第36話 まるで見せしめ


 結局義兄は助けてはくれなかった。

 悲しい……と呟くレティリアに苦笑するが、手は離さない。

 そして壁側に設置している椅子にレティリアを座らせて怪我をした腕を優しく撫でた。


「痛みはあるかい?」


「大丈夫」


「…………うん。じゃあ、ちょっとまっててね」


 そう言って新人を呼びに行ったヴェルクレアの背中を眺めてから、怪我をした腕を掴む。

 いきなり震えるのは治まってきたが、握力がまだ戻っていない。

 捌いている途中にナイフや包丁が手から抜けてしまって、台の上にいるレティリアは床に落とすことが多々あった。それが、まだ治らない。

 

 完璧主義ではないが、この状況は仕事が出来る状態では無いとレティリアも残念ながらわかっている。

 だからからこそ甘んじて教育係を続けているが解体数を稼げなければ給料は下がる一方だ。


「……まずい、このままでは飢えてしまう」


 勿論数ヶ月どころか1年くらい働かなくても貯金が多いので問題は無いのだが、レティリアの尽きない食欲は金銭問題を打撃する。

 そうなったらシスコン義兄がせっせと稼いで貢ぐ未来があるのだが、あえてそこは計算には入れない。

 早くどうにかしないと……と悩ましく眉を下げていると、数人連れたヴェルクレアが帰ってきた。


「…………多い」


「悪いねぇ」


 困ったように笑いながらレティリアの前にしゃがむと、怪我をしている腕をとった。


「さて、はじめようかね」


 優しく腕をさすってからヴェルクレアの周りにいる新人を見上げると、指を指す。


「1番損傷が酷いのはこの場所。毒に汚染されて中をズタズタにされてるんだよ。普通の傷とはまた違うね。見てわかる?」


 回復術師だけが分かる体内の変化を知る目を持っている。

 いくら転生者で、この世界を作った片割れであるレティリアでもそれはわからない。

 そもそもレティリアはチートではないのだ。

 身体強化しているとはいえ、通常は非力なかわい子ちゃんなのである。


「…………ちょっと、分かりにくいです」


「うん、だいぶ団長が治してるからね。でもこれ、まだまだ中度の負傷で騎士だったら訓練中止指示出るからね。……レティ、今は仕事してないよね?」


「今は指導しかやらせて貰えない」


 ぷっくりと頬をふくらませて言うレティリアに笑って、可愛いねぇ。と頬を人差し指で潰して空気を強制的に吐き出させた。

 滅多に女性に触らないヴェルクレアが、まさか頬に触れるとは……と驚く中、ある女性の眼差しがキツくなる。

 戦闘員ではないレティリアは気付かず、手を握ったり開いたりしていると、順番に腕を取られて内部までじっくりと見る練習台に使われた。

 これはお礼してもらわないと……と思った瞬間に腹が鳴る。

 バッ……と腹部を抑えるが、誤魔化しようもない。


「あれ、 レティさん? お腹すいたの?」


 たまたま通りかかったマティスがレティリアの腹部の音を聞いて、歩く足を止めた。

 以前食事をした中にいた回復術師の人だ。


「…………お腹すいた」


「あー……今何も無いからなぁ……」


「大丈夫、俺が持ってるから。ほら、とりあえずこれ食べて」


 1本で満腹チョコバーと書かれた手のひらサイズのチョコバーを渡される。

 わざわざ袋を開けて手渡してくれるそれは、軍への支給品で普段は一般には出回らないものだ。

 遠征中の小腹対策でも大変頼りになる。

 短時間ではあるが、満腹感を与えてくれるのだ。

 片腕が使われている状態だからか甲斐甲斐しく世話をするヴェルクレアを見上げながら、与えられるチョコバーを口にした。


「っ!!」


 ザクッとした噛みごたえと、濃厚なチョコレートが口いっぱいに広がり目を見開いてヴェルクレアを見上げた。


「美味しい! もっとちょうだい! ね、いいでしょ? 足りないの。ね、お願い、もっと欲しい」


「………………まいったねぇ」


 くいっと服を引っ張りながら目をキラキラさせて上目遣いをするレティリアにヴェルクレアは目を瞑る。

 キラキラと輝く瞳で、いつも無表情に近いレティリアが笑顔全開で見てくるのだ。抱き締めたい衝動にかられる。

 だからって人前で手を伸ばしたりしないし、恋人でもない人に簡単に抱きしめられるほど軽くもない。


「……………………あと、1個だけ、ね」


「わぁい」

,

 1個で十分満腹になるチョコバーをおかわりするレティリアの腹部を全員が見る。

 体内に入り膨張するからか、そもそもそんなに食べれないはずのチョコバーをぺろりするレティリア。

 まだ足りない……と無言で見つめるレティリアを、もう駄目だよ……と言いながら優しく止めた。

 頭を撫でたい、見つめる瞳を隠してしまいたいと葛藤してから、零れ落ちる欲望は苦笑に変えた。


「ほら、腕の治療が終わったら、また何か食べに行こう。それで許してくれるかい?」


「…………お財布」


「大丈夫だからね?!」

 

 困ったように笑うヴェルクレアに渋々頷いたレティリアは、まだ自分の腕をじっと見ている新人回復術師へと顔を向けた。

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