第四十三話「洋上の命脈」
昭和十九年二月十三日、雪風は空母千歳によるサイパン島への航空機輸送任務を護衛するため、横須賀を発った。鹿児島で千歳および僚艦・初霜と合流したのち、連合艦隊はフィリピン海を越え、二月二十六日にサイパン島へと到着した。
雪風は相変わらず艦隊の先頭に立ち、まるで自らが道を切り開くかのように波を裂いて進んだ。操舵手・伊豆涼介少尉は、冬の南洋の波に揺れる艦の舵を力強く握りしめていた。艦橋から伝えられる進路と速度の指示は冷静そのものであったが、伊豆の胸には緊張が張り詰めていた。彼の操艦が、艦隊の命運を分ける可能性すらあった。
サイパンへの輸送が無事終了すると、雪風と初霜は千歳を護衛し、二月二十九日、日本への帰路についた。だが、三月一日、安藝丸船団が米潜水艦の雷撃を受け被害を出したとの報告が届いたことで、情勢は急変する。千歳との護衛任務を中断し、雪風と初霜は直ちに現場へと急行した。
三月四日、雪風は損傷艦・東山丸をグアムまで護衛しつつ、新たな命令を受ける。それは、東山丸および千歳と共に、陸軍兵団を横須賀まで輸送するという任務だった。再びサイパンへと戻った雪風は、千歳と合流後、陸軍将兵を収容し、三月七日、帰路についた。
陸軍兵の乗艦は、雪風の乗員たちにとっても非日常の出来事であった。艦内では、限られた空間を共有することで、自然と交流が生まれた。伊豆は操舵の合間、喫煙所で若い陸軍中尉と話を交わした。
「海軍さん、舵を握るってのは、命を預かる仕事だな」
「中尉殿も、サイパンじゃ弾の雨の中を駆け回ってるんでしょう。こっちは鉄の箱に守られてますから、まだ楽ですよ」
「だが、潜水艦の雷撃は一撃で終わりだ。こっちはちびちび削られる。どっちがマシかなんて、比べようがねえな」
伊豆はその言葉にうなずいた。互いの過酷な任務に敬意を表しつつ、ほんのひととき、海と陸を越えた戦友としての絆が芽生えた。
十一日、無事に横須賀に到着。将兵たちが艦を降りていくのを、伊豆は見送った。彼らがまた前線へ送られることを思うと、胸の奥が重くなる。だが雪風もまた、次の戦場に向かう宿命を背負っていた。
この頃、伊豆の心には、ある確信が芽生えていた。
「この艦が無事である限り、自分の命も、誰かの命も、きっと守られる」
そう信じて舵を握る彼の視線の先には、次の任務の波が待ち受けていた。
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