十七話 護衛の海、遠きガダルカナル

1942年8月5日正午、雪風と時津風はトラック泊地を出発した。

同行するのは、ミッドウェー海戦で大破した重巡洋艦最上、工作艦明石。それらを本土へ回航するための護衛任務である。


進路は北へ、戦場から遠ざかる方向。

そして8月11日から12日にかけて、各艦は佐世保、呉へと無事到着した。


だがそのころ――太平洋の彼方では、状況が激変していた。


8月7日、アメリカ軍が発動した「ウォッチタワー作戦」により、ガダルカナル島とフロリダ諸島に米海兵隊が上陸。

いよいよガダルカナル島の戦いが始まった。


「……俺たちは間に合わなかったか」


艦橋で、地図を見つめながら伊豆少尉は小さく呟いた。

第16駆逐隊は、第一次ソロモン海戦(8月8-9日)には参加できなかった。


護衛という任務は重要だ。重要だが……戦機を逸した悔しさが胸に残る。

本来なら、いまごろガ島の艦隊戦に加わっていたはずだった。


──その瞬間、ふと彼の脳裏に東京の深夜、タクシー車内の記憶が蘇った。


「おい、こっちは急いでんだよ! 遠回りすんな、ボケが!」


あのとき乗せた酔客。

予約なし、目的地不明、乗ってすぐ怒鳴る。

あげくに、遠回りだと絡んでくる。

こっちが信号や道順を考えても、それを全く理解しようとしない。


「……事情も知らずに、文句だけ言うヤツ。戦場にもいるもんだな」


彼は苦笑した。

本土への護衛任務だって、作戦全体の流れから見れば重要な一部だ。

だが、結果しか見ない者にとっては「逃げた」「戦わなかった」となる。


戦場であれ、社会であれ、人は常に部分しか見ない。

だからこそ、自分だけは全体を見る目を持ちたい――

そう思うようになったのは、タクシー時代の経験があったからかもしれない。


静かな航海の終わりに、伊豆は艦橋から水平線を眺めた。


「今に見てろ。次は、逃さねえ」



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