この蒼い星で

小金井

第1話 春陽

 —午前8時30分。

とある大学のすぐ近所にあるアパート。その1室に、インターホンの音が鳴り響いた。


「エリー、起きてるー?今日1限あるよ!出るって言ってたじゃん!」


外から聞こえるのは、元気でよく通る明るい声。

声の主は滝村真唯。恵里花の親友である。


 (やば、寝てた。)


何度目かのインターホンの音で恵里花は目を覚ました。昨晩遅くまで布団に寝転がり、小説を読んでいたら寝てしまったようだ。


「エーリー?」


寝起きの恵里花の頭の中に真唯の声が響く。いつものことだ。

真唯と恵里花は中学生の頃からの付き合いで、大切な友人だ。そんな真唯は朝に弱い恵里花を気にかけてくれて、毎朝迎えに来てくれる。


「……ちょっとだけ…。あと5分……」


 恵里花が毛布を引き寄せた瞬間、ドアがドンドンと叩かれた。


「そう言って先週遅刻したよね!?…入るよー!」


ガチャッと大きな音を立て玄関のドアが開いた。真唯が部屋に入ってくる頃には、恵里花は渋々ベッドから這い出していた。


「……おはよう…マイ」


「おそよう。早くしないとまた遅刻だよ」


真唯は恵里花のリュックに参考書やパソコンを詰める。

恵里花はボサボサの髪の毛を手櫛でとかしながら真唯に問う。


「……1限目って……なんだっけ…?」


「歴史学。後ろから2列目、なのが私たちの席も確保してくれてるから」


なの。恵里花の大学からの友人、高木美奈乃。入学式で隣の席だったことがきっかけで仲良くなった。


「なの……あぁ。………んん…今日は休もうかなぁ……」


「何言ってるの。ほら、早く行くよ」


洗面所で顔を洗い、恵里花の頭はようやく起きてきた。春の空気はまだひんやりとしていて、朝の水は容赦なく冷たい。顔がさっぱりするとお腹が鳴った。


「ね、購買寄って行こうよ。あそこのクリームパン食べたくなっちゃった。今日はチョコのやつあるかも」


「講義終わったらね~」


真唯は恵里花の提案を軽く受け流し部屋を出た。


「あ、ちょっと待ってよ!」


恵里花もリュックを持って真唯の後を追った。



春の風がゆるく吹いていた。大学へ続く道には桜が数本咲いていて、花びらが歩道をうっすらピンクに染めていた。


「…エリさ。考古学、本気でやりたいの?」


唐突な問いに、恵里花は少しだけ足を止めた。不意に目に入る春の日差しは、少し眩しかった。


「……うん。小さい頃、父さんと博物館行ったことずっと覚えてるんだよね。…地中に埋まっている物から過去の人の暮らしとか文化、出来事を知る…てさ、なんか…すごいじゃん…?」


恵里花の夢は、考古学者だ。子供の頃、よく父に連れられて博物館に行き、化石や遺物などの展示品を見ていた。


「ふーん……かっこいいじゃん。考古学者・エリ」


「…でしょ?」


笑い合うふたりの後ろを、桜の花びらがふわりと通り過ぎていった。



大学に着くと、講義棟の入口で美奈乃が手を振っていた。


「遅ーい!もう始まちゃうよ!」


「ごめんごめん!エリが中々起きなくてさ!」


「今日はすぐ起きたよ!」


「どうかな~?」


3人の笑い声が、春の空に柔らかく響いた。

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この蒼い星で 小金井 @Koganei10

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