第3話「アイツ手強いよ」
第3話:監視の眼差し
夏休みの終わりが近づき、空気はわずかに秋の気配を帯び始めていた。しかし、重美の心に残る不快な熱気は、夏の暑さ以上に重くのしかかっていた。鷹仲先生の不自然な言動や視線、そしてあの母親との電話での一連の出来事は、重美の日常に不協和音をもたらしていた。特に、あの電話の後の鷹仲先生の歪んだ表情は、重美の脳裏に焼き付いて離れない。
それからというもの、重美は学校で鷹仲先生と顔を合わせるたびに、以前とは違う冷たい異様さを感じるようになった。朝の早い時間帯に行われる部活動の朝練。誰もいない教室での補習。放課後の部活動の片付け。以前ならば当たり前だったその機会が、なぜか、鷹仲先生と二人きりになるために意図的に作られているような、そんな感覚に囚われていた。
鷹仲先生の言葉には、以前のような温かさはなく、重美の些細な言動一つ一つを観察し、弱点を探るような冷淡さが宿っているように感じられた。重美は常に、見られているような、あるいは自分のすべてが鷹仲先生の前にさらけ出されているような、そんな不安と警戒心を抱えながら学校生活を送ることになった。教室の窓から校庭を眺める彼の姿に気づくと、重美は無意識に目を逸らし、心臓が早鐘を打つのを感じた。
そんな重美の心をさらに掻き乱す出来事が起こった。学校で大切に飼育されていた、クラスのマスコット的存在だった白いウサギが、朝、ケージの中で死んでいるのが発見されたのだ。重美はウサギの世話当番の一人だった。皆がショックを受ける中、一部の生徒や、なぜか鷹仲先生までもが、重美に疑惑の目を向けているように感じられた。
「重美ちゃん、もしかして、昨日の世話、忘れちゃったとか?」
誰かのそんな囁きが、重美の耳に痛いほど届いた。重美は確かに世話をした。だが、ウサギの死因や状況に、何か腑に落ちないものがあった。飼育係の友達と顔を見合わせるが、皆、不安で言葉も出ない。
その夜、自宅で夕食を終えた重美は、そっと母親に声をかけた。
「お母さん……あのね、学校の先生のことなんだけど……」
重美は、ウサギのことや、鷹仲先生のあの視線、そして母親との電話での出来事について、断片的に話した。母親は重美の話を黙って聞き、時折、難しい顔をして頷いた。
「……先生、すごく怖いんだ……」
重美が絞り出すように言うと、母親はため息をついた。
「そうね……。アイツ、手強いよ!」
母親の声には、隠しきれない苛立ちと、諦めのような響きがあった。
「お母さん……」
「だって先生だもの。捕まるようなことしてるんだから、うまく立ち回ってないと、危ないわよ。」
母親の言葉は、重美が感じていた不安をさらに確かなものにした。母親が鷹仲先生のことを「捕まるようなことをしている」と言うほどの人物だと認識していることに、重美は言い知れぬ恐怖を感じた。しかし、それと同時に、母親が鷹仲先生に対して、どうすることもできない無力さを感じているようにも見えた。
鷹仲先生は、重美の落ち込んだ様子を見て、心配そうな顔で近づいてきた。
「谷本さん、大丈夫か? ウサギの件で、何かあったら遠慮なく先生に相談していいんだぞ」
その言葉は、確かに優しさの響きを持っていた。しかし、重美の耳には、それは慰めではなく、むしろ重美の罪悪感や不安をさらに煽り立てるように聞こえた。鷹仲先生の温かい言葉は、今の重美には、巧妙な罠のように思えてならなかった。
第四話予告
ウサギの死を巡る不審な疑念と、鷹仲先生による巧妙な心理的圧力が重美を追い詰める中、学校で新たな事件が起こる。部活動中に用具が散乱し、重美がそれに躓いてしまう。鷹仲先生の不可解な接近と、それによって深まる重美の恐怖。一体、鷹仲先生の真の目的は何なのか? 物語は、サスペンスフルな展開を加速させていく。
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