第38話ストレス、イライラ


 毎日の腕の治療の成果で少しずつ腕の状態は良くなってきている。

 だが、内部が治りだしたのに、なぜか皮膚に触れると痛みが走るようになってきている。

 どんな回復の仕方なの……と眉を寄せてしまうが、途中、新人にたらい回しにされて新しいスクロールを試すという、人体実験のような扱いをされた。

 回復に向かっているのはいい事だが、接触に痛みが出たのはレティリアには誤算である。


「いつになったら仕事復帰できるのかな」


 はぁ……と息を吐き出して相変わらずのサロペット姿で仕事に向かった。

 暑さにじんわりと汗をかき、職場であるギルドに到着する。

 大きな建物を見上げて一息ついてから中に入ると、冒険者たちの騒がしい声や受け付けの職員の声が遠くで聞こえた。

 職員玄関が離れているから絡まれることも無い出社に、これは少し嬉しいレティリアだ。


 真っ直ぐ休憩室を抜けて女子ロッカーに。

 ずらりと壁に並んでいらり作業着を手に取って、自分の荷物をロッカーに詰め込む。

 ピリッと走る痛みに顔を歪めながら作業着に袖を通した。


「おー、レティ! 出勤ごくろう!」


「………………おはようございます」


 今日は朝からいるらしいギルバートが、ガハガハと笑いながらレティリアの背中を叩いた。

 まだまだ解体許可がおりずイライラしているレティリアの目に衝撃の光景が入ってくる。



「っあーーーーー!!!」


 指をさして声を荒らげるレティリアに気付いた仲間たちがいい笑顔で手を振った。


「あぁ、おはようレティリア! 今日も良い日だな」


「良い日じゃなぁぁぁぁあい!! なんでぇ?! なんでA級三体もいるのぉぉぉ?!」


「追加入りまーす。S級一体! 今日は随分レベル高い魔物が……くる……な……」


 いい笑顔で運んできた職員に、まるで呪いでもかけそうなドロドロと渦巻く負の感情を抱えて睨み付けると、言葉尻を途切れさせて苦笑いしていく。


「…………レティはまだだろ?」


「なんで今なの! 私が捌けないの知っててなんで今!!」


「いや……まってくれよ……俺に言われたって……」


「なんで今ぁぁぁぁぁぁ!!」


「離せってぇぇぇぇ!!」


 胸ぐらを掴んだレティリアは身体強化をしてからブンブンと前後に揺すると、ガックンガックン体が揺れる運び込んできた職員。

 その横を颯爽と歩いて、笑いながらザンダーイがS級を捌くと書類にサインしてニヤニヤしながら持っていった。


「んぬぅぅぅぅ!! 魔物の背中から滑り落ちろ!! おっさんめぇぇぇ!!」


「おー、こえぇこえぇ」


「バカ! あほ! ハゲ!!」


「禿げてねぇっつの!」


 ガッハッハッ! と笑いながら台車を押していくザンダーイの背中にできる限りの悪口を投げる。

 語彙力の無さを晒して周りからも笑いが溢れる解体場。

 その片隅で、今日も必死に訓練だと銅1、2、3を捌く新人職員。

 レティリアは仕方ないと、今日もまた新人に指導を始めるのだった。



 そんな解体場をそっと除くのは受付嬢でこの話のヒロインマリーウェザー。

 仕方なく指導に回るレティリアが腰に腕を当てて教えたり、時には周りを確認してから少しだけ手早く皮を剥いでお手本を見せたりしている。

 バレたら怒られるから少しだけ、と返り血すりかからず上手に捌く姿に全員食い入るように見ている。


「この鱗とれねぇ……」


 ぐっ……と下唇を噛んで力を入れながら力任せにむしろうとする他部署から来た新人は、諦めてレティリアを見た。


「なぁ、これなんだけどよ」


「ん……あぁ、これレア個体だ。これだとC級の鱗と同じくらいに鋭くて張り付きが強い。これはね」


 隣に来て腕をのばし、新人が掴んでいる鱗を一緒に掴む。

 しっかりと厚地の手袋を嵌めているので切れる心配はない。

 レティリアが真横に来た時、近すぎる距離に一瞬ドキドキした新人だったが、レティリアの眼差しが魔物にしか行っていなくてトキメキはスンッと消えた。

 真面目にやろ……と向き合い教えていくレティリアの話をしっかりと聞く。


「まずはこういった鱗はかなり鋭いから手や周りを切らないように。持つ場所はもう少し下で、こうめくると少し浮くの」


 いつも鱗を持つ場所から随分下を指さし、新人に場所を教える。

 初めてのレア個体に緊張している。だが、先程の失敗から、どうしても力任せになった。無理やり持ち上げようとするとレティリアに手を叩かれる。


「だめ。これは硬そうに見えて負荷をかける場所を間違えると簡単に折れて破片が飛び散るの。そうなると魔物に突き刺さって……」


「突き刺さって……?」


「納品部位がぐちゃぐちゃになって使用不可。ペナルティで使えなくなった部分は実費で支払い義務がある。まだ銅1、2、3なら良いけど、等級が上がるとたぁいへん」


「ひっ……」


 とはいえ、このペナルティはB級以上は魔物の解体が難しすぎて適用されないのだが。

 

 低レベルの練習段階から適当にやって荒く解体されたり、それで良しと思わせない為に敢えて設けられた規則だった。

 新人のたるみを分かりやすく締めることのできる。

 いつの世もお金は偉大なり。



 

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『魔物解体と奢られ飯』 今日も回復術師のおっさんに奢られる。 くみたろう @kumitarou

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