第28話:美咲の支え、佐々木の戦略

リーグ優勝争いは、いよいよ最終局面を迎えていた。

私たちのチームは、

熾烈な首位争いを繰り広げ、

一試合一試合が、

まるで決勝戦のような重みを持っていた。

球場は、連日、

熱狂的なファンで埋め尽くされ、

その歓声は、地鳴りのように響き渡る。

その熱気が、スタンドにいる私にも、

肌で感じられるほどだった。


雄太は、チームのエースとして、

そして主砲として、

その重圧を一身に背負い、

マウンドと打席、その両方で、

チームを勝利へと導き続けていた。

彼の体は、疲労の極限に達しているはずだった。

過酷な連戦は、彼の体を確実に蝕んでいる。

それでも、彼の瞳には、

一切の迷いも、諦めも見えない。


私は、彼の隣で、

彼の体が、これ以上無理をしないように、

細心の注意を払っていた。

毎日、彼のコンディションをチェックし、

少しでも疲れが見えれば、

すぐに佐々木コーチに連絡を入れた。

私の役割は、彼の体を守ること。

そして、彼が安心して野球に打ち込めるように、

心を支えることだった。


佐々木コーチは、

雄太の体調管理を徹底してくれていた。

優勝争いの大詰めという、

極限の状況の中で、

雄太の体を壊すことなく、

最高のパフォーマンスを引き出すために、

緻密な登板・打席プランを考案してくれたのだ。

「雄太くんの体は、私が完璧に把握しています。

美咲さん、何か気づいたことがあれば、

すぐに連絡してください」

佐々木さんの言葉は、

私にとって、何よりも大きな安心材料だった。

彼の存在が、私たちにとって、

どれほど心強いか。


佐々木コーチの戦略は、

まさに職人技だった。

雄太の投球数、打席数、

そして移動距離まで考慮に入れ、

登板日と休養日を細かく調整する。

時には、雄太自身が「投げたい」

「打ちたい」と希望しても、

佐々木さんは冷静にそれを制し、

彼の体を第一に考えてくれた。

その厳しさの中に、

雄太への深い愛情が感じられた。

彼らの間には、

深い信頼関係が築かれている。

それが、私には何よりも嬉しかった。


私自身もまた、

彼の精神的・肉体的なサポートに、

これまで以上に力を入れた。

栄養満点の食事を作ることはもちろん、

彼が心からリラックスできる時間を

作ってあげることを何よりも大切にした。

試合のない日には、

人混みを避けて、静かな場所へ散歩に出かけたり、

彼の好きな映画を家でゆっくり観たりした。

彼の心が、少しでも休まるように。


彼が「疲れた」と漏らすことがあれば、

私は黙って、彼の体をマッサージする。

彼の筋肉の張り一つ一つから、

彼の今日の頑張りが伝わってくる。

その全てを、私の手で癒やす。

それが、私の愛の形だった。

彼の背中に手を回し、

その体温を感じるたびに、

私の心は、温かさに満たされた。


夜、マッサージ中に、雄太がぽつりと呟いた。

「美咲と佐々木さんがいなかったら、

俺は、とっくに潰れてたかもしれない」

彼の言葉に、私の胸は温かくなった。

彼が、どれほど多忙な日々を送っていても、

私との時間が、彼にとっての「帰る場所」で

あり続けている。

その事実が、私にとって何よりの喜びだった。

彼が、私を必要としてくれている。

それだけで、私は十分だった。


沢村賞への期待も、日を追うごとに高まっていた。

周囲からは、二刀流を続ける限り、

沢村賞は難しいという声も聞こえてきたけれど、

雄太は揺るがなかった。

彼の決意は、誰よりも固い。

その揺るがない眼差しを見るたびに、

私は、彼ならきっと、

あそこまで行ける、と確信した。


会社の同僚たちも、

雄太の活躍に熱狂し、

彼が沢村賞を受賞することを心から願っていた。

社内全体で、雄太の活躍を祝う準備を始めている。

その温かい繋がりが、

私には何よりも心強かった。

彼の頑張りが、

こんなにも多くの人を巻き込み、

感動させている。

その事実に、私は胸が震えた。


夜、雄太が家に帰ってくると、

彼の顔は、疲労の色が濃いけれど、

その瞳は、達成感と充実感で輝いていた。

彼のユニフォームからは、

土と汗、そして、マウンドの匂いがする。

それが、私には何よりも愛おしかった。


私は彼の元へ駆け寄り、

彼の胸に飛び込んだ。

彼の腕が、私を優しく抱きしめる。

彼の体温が、私に伝わってくる。

彼の心臓の音が、私の耳に心地よく響く。

「雄太、本当にすごいよ……!

きっと、優勝できるよ!」

私の声は、歓喜で震えていた。

彼の肩に顔を埋めると、

彼の力強い鼓動が、

私の耳に直接響いてくる。


「美咲、ありがとう。

お前がいてくれたからだ」

雄太が、私の頭を優しく撫でながら、そう言った。

その言葉一つ一つが、

私の心の奥底に染み渡る。

これまでの全ての苦労が、

報われたような気がした。

彼が野球を諦めかけた時も、

彼の隣にいた。

彼が泥にまみれても、

彼の隣にいた。

そして今、彼がプロの舞台で輝く瞬間も、

彼の隣にいることができた。

私にとって、これ以上の幸せはなかった。


彼の夢は、もう彼の夢だけじゃない。

私と、そして彼の周りの大切な人たちの夢になっていた。

彼の挑戦は、私にとっても、

人生を賭けた挑戦だった。

この先に何が待っていようと、

私は彼と共に、この道を歩んでいく。

そう、心に誓った。

夜空には、満月が煌々と輝いていた。

彼の温かい手のひらが、私の手を握る。

その温かさが、私たちの絆を、

何よりも強く、私に感じさせた。

私たちは、固く手を繋ぎ、

次の目標へと歩み始めた。

アオハルに還る夢。

その夢は、今、確実に、

私たちの目の前で、輝き続けていた。

彼の伝説は、ここから、

沢村賞と、そして優勝という、

さらなる高みへと、深く刻まれていくのだ。

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