護リシ者ノ悔

@ramuniku102019

護リシ者ノ悔 〜平安時代編〜


 時は1000年以上も昔…薄桃色の美しき桜が咲き乱れる頃の話。

「そこにおいでだったのですね白蛇様! 降りてきてくださいませ! 」

 屋敷の中庭にある大きな桜の木の下では上を見上げ、誰かと話す使用人の姿があった。

 その桜の木の上では紅白髪に下半身が白い蛇の白蛇と呼ばれる男が書物を読んでいた。

「危のうございますよ、白蛇様!御神木に登っては、皐月様からお叱りを受けますよ! 」

「嗚呼もう…騒がしい人間だな。」

 すると紅白髪の白蛇と呼ばれる者は、太陽の光に反射した白銀の尾を揺らし、同時に桜の花弁が舞い落ちる。

「皐月がお話があると仰っております。どうかお屋敷へお戻りくださいませ! 」

「彼奴が俺に何の用だ。面倒事なら引き受けないと言っているだろ。 」

「ご用件は直接お聞きになってくださいませ…危のうございます故、一先ずは、そこから降りて来て下さいませ! 」

 と使用人は、落ち着かない様子で心配そうに、白蛇を見上げながら声をかけた。

「ったく、はぁ……本当に昼間から騒がしい奴だ。 」

 白蛇は、人間の足に戻り、桜の木から静かに飛び降りた。「白蛇様!そんな高い所から飛び降りてはなりませぬ、お怪我をなさいますよ!」

「うるさい口だな、少しは閉じて居られないのか。」

と、桜の木に背を向け、二人は屋敷へと向かった。



時ははるか昔、平安中期の頃____

 かつて妖は、人へ害をなし妖災と呼ばれ人々から恐れられていた中、とある屋敷の当主は式神と共に暮らし、人ならざる者達と人が共存し、生きていく世を望んで居た。


「皆様、白蛇様をお連れ致しました。」

 と使用人が静かに戸を開け、座敷に集う四神達が、色とりどりの髪は春風に揺れ、口々に言う。

「フッ、またサボってたのか 。」

 額からは黄から緑へと色が入った角を持つ、藍色髪の青龍が耳の下辺りから伸びているツルのような物を揺らし、微笑する。

「遅すぎ……待たせないでよ。」

 虎耳をピョコピョコさせる白虎は、待ちくたびれたかのように虎の尾を、揺らす。

「あら、髪に桜の花びらがついてるわよ。」

 焦茶色の腰よりも長く美しい髪の朱雀は、綺麗な色の扇子を口に当て言う。

「白蛇じゃ〜ん遅いよ〜」

 衣がはだけ、首元には蛇を巻いた玄武が眠たそうに、目を擦りながら言う。

 次々に言葉を交わすのは、四神と呼ばれる4つの方角を護り、4つの元素と四季を操り司る神獣の式神であった。

「連れてきてくれてありがとう。下がっていいよ。」

 と四神達の奥に座る男が穏やかに言う。その男は屋敷の主の皐月と呼ばれる者だ。優しい声と柔和な笑みが座敷に春風のような安らぎをもたらす。

「白蛇、おはよう。今日もいい天気だね。」

 と皐月は白蛇を見つめ、にこやかに挨拶を交わす。

「で、用件は何だ皐月。」

 白蛇は座敷へ腰を下ろして述べる。

「白蛇様!様をお付けになってくださいませ!」

 と慌てた様子で使用人は、白蛇に注意をする。

「ハハハッ!いいさ、呼び捨てで…私と白蛇の仲だからね。」

 皐月は穏やかに目を細めて笑い、使用人にそう答える。

「さっさと用件だけを言え。」

 と白蛇は、嫌そうに皐月を見つめる。

「まぁまぁそう怖い顔しないでくれたまえ。用件かい?そうだねぇ………」

 しばらくの間沈黙に包まれ、後に皐月はこう述べる。


「特には無いさ。」

 とにこやかに皐月は目を細める。

「はぁ……」

 と白蛇は呆れた様な顔をし、眉間にしわをよせる。

「どういう事だ。」

「無いと言ったら嘘になるね。ただこの眺めを皆と見たかっただけさ…」

 皐月は視線を左に向け、開いた戸からは風が入り込み、髪や衣服が靡いた。

「ちょうど此処から中庭の桜の木が見えるのだよ。」

 サーと、心地よい風が入り込み、簾は風に揺れ、太陽の光に照らされ、キラキラと輝く透き通った中庭の池には、大きな桜の木が鏡面反射し、鮮やかに咲いていた。

「わぁ綺麗だね。」

 なんて玄武が呟く。

「普段は戸を開けていないのだけれどね、心地良い風が吹いているから、空気の入れ替えにでもと思って開けて見たのさ…どうだい綺麗だろう?そうだ、今日はちょっとした宴でも開こうか。」

 と言い皐月は微笑む。

「まぁ、皐月様が言うなら仕方ないかもね。」

 と白虎は腕を組み、仕方が無いかの様子だが、尻尾と耳はゆらゆら揺れ、口とは裏腹にとても素直なようだ。

「宴会〜?良いじゃ〜ん」

「いいんじゃないか。」

「えぇそうね。」

 と次々に他の四神達も賛成する。

「そしたら皆異論は無いようだね。」

「俺は何も言っていないが。」

「白蛇が思っている事くらい分かってるさ、白蛇もいいと思うだろう?意外にも乗り気なのは分かっているさ。」

「はぁ……」

 白蛇は、嫌そうな顔をしてそっぽを向く。

「ハハハ、まぁいいさ……今日は早めに仕事を終わらせる事にしようか。」

 なんて皐月は話をし、ゆっくりと時間が過ぎて行った。日が暮れ、空には月が顔を出し、星々が瞬いていた。

 そんな中一行は宴を始め、宴は終演に近づいていた。

「お酒は美味しいねぇ〜白蛇。」

 と皐月は片手に酒盃を持ち、ほんのりと酔っているのか、白蛇に絡む。

「ったく……大して度数が高い酒を飲んでる訳では無いのに、もう酔いが回ってきたのか…酒に弱いくせして何故宴など開くんだ、阿呆か。」

 そんな白蛇の言葉に、皐月は応える。

「まだ酔ってはいないさぁ〜確かに私は酒に弱いが……だがね、こうして和気藹々とくだらない話をしながら飲む雰囲気が私は好きなのさ。」

 横で四神達、特に白虎と玄武がこっちの事はお構い無しに騒いでいるのを、にこやかに皐月は見つめる。

「まぁ……確かに、悪くは無いがな。」

 と白蛇は、濃厚で甘味が強く香りが良い酒を注いだ酒盃を手にし、クイッと飲む。

「それに、最近一部の連中と少々揉めてね…息抜きもしたかったのさ。」

「御前が他人と揉めるなんて珍しいな。」

 と白蛇は皐月の酒盃に酒を注ぎながら言う。

「いや、大した事では無いさ。」

 白蛇は、式神の自分に隠し事をしようとする皐月を睨んだ。

「ハハ、白蛇目が怖いよ……そう睨まないでくれたまえ。君達にも関わることかもしれないから白蛇には言っとこうか………」

 と皐月は持っていた、酒盃を置いて話し始め、普段の穏やかな瞳とは違う様な瞳で、外の夜桜の花弁が散るのを見つめながら話し始める。

「実はちょっとした式神を使った悪行を見かけてね……それを忠告した所、揉めてしまったのさ。」

 人も妖も式神も対等に接し、特に式神の事を大切に思う皐月は何処か寂しげな目をしながら話し、揉めた理由を聞いた白蛇は、呆れた様な顔をして応える。

「はぁ……お前には呆れたもんだ。そんな事をすれば揉めるに決まっているだろ。」

「分かってはいるさ。ただ、余りにも酷い有様な式神の子の姿をほっておけなくてねぇ…その連中を説得してやめさせようと思ったんだけどね、いやぁ、難しいねぇ。」

 なんて悲しげに笑いながら皐月は言う。

「他人の式神だって言うのに何処までお人好しなんだか……そのうち命を狙われても知らないからな。俺達と違って御前は人間だ。一つしか無い命なんだから少しは行動に気をつけろ……それか俺がその連中と話でも付けるか?」

 白蛇の意外な発言に驚いたのか、皐月は目を見開いては笑った。

「ハハハッ!心配してくれるのかい?大丈夫さ、白蛇が動くと皆消えているだろう……私は、君達の手を汚したくなんてない。それに私はどうなってもいいさ、大事な式神の君達さえ傷つかなければね。何かあったその時は君に任せるよ、私が居なくなった時の為に君達の居場所は、既に確保しといて居るからね。」

「フッ、何言っているんだか。」

 と白蛇は自分達の事を大切に思う皐月の顔を見ながら、注いだ酒を一口飲む。

「場所は山奥にある神社さ。自然に囲まれて景色がとても美しいのだよ。もし私がこの世から居なくなった時には、そこへ私の墓も建ててくれたまえ。天に近ければ近いほど君達に会いに行けそうだからね。」

「後、何百年後の話だろうな…悪霊だった時にはきちんと祓ってやる。」

「そんな長くは生きれないよ?それに悪霊前提で大事な主君を祓わないでくれたまえ。」

 なんて皐月は笑いながら言うと白蛇も静かに微笑する。

「それに最近その連中が妙に静かでねぇ。何か企んでいる気がするが……まぁ、いいだろう。」

 と、先ほどまで微笑んでいた表情とは裏腹に、皐月は真剣な顔をするも、直ぐ様いつもの表情に戻し、白蛇に言う。

「さ、そんな話は置いといて飲み直そうか。ほら見てごらん……今日は満月さ、綺麗だね。」

 縁側から見える夜空には、優しく見守る月が中庭の池に映り、桜の木を静かに照らして桜の花弁は踊る様に風で舞い散り何とも幻想的な雰囲気になっていた。

「月見酒なんてのも良いものだねぇ〜」

「そうだな、たまには……な。」

 縁側で白蛇は皐月に酌をし、その穏やかな空間は月光に照らされ、舞い散る桜の花弁を見つめながら静かな宴を続けていた。


皐月が言っていたそんな話が、直ぐ様現実になるとは白蛇は思いもしなかっただろう。そう穏やかで何気ない日々は突然壊される。


 数ヶ月後……美しかった屋敷は突如深紅色に染まる。

新月で、辺りは普段より暗く、夜の静けさだけが残り、皆が眠りにつき始める頃。 _____

「大変です皆様!まだ起きていらっしゃったのですね良かった…襲撃で御座います!!」

 使用人が慌ただしく戸を開け、血相を変えた様子で白蛇と四神達に伝える。

「!?」

「どういう事だ。」

「詳しいことは私にも……ですが門の外が慌ただしく御座います。」

 門の外からはドンドンと、武器などで戸を叩く音が響き、声が聞こえる。

「彼奴は?」

「皐月様なら寝室にいらっしゃいますかと……。」

 白蛇は眉間にシワを寄せ、表情を変えて述べる。

「急ぐぞ。御前達4人は門の方へ行け…使用人は俺と彼奴の所へ来い。」

「はい、承知致しました。」

 屋敷の廊下を走り、白蛇と使用人は皐月の居る寝室へ向かい、四神達は反対側にある門の入り口へと向かった。

「皐月様!ご無事で御座いますか!?」

 使用人は勢いよく皐月が居る寝室の戸を開けた。

「おや、驚いた。どうしたんだい、こんな夜中に…」

 皐月は眠そうにあくびをし、蝋燭に灯された部屋の布団の上で書物を読んで居た。

「呑気に読んでる場合か、襲撃だ。」

 襲撃の言葉を聞くと、皐月は目を開き冷静に応える。

「襲撃かい?他の子達は?」

「彼奴等には外を任せている。」


門の外には、刀や薙刀、弓などの武器を持った数十の敵達が次々にやって来て居た。暗闇の中、そこでは瓦屋根の上から、朱雀が火の矢を撃ち、玄武は結界を貼り、白虎と青龍は下で戦う姿があった。刀と刀が合わさる金属音が辺りを響かせ、青龍は刀で次々に敵を一掃し、白虎は鋭い爪で敵を切り裂き、辺りは血濡れていた。


「そうかい、それなら安心だね。」

「安心も何も、数が多いのですから早く安全な所へ移動致しましょう!」

 と使用人が言い移動しようとしたその瞬間、寝室の外が慌ただしくなり勢いよく戸が開いた。

「見つけたぞぉー!!皐月だ!かかれぇー!!」

 数人の敵が部屋に入り込み、敵が刀を構えて襲いかかって来た瞬間、蝋燭の火は消え、辺りは暗闇に包まれた。

「チッ…入って来たか…使用人、此奴の後ろに回れ。」

「はい!」

 使用人と白蛇は、皐月を真ん中に挟み姿勢を低くし、攻撃の体勢になる。白蛇の右から刀が振り下ろされるも華麗に避け一発腹に拳を入れ、反対の拳で顔を殴る。

「グハッ…」

「白蛇様!これを!」

 使用人は皐月の枕元にあった刀を白蛇に投げ渡した。

「皐月、借りるぞ。」

 白蛇は使用人から刀を受け取ると鞘から刀を抜いた。寝室には刀同士が交差する金属音が響き渡り、次々と目の前の敵は叫び声を上げて倒れ込み、辺りには、血が派手に飛び散って白蛇は華麗に敵を一掃した。

「皐月大丈夫か。」

「私は大丈夫さ、2人が護ってくれたからね。」

「はぁ……前に御前が言っていた、例の連中達の仕業か?」

 と白蛇が言葉にした瞬間、グサッと重く鈍い音がし、皐月は後ろから、暗闇に潜んでいた敵に腹部を深くニ回刺された。

「皐月様!!」

 使用人は、三度目の攻撃から皐月を庇うも、刀で斬り裂かれ辺りには紅い血が飛び散る。

(気配がしていなかった…並みの人間では無いな。)

「皐月ッ!!使用人!」

 潜んでいた敵は、闇に溶けるような気配で、刀が白蛇の脇を掠めた。

「ったく…面倒な奴だな…」

 と避けた瞬間、敵の刀が白蛇の頬を掠めた。白蛇は迷わず皐月と使用人を刺した者をニ、三回斬り裂き、転がった敵の腹を数回刺した後、皐月に駆け寄った。


「おい、皐月、しっかりしろッ…!」

「済まないね白蛇……斬られちゃったね、それより使用人の子は……」

 横を見ると、既に息をしていない使用人の姿があった。

「…………。」

「そうかい、私を庇わなければ……すまないねぇ、お疲れ様……」

 と皐月は、使用人の手へと自分の震えた手を伸ばして触れた。

 白蛇は皐月を抱え、患部を抑えるも、既に皐月の腹部からは大量の血が溢れ出ていた。

「あはは……白蛇の手、血だらけじゃないか…もう離していいさ……この体はもうダメそうだね、毒でも刀に塗られていたのだろう。手が痺れてきたよ……」

 皐月はいつものように微笑むも、目は虚ろで意識は朦朧とし、呼吸が荒くなっていた。

「何そんな事言ってんだ、御前らしくないだろ。騒動を嗅ぎ付けて時期に青龍が来るから耐えろ。」

 と白蛇は、必死に患部を押さえ、なんとか血の流れを抑えようと顔を顰めていた。

「白蛇、顔が怖いよ……大切な君達を守るのは…主である私にとって当たり前の事だろう?ハハハ……そうだね、あの子達は君に任せるさ、白蛇………。」

「おい、皐月?皐月!しっかりしろ!おい…皐月!」

 辺りは、赤く染まった血の花が咲き、皐月は二度と白蛇の言葉に返事をする事は無かった。その顔はまるで微笑んでいるかのようで白蛇の腕の中で静かに死んでいった。



 雪が降るとある寒空の冬の日のこと。俺はあの日、皐月に出会った。その日以来、凍りきっていた心の内側が、皐月の言葉や行動で、徐々に溶けていく様な感覚がした。


「おやおや、こんな所に居たら風邪を引いてしまうよ?そうだ、うちへ入りなさい。」

 目は虚ろになり意識が朦朧とする中、優しく微笑み掛ける皐月は俺に絹傘を差し出した。

 あの日は、雑な扱いを受けていた前の主の命を受け、妖退治をしていた。だが、主からの攻撃を食らった上に、深傷を負った。おまけに主が退治に失敗し、責任を俺に押し付けられた挙句捨てられた。そして力尽きては、この屋敷の門の前で倒れていた。そこにたまたま別邸から帰って来た皐月に偶然俺は助けられた。


「君は蛇神かい?酷く傷だらけじゃないか。随分と乱暴に使役をされていたようだね可哀想に……もう大丈夫さ、今日はゆっくり私の屋敷で休むと良い。」

 皐月はにこやかに笑い俺の頬に触れ、屋敷へ俺を運んだ。

怪我の手当てをして貰い、おまけに食事と寝床までくれ  た。次の日の夜、動けるまでには回復し、俺は静かに屋敷を去ろうとした。

「おや、もう行ってしまうのかい?傷はだいぶ良くなったみたいだがまだ完全では無いだろう……今夜もまた雪が強まるみたいだよ。君が居たい場所を見つけるまでは、此処で暮らすといいさ。なんせ私と使用人だけでは、此処は広すぎるからね。」

 と皐月は微笑み、この屋敷へ迎え入れてくれた。それから少しでも皐月へ恩を返す為、この屋敷の守護をしたり、皐月の身を護っていた。


それから、皐月と契約を交わし、式神としてずっと彼奴の側に居て護っていたと言うのに…………



(あの皐月が死んだのか?殺しても殺せない様な男が?人間なんかに、斬られただけで死ぬのか?俺があの時直ぐに皐月と揉めた奴をなんとかしていればこんな事には………)


「どうして………どうして護れなかったんだ?」


 白蛇は目の前で起きたことを受け止めきれず、ただ呆然と皐月の冷えた手を握りしめ、遺体を眺める事しか出来なかった。

「白蛇!!皐月様は!?」

 門の外に居た敵を片付け終えた四神達が、慌てた様子で部屋に入って来た。

 その四神達の目に飛び込んだのは、白蛇の腕の中で動かなくなった血塗れた皐月の姿だった。

「皐月様?皐月様ッ!」

「嘘でしょ…?」

「あの皐月様が…」

「死んだのか…?」

 白虎と玄武は直ぐ様皐月の遺体の元への駆け寄り、目の前に映り込んだ光景を受け入れられなかったのか、朱雀と青龍は茫然自失と立ち尽くしていた。

「皐月様!どうして…誰だ…誰が殺したんだ!!」

 白虎は怒りを顕にし、白蛇に問う。

「そこに居る奴だ、既に殺してある。」

 畳に倒れていた敵の死体は血濡れていて、刀が刺さったままだった。

「お前が……お前が、皐月様を殺したのか!!起きろ……起きろ!!呪い殺してやる…」

 白虎は、既に死んだ敵の胸ぐらを掴み、薫衣草の様な色の瞳からは、怒りと涙が溢れ出ては、泣き叫んでいた。

「白虎やめなさい。落ち着いて、その人間は白蛇がトドメを刺してもう死んでるのよそれに皐月様はもう戻って来ないわ…」

 朱雀は、辛く悲しそうな顔をし、白虎を抑え落ち着かせる。

「姉さん…ぐすっ…」

 朱雀は白虎の背中を擦り白虎は泣いていた。

屋敷のあちこちには敵の死体が転がり、ツンと鼻につく血の匂いと主を失った喪失感で静寂が屋敷を包みこんだ。

 翌日、皐月の葬式が執り行われ、生き残っていた使用人や白蛇と四神達などで、屋敷の後片付けが行われたが前の様に賑やかな雰囲気の屋敷には戻ってはいなかった。


 それから数年後、また桜が美しく彩る春になった。

四神達は、急な出来事から数年が経つも、悲嘆に暮れては、ただ主の居ない屋敷を護る事しか出来なかった。

 白虎はよっぽどショックを受けたのだろう、自室に籠りっぱなしで朱雀はそれに付き合っていた。

 事態が収拾し、首謀者だった上の人間に死罪が下り、白蛇と玄武に青龍達は、ちょうど中庭の桜の木がよく見えるいつもの部屋に集まっていた。

 青龍と玄武は、今後の事を白蛇がどう決断するのかを、何とも言えない空気感の中で、待っていた。


_________________


「白蛇、こっちへ来てごらん?この桜の木の下に大きめの池を作ってみたのさ鯉も泳がせてみたよどうだい?可愛いだろう。」

「白蛇……桜の木は御神木だから、登ってはいけないと言っただろう?」

「白蛇、今日はごちそうさ!なんせ君が初めて来た日から1年が経ったからね」

「白蛇〜お気に入りの束帯が汚れてしまったよ…」

「白蛇、そこは君に任せたよ。」

「白蛇、」

「白蛇!」

「白蛇〜」

 あいつは前の主とは違い、色んな表情と感情を見せた。喜び、怒り、悲しみ…その顔はコロコロと代わり見ていて飽きなかった。そして俺に色々な事を教え、俺の事をちゃんと式神として扱ってくれた。それから数十年、俺にとっては短い時間の流れだが、皐月の式神として仕えて良かったと何処かで感じていた。雪が降る寒空のあの日、皐月が暖かく迎え入れてくれ、俺に役目をくれた。

それなのに……何故俺は彼奴を護れなかったんだ。


「おい、白蛇。いい加減悲観に暮れてねぇで今後の決断を下せ、それがお前の役目だろ。」

 と青龍がいつまでも、黙っている白蛇に痺れを切らしたのか、苛ついた感じにそう問いかける。

「……………………。」

「主が死んだ以上契約も消えた、御前達は、自由に好きな所へ行けばいい。」

 数分の沈黙を得て、白蛇がやっと応え、青龍と玄武の2人は、白蛇のその言葉に直ぐ様反応しそれに答える。

「何もそんな言い方…」

「仕方ないだろ、主を失えば契約は消えて、俺達本来の役目は終わる…そう言う掟だ。今に知った事では無いだろ?」

「そういうお前はどうすんだ。」

 とそんな言葉を吐き捨てた白蛇へ、青龍は問う。

「俺はこうなった以上、責任を持って皐月の墓を護る。そして、皐月が生前に言っていた山奥の神社で自分の役目を果たす。」

 白蛇の言葉を挟むかのように玄武と青龍が話しだす。

「それなら俺だって一緒に!」

「どうせあの野郎の事だからお前に、俺達の事を任せたんだろ?」

 白蛇は図星だったかの様に目を逸らし、ほんの少しの間黙り込む。

「確かにそうだが…」

「ならお前がちゃんと俺達の責任をとれ。あの野郎がお前の事を信頼していたから任せたんだろう?」

 青龍がそう言うと、白蛇は黙り込みしばらくの間考える。

「好きにしろ…まぁ時期に此処も出て行かないとならなくなるだろうからな。」

「ふーん…まぁ良いんじゃないの」

 すると部屋の外から話を聞いていたのか、自室に籠もっていたはずの白虎が朱雀と一緒に現れた。

「悲しいけどいつまでも籠もってちゃ皐月様に合わせる顔なんて無いし、それに姉さんが付き添ってくれたおかげでだいぶ楽になったし……」

「そう……それなら良かったわ。」

 朱雀はそんな白虎の様子を見て安心したのかほんの少し肩の力が抜ける。

「そういう事だから、姉さんもあんたについて行くつもりらしいし?自分も姉さんについて行くだけ。」

「えぇ、皐月様が白蛇に私達のことを任せたのでしょう?それなら私も貴方について行くわ。皐月様を護れなかったのは貴方が悪いだけではないわ。私達にも責任はあるもの。」

 四神達が自分について行くと総同意したのが意外だったのか、少し驚くも白蛇は答える。

「まぁ、御前達の好きなようにしろ…俺は皐月を護れなかった以上、皐月の意思を継ぐだけだ。」

 と白蛇は中庭の桜の木に目を向け、心地よい春風が紅白髪を揺らし、桜の花弁が舞い散っては池の水面に浮かんでいた。

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