第37話 鋭い眼差し
それからは、各1回ずつ新人の回復術師がレティリアの腕を見ていく事になった。
最初3人だったのに、腕を覗き込む人が増えだし、レティリアを中心に輪ができていた。
ドヨンとした目をヴェルクレアに向けると必死に手を合わせて拝んでいる。
それは謝罪のつもりか。ゆるせん……と怒りを滾らせていると、女性がレティリアの隣に立った。
その人はヴェルクレアに背中を向けているので表情はレティリアと、一部の回復術師しか見ていない。
可愛らしい見た目、線の細い女性で回復のために走り回り、時に戦うなんて出来るのだろうか……と自らの外見を棚に上げて思ってしまう。
それくらい、魔物討伐部隊の回復術師はハードで肉体的にも精神的にも削られると聞くからだ。
主に、義兄のユリウスから。
そっ、と腕を掴まれる。
その腕は完治している腕で治療の必要は無いのだが、内部を診察するように見てくる女性になにやらゾワゾワとした。
眉を寄せて女性を見ると、感情の乗っていない無表情な顔がレティリアを見て、思わずビクリと肩が跳ねた。
「…………細いのね」
「はい?」
「あの時、広場であなたを見たの。あなたみたいな小さな子が、あの魔物の首を落としてた。ねぇ、どこにそんな力があるの?」
「…………身体強化だけど」
「あの時間ずっと? 本当に?」
訝しげに見てくる女性に困惑しつつも頷く。
細く可愛らしい外見の女性は、多分レティリアより年下だろう。
身体強化は魔法の一種だ。
この世界では適正する魔法というものがあり、それは生まれつき全員に備わっている。
魔力量や体力、俊敏性などが数値化され、生まれた時にプレートのようなものを持って生を受ける。
人々は、その適正を見ながら将来を決めて日々研鑽するのだ。
レティリアは、肉体に直接付与する魔法適性が1番高く、また魔力も高い。
身体強化の状態維持を長く続けるために、それらに必要な魔術だったりはスクロールを使い、基本的な数値も極限まで上げるというストイックの賜物で1日のほぼ全てを身体強化しても魔力切れを起こさないようにレティリア自体を強化した。
全ては仕事をする為。
仕事が好きだと公言するレティリアは、自らを鍛え上げることも厭わなかった。
鍛えれば鍛える程にレベルの高い魔物を捌ける。
お金になる。食事量を増やせる。
その循環が出来上がった時点でレティリアが手を抜く必要性が皆無になったのだ。
だからこその今の結果であって、あんな顔をされて言われる事ではないのだが、様々な感情が入り交じっているのか圧を感じる。
えー……と思いながら掴まれた腕を見て、また女性を見る。
「…………痛いんだけど」
「あら、ごめんなさい」
「……謝る気ある?」
わざとなのか1度力を込めてから離される手に眉を寄せた。
「なになに? どうしたぁ? なんかあったかい?」
ヒョコと女性の横から顔を出すヴェルクレアにレティリアの眉がギュッと寄った。
何故か不快感が増した。
「いえ、小さな体なのにあんな大きな魔物を解体出来るなんて凄いなぁって」
「あぁ、身体強化を極限まで極めているね。その職業に誇りを持って日々研鑽している証拠じゃないか」
凄いねぇ、とのんびり言うヴェルクレアに笑顔を浮かべているが手を強く握りしめている女性。
チラッとその手を見るとブルブルと震えていた。
「それよりどうよ、腕の状態はわかったかい?」
「かなり綺麗に治っていますけど、元々の負傷が酷いので……確認が難しいです」
次々に見られるレティリアは、沢山の人に囲まれて落ち着かない。
顔を歪めてポツリと呟いた。
「まるで実験動物」
「……これ、なにかな?」
ん? と首を傾げてヴェルクレアが聞くと、テンション上げて答える新人。
「新しい回復術のスクロールです!あと少しで痛みの芯まで狙えるはずで……!」
「じゃあこれは?」
「筋肉の再構築を早める理論に基づいて開発されたスクロールで……!」
「………………で、私は何されてんの」
何を言っているか分からないレティリアは、ため息まじりに空を見上げた。
周囲には他にも新人回復術師。全員、見た目こそ爽やかだが目は完全に実験者のそれだった。
「先生から内部を見るには適任だと言われたので!」
「……ヴェルさん?」
目を細めて呼び名だけを呟くと、隣にいたヴェルクレアが誤魔化すように笑った。
「いやぁ、はははは……実際に人体を診た方が回復の反応がわかりやすいからねぇ」
「……いやそんな理由で?」
あからさまに嫌そうな顔をしたレティリアに、焦って手を合わせるヴェルクレア。
「いや、ごめんね! カエルとかを使うより分かりやすいからさぁ」
「今のフォロー、まるで響かない」
冷めた目で見るレティリアだったが、新人たちのピュアな瞳にグッ……と言葉を飲み込む。
そして、ため息混じりに腕を振った。
「……さっさとやって終わらせて」
「了解です!」
威勢よく返事が返ってきた瞬間、魔力がほわりと肌に触れた。
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