第8話 どうにかなってる

 中学3年生の1学期末試験が近づいてきた。期末試験前の課題も多いうえに受験勉強もあり、クラスの皆に緊張感が走っている。

「10分休みに移動教室が入ったら終わりだぁ」と言いながら合間の時間でどうにか少しでも課題を進めようとするクラスメイトたち。

 

「また勉強やばいよぉ〜」とすみれちゃんも顔が少しだけ曇っていた。それでも可愛いのだけど。

 どの科目からやったらいいのか……時々わからなくなる。塾もあるのですが、と言いたい。ああ……今すごく必死なんだけど、終わらなかったらどうしよう。


 

「ねぇ竹宮くんっ♪」


 

 この可愛い声はすみれちゃん……!


「この前はありがと♡ あたし、数学苦手だったけど竹宮くんの説明がすっごくわかりやすかった! ほんとすごいね!」

「あ……いや、いいよそんなの」

「それでさ……もう一つ教えてほしいんだけど」


 すみれちゃんが竹宮くんに近づいて数学の教科書を広げている。竹宮くんは淡々と説明していて、それでいて的確で、思わず私も聞き耳をたてていた。


「わぁ! ありがとう! 竹宮くんに教えてもらったら頑張らなきゃね。あ、奈々美も教えてもらいなよ! 本当わかりやすいから!」

 すみれちゃんが笑顔になって竹宮くんの肩にポンと触れた。



 ――私は何を見せられているのだろうか。



 別に……わからないところは塾で教えてもらってるし、竹宮くんに聞かなくたっていいんだけど。

 

 私が通うのは個別指導塾。集団での授業にはついていけず、不安もあるので小6の時からそこに通っている。

 だからそう、特に何かに困っているわけではないんだよ。


 なのにどうして……すみれちゃんが羨ましくなってしまうのだろう。

 すぐ隣に竹宮くんがいるのに、私は女の子らしくできていないんじゃないかって思ってしまう。いや、受験生だからそういうのは……。だけど……。


 

 私が下を向いていると竹宮くんが話しかけてくれた。

 

「菊川さんって大丈夫かな。前も教えたけどさ。あそこがこの時期わからなかったらまずいよな」

「え……?」


 竹宮くんがあまりにも自然に話すので私は驚きのあまり固まってしまった。今までここまでの話、したことあったっけ……?


 すると私を見た竹宮くんがハッとした表情となる。

「ごめん、今の独り言。気にしないで」

「あ……うん」

「梅野さんは……塾行ってる?」

「うん」

「……急に塾の時間割増えたよな。クラスの雰囲気ピリピリしてるし」


 

 竹宮くんは息をついてそう言った。誰かが言ってたけど、竹宮くんの通う塾は難関高合格率トップの、エリートみたいな人が通う特別な塾。きっと彼なら余裕だと思っていたのに。そういうことも言うんだ。


「私は……個別指導じゃないとついていけないから」

「……いいじゃん個別指導」

「え? あ……そうかな」


 個別指導の先生はいつも優しくて、私が頑張ったら褒めてくれる。それに自習室開放日に行くと、頑張ったご褒美でみんなに個包装の小さなお菓子を渡してくれる。

 三者面談でも、先生はお母さんにうまく話してくれている。うちのお母さん、仕事が忙しくて娘を把握できていない時があるから。


 私は竹宮くんの方を見る。今日というか最近の竹宮くんは時々別の表情を見せる。悩んでいるのかな。あの肝試しの後から私が彼をさらに意識しているというのも……あるのだけど。

 

 きっと受験もあるからだよね。

 まさか私が関係しているわけじゃないよね。


 

「はぁ……やってらんね……」


 

 ???


 

 竹宮くん……?

 今、何と……?


 

「竹宮くんでも……やってられない時あるんだ」


 私は思わず言ってしまった。

 いや「言ってしまった」というほどの内容じゃないか。


「ハハハ……何だか僕……どうかしてる」


 ――そんなことないよ。竹宮くん。


 本当はそう言いたかったけど、私はこう言った。


 

「……私もやってられない時あるよ。けど、どうにかなってる」

 

 

 一瞬思い出したのは、お母さんのことだった。


 

『お母さん疲れたもうしんどい無理』

『ああわかる。そうよねぇ、私も疲れてるけどねぇ、どうにかなってるのよ』


 

 お母さんがそう言ったからといって私の疲れが取れるわけじゃないけど、「どうにかなってる」という言葉で緊張感はほぐれていくような気がした。だからつい言っちゃった。

 はぁ……すみれちゃんなら「そんなことないよ、竹宮くん♪」って可愛いく言うんだろうな。


 だけど、前だったら竹宮くんに話しかけられても言葉がなかなか出てこなかったのに……ちょっと普通に言えるようになったような気がする。

 


「梅野さん……ありがとう」

 竹宮くんにそう言われた私。

 前と違ってドキドキよりも「良かった」って思えた。

 あのようなことを言って……きっと良かったのかも……しれない。

 

 あんなに何でもできるように見えた竹宮くんが、私と同じように「やってられない」って感じてたんだ。なんだかそれだけで、ほんの少しだけ、彼の隣に近づけた気がした。

 

 受験生だもの、みんなで一緒に乗り切らなきゃ。

 自分も……頑張ろう。



 ※※※



 (竹宮くん視点)

 家では弱音なんて吐けない。

 中3の学期末テストが近づいてくる。


 何故か菊川さんがよく話しに来るようになった。とても基本的な内容を質問してくる。あまりにも分かってなさ過ぎて驚いたものだから、つい梅野さんの前であんなことを言ってしまった。そんなつもりなかったのに。


 そして梅野さんの前で「やってらんね……」だなんて。

 だけど彼女は僕に言う。


 

「……私もやってられない時あるよ。けど、どうにかなってる」


 

 これって何てことない一言かもしれないけど……。

 胸のつっかえみたいなものが少しだけ、ほんの少しだけなんだけど……取れたような気がした。

「わかるよ」って言われた気がした。


 

 僕はそういうことを言ってもらいたかったのだろうか。


 

 ――父さんや母さんに。



「梅野さん……ありがとう」

 彼女に言えたありがとうの言葉。

 前と違って、言うのに少しドキドキしてしまった。


 梅野さんは……しっかりしているな。


 受験生だから、どうにかやってみるしかないんだ。

 自分なりに。

 

 


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