかつたった。


名簿めいぼった試験官しけんかんこえげた。


 「次! 天城葵てんじょうあおい!! 対戦相手たいせんあいて神崎烈火かんざきれっか!!」


 広場ひろばがどよめいた。


 「おい、あれ神崎かんざきだぞ……」

 「二回にかいじゃねえか。まだ一度いちどたたかってないやつてるとか、どういう采配さいはいだよ」


 ささやきがなかあおいこぶしにぎりしめ、視線しせんとした。


 (みおを、絶対ぜったい取りとりもどす。あんな場所ばしょに送りおくませてたまるか!)



 二人ふたり円形えんけいのフィールドにった。


 教官きょうかんひくう。


 「戦闘せんとう開始かいししろ」


 神崎かんざき不敵ふてきわらう。


 「せてやるよ、ビビり坊主ぼうず


 その祈式兵きしきへいうでに、くろかがやなたあらわれた。

 空気くうきがビリビリとふるえた。


 あおいはそっとじる。


 (きずつけたくない……。相手あいて祈式兵きしきへいも、だれも。)


 赤黒あかぐろひかりが葵の祈式兵のあつまり、あやしくかたなかたちした。


 「かたな……? へっ、女々めめしいな」


 神崎かんざきはなわらい、怒声どせいばす。


 「みぎまわめ! 全力ぜんりょくなたろせ!!」


 神崎の祈式兵がおそろしいはやさで突進とっしんする。

 なた地面じめんたたくだき、石片せきへんった。



 葵の祈式兵は紙一重かみひとえける。

 だが、攻撃こうげきまない。


 「ひだり! ひざたたけ!!」


 神崎が次々つぎつぎ命令めいれいばす。

 まるでゲームキャラをうごかすかのように、神崎の祈式兵は寸分すんぶんくるいもなくうごく。



 葵はみしめた。


 (本当ほんとうなら……祈式兵は痛覚つうかく遮断しゃだんしなければいけない。痛みで動きが鈍るから。けど……)


 「遮断しゃだんなんか、しない……!」


 祈式兵のひとみが、わずかにれた。


 (いたみすら背負せおわせたくない。あのを、みおきずつけたくない……! だから、全部ぜんぶける!)



 だが、連撃れんげき苛烈かれつだった。


 広場ひろば片隅かたすみで、ととのった顔立かおだちの青年せいねん眼鏡めがねげた。

 御堂秀哉みどうしゅうや

 欠損けっそんした部位ぶい特徴とくちょうだけで祈式兵きしきへい判別はんべつする、いわく「れい変態秀才へんたいしゅうさい」とばれるおとこ


 「無理むりだな……。神崎かんざき攻撃こうげき全部ぜんぶかわすのは、おれでもきびしい」



 一瞬いっしゅん、神崎の祈式兵のなたが葵の祈式兵のかたかすめた。


 ガシャン、とするど金属音きんぞくおん


 仮面かめんくだけ、地面じめんころがる。


 あらわれたのは、片目かためたてきざまれたおおきな傷跡きずあと

 それでも、うつくしくはかな少女しょうじょ素顔すがお


 「どうした? かわすんじゃなかったのかよ」


 神崎が嘲笑ちょうしょうかべる。



 教官きょうかんひくうめいた。


 「攻撃こうげきけることさえいとわなきゃ……神崎かんざきの祈式兵にもダメージははいってた。

 ……このままじゃジリじりひんだぞ。どうする、天城葵」


 あおいいきあらくしながらちすくむ。


 (もう――げられない)


 こころおくなにかがはじけた。


 「突っつっこめ……!」


 葵の祈式兵がす。


 「結局けっきょくそうなるのかよ!」


 神崎かんざきわらい、祈式兵がなたげる。

 「祈式兵なんざ、おれたちのこまぎねぇんだよ!」



 その様子ようすを、高層階こうそうかいから副教会長ふくきょうかいちょうアルディス・フェルナがながめていた。


 「やれやれ……あの事件じけんのこりといて期待きたいしたが、結局けっきょくやぶれかぶれの突撃とつげきか」


 け、部下ぶかに問いかける。


 「さて、つぎ会議かいぎ何時なんじだ?」



 アルディスが背を向けた。


 すると。広場ひろばから、爆発ばくはつてき歓声かんせいこった。


 「何事なにごとだ!?」


 驚いてかえったアルディスの視線しせんが、戦場せんじょうとらえる。


 神崎の祈式兵の背後はいご

 そこには、神崎の祈式兵の首筋くびすじけんけるあおいの祈式兵がいた。



 「なにがあった!? 説明せつめいしろ!」


 アルディスが部下ぶか怒鳴どなる。


 部下は狼狽ろうばいし、かおあおざめさせた。


 「す、すみません! わたしておらず……」


 「ておらず、だと!?」



 御堂秀哉みどうしゅうやがわなわなとふるえ、眼鏡めがねげる。


 「ありえない……あのギリギリでなたをかわしやがるとは。

 そのあと行動こうどう予想よそうがいすぎる……天城葵てんじょうあおい……やつは一体いったい……」



 戦場せんじょうでは、神崎が気絶きぜつして地面じめんくずちていた。


 あおいおおきくいきく。


 「いちかばちか、だったけど……うまくいった」



 勝利しょうり条件じょうけんは「祈式兵を戦闘続行不能せんとうぞっこうふのうにすること」。


 葵はぎゃく発想はっそうで、神令官しんれいかん本体ほんたい――神崎を戦闘不能にしたのだ。



 葵はそっとせ、こころつぶやいた。


 「坂巻さかまきさん……ありがとう。


 祈式兵は、命令めいれいがなけりゃただの人形にんぎょうだ――


あの言葉ことばがなかったら、てなかった」



 広場ひろばには、歓声かんせいうずく。


 「すげえな、あいつ!」

 「あの事件じけんのこりなだけある!」

 「天才てんさいかよ!!」



 教官きょうかんこえげた。


 「勝者しょうしゃ天城葵てんじょうあおい!!」


 神崎をよくおもわなかった受験者じゅけんしゃたちが、一斉いっせいがる。



 教官は、葵のつめながら、こころなかつぶやいた。


 「今回はてたが……これからは、そうあまくはいかない。

 そのあまさが、命取り《いのちとり》になるんだ……」



 

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