3 会議其の一
会議室には全員が時間通りに到着した。但野は改めて運営委員の顔ぶれを見た。こう見ると圧倒的に女性比率が高い。だがまだ但野は顔と名前が一致していない。彼自身本社に電話する機会はそれなりにあったのだが声だけでは誰が誰なのか判別できなかった。そうこうしていると時間になり、八幡が声を上げた。
「じゃあ時間になったので、そろそろ始めましょうか。ええっとじゃあまずは自己紹介から始めましょうか。ええ保険課の八幡です」
八幡は席に座ると隣に座っている村上に促した。
「はい、保険課の村上です!よろしくお願いします!」
それから時計回りで自己紹介が続いた。だがこの自己紹介の時間は果たして必要なものなのかという疑問が湧いてきた。もちろん彼のように4月から本社に来た人間にとってはありがたいことだ。だがそういうことは今やることだろうかと思えてきた。そう考えていると彼の番が回ってきた。
「えっと、中古オンライン課の但野ですよろしくお願いします」
自己紹介のパートは彼で終わった。そこから八幡が話し始めた。
「じゃあまずはこのイベントの趣旨についてお話しします」
但野はふと和田の様子を見た。明らかに退屈そうな表情をしている。確かにこの期に及んでイベントの趣旨など聞かされても退屈であろう。
「まあ言ってしまえばスポーツやバーベキューを通して社員同士の絆を深めるというのが主な目的です。それと社員のご家族も参加していただくことで、ご家族の方々にも我々の会社に親しみを持ってもらいたいという目論見もあります」
その言葉を聞いて和田は聞こえないような大きさでため息をついた。丁度隣にいるので但野はその態度に気づくことが出来た。
「ですが今回はコロナ禍明け初めてのイベントとなり、入社してから参加は初めてという若手社員も多いと思います。そこで今まで参加したことのない皆さんが主体となって、イベントを新しい形で盛り上げてもらいたい、というわけです」
八幡の言わんとしていることが但野にはなんとなく分かってきた。だがそれと同時に自分たち若手が主催になることで中堅ベテラン社員たちから不平が出ることは無いのだろうかという疑念が湧いた。するとそれに呼応するように経理部の須賀が声を上げた。
「すみません、そうなると勤続年数の長い人たちから色々と言われそうですがだ偉丈夫ですか?」
どうやら彼女も同じようなことを思っていたようだ。それを知って但野は少し安堵した。
「万が一何か言われたら私が主導したということにしてもらって構いません。それでも色々と文句があるなら今後労使交渉はしないと言っていたと返してもいいですよ」
その発言に田中と和田が少し笑った。
「流石労働組合ですね八幡さん!ちなみに開催場所の候補地は決まってますか?」
「それについてですが、お手元の資料の3ページを見てください」
但野はタブレットを操作して指定されたページをめくった。そこには候補地が2か所出されている。
「今の予定では清田区有明か西区のキャンプ場を予定しています。どちらもソフトボールが出来るだけの広さを確保しています」
どちらも札幌の中心部から離れている立地だ。だがこの会社は室蘭や砂川にも支店がある。どのみちそこのスタッフはそれなりの距離を移動するのでこの程度は誤差だと但野は思った。すると和田が声を上げた。
「あの八幡代理、西区の方って平和の滝近いじゃないですか」
「ああそうだね」
「個人的にですけどここはちょっと心霊的にまずいと思いますよ。自分なら有明の方選びます」
「私も、昔肝試しでそこ行ったことあるのでちょっと・・・」
次に声を上げたのは須賀だった。どうやらこの場所にトラウマがあるらしい。
「そ、そんなにまずいかな」
平和の滝とは札幌の中でも特に有名な心霊スポットとして知られている。但野もよくYouTubeで心霊スポットについての解説動画を目にするが北海道の話題となるとここと常紋トンネルは必ずと言っていいほど話題に上がる。
「それにアクセスもちょっと悪いですね。最近ここ通ったことあるんですけどいっつも車混んでるんですよ」
須賀は続けた。どうやら交通の便も悪いようだ。そうなると但野も行くのが億劫になってくる。
「そうですか・・・そうなると、開催地は清田区有明で良いでしょうか?」
全員「大丈夫です」と口々につぶやいた。その様子を見て八幡はどこか寂し気な様子だ。ひょっとしていつもはこの場所で開催していたのだろうか・・・。
「では開催地が決まったので、次は競技を決めましょう。施設としてはソフトボールの他にもサッカーコートが整備されています」
「八幡代理、よろしいですか?」
次に声を上げたのは村上だった。
「家族の方も参加するということですが、それって子ども達も参加するということで間違いないですか?」
「そうだね、まあ時期的に夏休みだから20組くらいは来てるかな」
「そうなると子ども達だけでも楽しめるような競技にするべきだと思うんですけど」
確かにその通りだ。但野も昔このようなイベントに赴いたことはあるが大人が楽しんでいる中に子供が入り込むのは少々恐怖を感じるものだ。
「・・・自分も、そう思います。周りが大人だらけだと子ども達が委縮してしまうと思うので」
但野は少しおびえながらもそう言った。その発言に八幡も少し興味を持ったようだ。
「そうか・・・但野君、昔こういうイベントとか行ったこととかあるの?」
「え・・・」
但野は心の中を見透かされたような感覚に襲われた。彼自身このようなイベントに参加したことがあるとは誰にも言っていない。
「えっと・・・そうですね、昔父親に連れられてこんな感じのイベントに参加したことあります」
「あ、そうなんだ。じゃあ参考までにさ、その時どんなことしたかって覚えてる?」
但野はおぼろげな記憶を必死に手繰り寄せた。徒競走以外となるとぱっと思い出せない。だが微かにだが記憶が蘇ってきた。
「確か・・・綱引きとか、それと障害物競走とかした記憶があります」
「ああそういう感じか」
「八幡さん、綱引きみたいに店舗対抗の競技とかソフトボール以外にするのも良いと思うんですけど」
発言をしたのは青山だった。相変わらずずけずけと突っ込む性格である。
「それなら綱引きとかはちょうどいいですね。私は賛成です」
「自分も賛成です」
村上、和田が続けて賛同した。意外なことに綱引きはウケがいい様子だ。
「そうですか、まあ綱に関しては知人のつてがあるのでそこから借りることにします。それ以外何か意見のある人はいますか?」
それぞれ口々に「ないです」と答えた。
「では競技はソフトボールと綱引きということで決定しました。では次の会議は来週またこの日時で行う予定です。皆さんお疲れさまです」
そうしてその日の会議は終了した。
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