女冒険者たちの冒険しない大冒険! ~ガールズトーク☆クエスト~
深夜に食べるラーメンの味
第1話「初めて鋼の剣を買ったときのワクワク感は異常」
冒険者たちの集会所、酒場≪ハラペコ亭≫は今夜も満員御礼です。
カウンターには香ばしく焼けたパンのバスケット。奥の厨房からは煮込まれたスープの香り。
テーブルの上で今日の冒険の戦果を並べる音が、今にもほら、どこからか聞こえきます。
木製の椅子と机が並ぶ広いホールでは、クエスト帰りの冒険者たちが、思い思いの雑談を楽しんでいる姿が。
ここは冒険者の王国に数多存在する、冒険者酒場の一つ。
そんな酒場の一角に、広いテーブルをいつものようにと陣取っている、四人の冒険者たち。
剣を腰に携えた少女。
盾と鎧とで身を包む少女。
幅広のとんがり黒帽子をかぶった少女。
白金の僧服に両手でアミュレットを握る少女。
女冒険者たちの集まりです。
彼女たちのテーブルには、サクサクの細切りポテトとベリージュースのセットが。
チーズがたっぷり乗った小さなピザを中心に、それらを囲んで、今日も女子冒険者会が始まります。
「今日のあたしは一味違う! フッフッフーン、どこが変わったかわかる? わかるかな~?」
鼻息も荒く、テーブルに身を乗り出したのは、剣士のソド子。
茶色のボブヘアが上機嫌に肩の上で跳ねています。
ふわりとした短めのスカートと、草の汁で染色した村娘の服に、その上から動きやすいレザーアーマーを装備。
くりりとした大きな瞳を輝かせて、何かを期待するように仲間を見ています。
「うわ、めんどくさ。何よいったい」
ため息まじりに返したのは、ツインテールの金髪がまぶしく輝く、騎士のタテ子。
全身鎧を完璧に着こなした、パーティのリーダーです。
大きな盾を椅子に立てかけながら、タテ子はソド子へと冷たい視線を向けました。
「見てこれ、見て! とうとう買っちゃった、買っちゃった!」
ソド子はごそごそと背負い袋から長モノを取り出すと、店内の照明に当ててキラリと光らせます。
周囲のテーブルから迷惑そうな視線が向けられましたが、本人はまるで気にしていません。
おやおや、食事の場所で武器を出すのはマナー違反のようですね。
「どう? どう? わかる? これ、何かわかる? はい答えはすぐそこに!」
「はいはい、新しい剣ね。さっさとしまいなさいな」
タテ子はジト目でソド子をみながら、重厚な鎧の胸覆いを外します。
あまりにも大きく、分厚く、重い鎧が外されて、下の黒いインナーシャツがあらわに。
隙間のない鉄壁の鎧はとても蒸れるのでしょう。
なだらかな胸から薄白い蒸気が上がります。
パタパタと手であおぎながら風を送るタテ子のとなりには、もくもくとポテトを食べる少女が座っています。
小柄な体に大きな黒いとんがり帽子。大きな帽子の下、水色の髪から無機質な瞳がこちらをのぞいています。
魔法使い、マジョ子。
マジョ子はソド子の剣に気が付くと、親指を立ててぽつり。
「いいね」
一切の表情筋も動かぬ賛辞。
細切りポテトを頬張るのにまた集中し始めました。
もくもくもくもく、小動物のようですね。
「甘やかさないの! すーぐ調子に乗るんだから」
「でしょ! でしょでしょでしょ!? 見てこれ、鋼の剣! は・が・ね・の・けん!!」
「でたよ。これだから」
ソド子は椅子の上に立ち上がって剣を掲げます。
ぎらりと鈍く光る輝きは、まさしく鋼の剣。
おおっ、と近くのテーブルから声が上がりました。
マナー違反ではありますが、冒険終わりの冒険者たちは話題に飢えているのでしょう。
なんだなんだと周囲から注目が集まります。
気をよくし、幅広剣の鞘に頬ずりをし始めるソド子です。
「全剣士のあこがれ、鋼の剣! 一家に一本鋼の剣! 無人島に何かひとつ持っていくなら? 当然、鋼の剣!冒険者ランキング使いたい装備10年連続1位の鋼の剣! HA・GA・NE・NO・KEN! 鋼の剣がついにアタシの手に!」
急に始まったソド子の演説を、葡萄ジュースの小樽ジョッキを飲んでいた僧服の少女が、慈愛に満ちた瞳で見つめます。
白金の僧服に、首から下げたアミュレット。
貞淑さを表すはずの僧服は、しかし自己主張強く押し上げられて、アミュレットを空中に揺らしています。
パーティの回復役、僧侶のクスリバ子。
ウェーブがかった長い茶色髪をくゆらせながら、頬に指をあてて小首をかしげました。
「あらあら、うふふ。ソド子ちゃんのテンションが今日はすっごく高いなって思ったら、どうりで」
上機嫌なソド子をサカナに、小樽ジョッキを傾けていく。
ぐびぐび、ぐびぐび、止まりませんね。
ふう、と飲み干した桜色の唇の上には、立派な白髭がたくわえられていました。
泡の出るジュースなんですね。
ジュースといったらジュースです。
ローブの袖で口元を拭いながら、クスリバ子はふわりと微笑みました。
「あぴゃらう」
「言語野がやられてるんですけど」
自分のおなかと頭に回復魔法をかけるクスリバ子に、ひえっと声をあげるタテ子。
回復魔法の使い方が致命的に間違っているような気がしてなりません。
「ていうか、それ買うお金、どこから出たのよ。まさかポーション代とか削ったんじゃないでしょうね?」
タテ子の目が鋭くなります。
鋼の剣は高い。
冒険者の常識ですね。
「うっ……いや、その……ちょっとこう、あれよ、冒険者には決断力が求められるっていうか?」
「まただよ、考える前に動くあんたの悪癖。あんたまさか、薬草も毒消し草も買ってないとかじゃないでしょうね?」
「たぶん買ってない……ような? なくはない……ような?」
タテ子のこめかみがぴくりと動きます。
わあ、雷が落ちる気配がしますね。
「草はどうしたァ! 草はァ!」
「ひょえ」
「草」
マジョ子がポテトをモクモクとしながらコメントします。
ソド子はバツが悪そうにキョロキョロとしながら、ちらりと救いを求めクスリバ子を見ました。
困ったときのクスリバ子、というのがパーティの不文律。
長身で優しげな雰囲気、貞淑そうな僧服の下からでもわかる体つき。
テーブルを囲む誰もが、なんとなく彼女をおかあさん扱いしてしまうのも、無理はありませんね。
「あらあらあら、うふふふふ! ソド子ちゃんが3人になっちゃったわ! にぎやかね~」
「神は酒場にはいなかった!」
「ポテト神を信じよ。ポーテム」
マジョ子がポテトで祭壇を作って祈りを捧げます。
ポーテム……この世の全てよ芋で満ちよ。
「草ァ買ったんか買ってないんか! どっちなの!?」
「買っ……てません、はい……」
「はいバカ~! バカAがあらわれた~! あんたこれで何回目!?」
ツインテールが鬼のように逆立っています。
冷や汗をだらだらとながしながら、ソド子が鋼の剣を抱きしめました。
「いやでもほら! 鋼の剣があれば薬草なんていらないでしょ!? 攻撃は最大の防御って言うしさ!?」
「は? 防御は私の仕事なんですけど? メイン盾はいらんっつーのか!」
「ひょえ、そ、そういうわけでは! へへへ、タテ子さんにはいつもお世話になってますよ~」
「ふん。どーだか!」
「でもでも、前の剣さ、銅のヤツ! ボロいって言われてたの! この間もゴブリンに鼻で笑われたんだよ!? ガタガタしててすぐ折れそうな剣でごわす、とか言われて!」
「この前逃がした、なんでか語尾がごわすだった喋るゴブリンね。それで?」
「だから新しい剣を買って、その剣に吸わせる血の第一号にしてやろうかなって。へへ、へへへ」
「ソド子ちゃんよかったわね~とっても似合ってるわ……まあ! 三本も買ったのね! 三本も! 前にも後ろにも上にも装備できちゃう! よくばりさん!」
「こいつらホンマぶん殴ってやろうかしら」
「お芋おいしい」
「へへへ、行きましょうよ~リーダー。タテ子さ~ん。ゴブリン狩り、行きましょうよ~」
「実入りがない低ランク依頼はもうしないって言ってたでしょ!」
「でも薬草も毒消し草もないんだもん!」
「じ・ぶ・ん・の・せ・い・でしょうが~!」
「ごめんなさーい! でもでも、タテ子が守ってくれるでしょ? ね? 頼れるリーダーのおかげで私たちは安心して戦えるんだから」
「こ、こいつっ」
タテ子はジュースのストローをくるくる回しながら、眉間に皺を寄せて葛藤してから咥えます。
ほら、頬をわずかに染めてそっぽを向きましたね。
わかりやすいですね。
「しょ、しょうがないわね。今回だけよ、ほんと」
「さっすがタテ子! 頼りになるー! かっこいー!」
「絶対うそ。強くてニューゲームしたいだけ」
「三本も……熱い夜になりそうね……ふう」
「うるっさいわよ! 静かにしなさい!」
「ひひひ、ちょろ」
「あぁんッ!?」
「ひょえ、なんでもないです!」
「ポテトを信じよ」
「うふふ……今日もにぎやかね」
ソド子が明るく盛り上げ、マジョ子がポテトに祈りを捧げ。
クスリバ子がふんわりと笑い、頭を抱えたタテ子の声が怒声が響く。
これが彼女たち、女冒険者会の日常です。
「ままま、次のクエストで私のニュ~ウェポンのお披露目を皆さんにですね」
「あんたの金使いの話がまだ終わってないけど?」
「はい、この話はもうヤメにしましょ。はい、ヤメヤメ! 次のお題!」
「次のお題。もちろん、ポテトに一番あうメニューの探索」
「それは冒険ね、冒険だわ~。おナス、きゅうり……大根も!? 三つも? 三つもほしいの? イヤしんぼさん!」
尽きぬトークの話題に、夜がまた更けてゆく――――――。
明日の冒険のために、飲んで、食べて、英気を養う。
女冒険者たちの冒険は、帰ってからが本番です。
「シャァ! 試し切りじゃ~い!」
「おいもおいしい。いもいも、おいも」
「神は言っています、聖なる探求をせよと。聖なる、ぐふ」
「コ・イ・ツ・ラ……いい加減にしなさーい!!」
それゆけ女冒険者!
いざゆけ女冒険者!
彼女たちの「お話」は、今日のところは、これでおしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます