第42話 先生
――松永先生。
最初は身体が大きくて顔も怖くて、大雑把で微妙な先生だと思っていたのに、今では先生から離れたくないような気持ちでいっぱいだ。もう卒業しているのに。
竹宮くんが、先に言ってくれた。
「松永先生、無事に
そして私も先生に言う。
「
松永先生は穏やかに笑い、
「おめでとう、よく頑張ったな」と言ってくれた。
あれ……?
私……?
どうして……?
気づいた時には滝のような涙が溢れ出していた。
今朝も少し泣いていたのにそれ以上だ。
おかしい……どうなっているの……?
前も先生の「よく頑張ったな」の一言で、自分はこのままでいいんだって思えた。
その時と同じだ……。
恥ずかしい。
こんなに泣いちゃうなんて子どもみたい。
だけど止められない。
竹宮くんの前でこんな姿、と思いながら彼の方を向くと――
竹宮くんも、思い切り涙を流していた。
ここまで顔を濡らして泣いている竹宮くんを見たのは、初めてだった。
そして彼は絞り出すように声を発する。
「松永……先生。僕はあの時から……あの時から変われたんです。先生にあの晩に会えてなかったら……僕は今ごろ行きたい高校にも行けなかった。何かで笑うことも、泣くことも出来なかったかもしれない。先生が最初に……最初に僕の話を……聞いてくれたおかげなんです。先生がいなかったら……僕は……僕は……」
「竹宮君……」
「先生……先生……!」
竹宮くんが近づくと、松永先生は優しく彼を抱きとめてくれた。ポン、ポンと背中をたたいてくれている。
私はそれを見て自分が肝試しの時にも同じようにしてもらったことを思い出した。
先生は本当は温かくて優しい人なんだって、私たちを安心させてくれる人なんだって――竹宮くんも知っていたんだ。
私はそんな竹宮くんを見てさらに涙で顔がびしょびしょになってしまう。
「梅野さん」と、先生が声をかけてくれる。
「松永先生……松永先生っ……!」
私もそう言いながら先生の腕に飛び込んだ。
大きい先生の右腕の中に私がいて、左腕の中に竹宮くんがいる。
先生の温もりに包まれてずっと泣いている私たち。背中をポン、ポンと優しくたたかれる――あの時のように。
私も竹宮くんもそれぞれの“あの時”を思い出している。
肝試しが怖かった時や、不安で何かあるたびに松永先生に励ましてもらった私。
自分の話を、初めて聞いてもらったのが松永先生だった……竹宮くん。
親も友達もいるけれど、親や友達に言いづらいことだってある。悩みそのものが、親や友達にとって大したことじゃないこともたくさんある。
だから時々自分だけが、不安になったり意味もなく迷ったりして、どうしようもない時もあった。
そんな時に松永先生は、いつもそっと近くにいてくれた。
でも私たちにとって先生の存在は――こんなにも大きくなっていたんだ。
そのことに、ようやく気づいた。
きっと今日が……中学生の最後だと思ったから。
――どのぐらい時間が経っただろうか。
ようやく落ち着いた私たちを見て松永先生が言う。
「竹宮君、ここからが本番だ。これからも君を応援してくれる人は周りにいるからな」
「はい……先生」
そして今度は私の方を見る。
「梅野さん、自分のペースでいいんだ。立ち止まってもいいし、泣いたっていい。だけど、梅野さんなら……」
先生は目線を合わせるように少し腰を落とす。
「大丈夫だ」
先生……。
私にかけてくれたその言葉、これからも忘れないから。
「ありがとうございます……松永先生」
私たちはもう一度先生にお礼を言って、学校を出た。
※※※
そして4月になってから――
松永先生が他の中学校に転勤したことを知った。
先生は、私たちを最後まで見届けてくれたような――
そんな気がした。
もう、先生に会うことはないかもしれない。
だけどあの日――先生の腕の中で泣いたことも、背中をポンポンとたたかれたことも、
きっと、私も竹宮くんも、ずっと忘れない。
春の風の中で、松永先生はまたどこかで、誰かの心にそっと寄り添っている――
そんな姿が、目に浮かんだ。
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