第35話 新人からの視線
雲ひとつない晴天。
暖かな風が吹き、動いている人達からしたら暑くてたまらないだろう。
この世界にも熱中症は存在していて、水分休憩をいつもよりも多く取っていた。
それは回復術師の訓練でも変わらない。
「あー……あっつ」
首筋をながれる汗。
額からも流れていて、中には滝のように汗をかいている人もいる。
ヴェルクレアは結んでいた髪を1度解いて首を振ると、汗が飛ぶ。
用意していた飲み物を一気に半分ほど飲み干して息を吐くと、視線が注がれているのに気付いた。
腰に手を当てながら振り向くと、薄ピンク色の髪の新人回復術師がヴェルクレアを見ていた。
暑さのせいか、それとも別の理由か頬を赤らめていて、視線が絡むと恥ずかしそうに顔を背けられる。
レティリアとの食事中に言っていたのはこの新人の事だった。
どうやら恋愛としての好意を寄せられているらしく、常に見られている。
かといって、必要最低限の関わりしかなく近付いて来る訳でもない。ただ視線だけが追いかけてくるのだ。
かなり有望な回復術師で、直接指導をしていた時にヴェルクレアは見染められたらしい。
草臥れてはいるがヴェルクレアは所謂いい男だ。
優しく笑顔を向けてくれて、先生と慕われるくらいに教え上手で面倒見がいい。
戦闘中の的確な指示に、時には身を呈して守る格好良さ。
そんなヴェルクレアに憧れ、好意を持つ人はあとをたたない。
そんな彼は長いこと独り身で、特別を作らないからこそ余計に夢を見てしまうのだ。
「先生、この段階の回復なんだけど内側まで回復が浸透しないんです。この場合ってどうすれば?」
「ん? あぁ、これはねぇ」
小さな魔物を連れてきて傷口を見せる新人に向き合う。
全ての新人が中だるみする訳ではない。
やる気に満ち溢れて教えを乞う人もいて、今2人の新人がヴェルクレアに質問してきた。
表面だけでなく、奥深くまで裂傷していたり神経を傷付けている場合、表面だけを回復しても完治は勿論していない。
見た目が綺麗だからと周りも誤解して通常訓練をさせる場合もあるし、治療の仕方で後遺症が残る場合もある。
そういったことが無いように、回復術師は常に研鑽しなくてはならない。
全損などの場合は、高度な回復が出来るスクロールが必要だが、今、回復練習しているのはまだまだ初歩中の初歩だ。
これが出来なくては外での演習や魔物退治に同行しても足でまといになる。
とはいえ、それを簡単に出来るまでコツを掴むのが第一関門であり、1年目でクリアしたら良い方である。
擦り傷などから練習して、時には魔物相手に回復練習もする。
回復術師の練習は幅広く様々なことをする。
回復だけ出来ればいいわけじゃない。
騎士たちと同じく走り回るのだ、体力筋力、持久力。さらに、危険回避や魔物の行動、攻撃パターンを知り、時には攻撃もする。
危険な状況でこそ回復術師は光り、大勢の騎士を守る回復の盾となるのだ。
それらを満遍なくできるようになるまで時間が掛かるのだが、新人が上辺だけでも出来るようになると力を抜きだす。
それが中だるみの時期と被るのだ。
命のやり取りをする場所に行くのに、出来たから大丈夫と安易に考える。
その熟練度は低く、自分も仲間も危険だと言うことを本当の意味で理解していない。
そんな新人たちの命の価値を、本人たちはまだちゃんと理解していないのだ。
命の価値。それは生きていなければわからないもの。
その価値を上げるために、死なないために、周りを生かすために回復術師は走り回るのだ。
「…………なるほど、奥への回復を先に重点的に……でも、勝手に外側の回復に切り替わるんです」
「感覚が理解できない新人は必ずそこで躓くんだよ。このコツは自分で見極めるのが1番なんだよねぇ……そうだなぁ」
ふむ、と考え込むヴェルクレアは2人を見る。
「最近こっちに来て回復魔術を受けてる子が居るだろう?今日はその子の見学をするかい?体内の損傷の回復をしているから、1番君たちが苦手な回復方法だよ」
「ぜひ!」
「お願いします!!」
頭を下げる2人ににこやかに頷く。
そんな様子を見ていて、見逃す新人女性ではない。手を握りしめてその様子を見つめていた。
「やめてよーいやだよー聞いてないよー」
「だぁいじょうぶよ。回復中に説明するだけだし、今日の回復はおじさんがするから怖くないでしょ」
「怖いじゃなくて嫌なんだってばー」
「ほら、わがまま言わないの」
「子供扱いするなー」
ヴェルクレアに抱えられながら訓練所にくるレティリア。
今日も今日とてお迎えに来たヴェルクレアに捕まり、いやいやこの場所に来たのだが、新人が今日は見学すると聞いて回れ右をした。
さかし、すぐに捕まり小脇に抱えられたレティリアは手足をプラプラさせながら力を抜き、嫌だと口だけで抵抗する。
「いつもとやる事変わらないからね」
「むー……」
眉を寄せて口を尖らせるレティリア。
そんな姿をまだレティリアに慣れていないこの場の人達は驚きながら見ている。
優しいとはいえ、女性に軽々しく触れたりしないヴェルクレアが困った子だなぁ、と優しく笑いながら抱き上げる姿は衝撃である。
「あれ、また逃げたのかな?」
「……兄さん」
2人の姿を見つけて近付いてくるのは義兄のユリウス。
にこやかに笑って抱えられているレティリアの頭を撫でた。
「今度は何をしたのかな? 僕のレティ?」
「見世物にされそうだから逃げたいのに離してくれない」
「新人に回復の様子を見せて勉強させたいだけだって」
困ったように笑うヴェルクレアに、なるほどねぇ……と笑った義兄は助けてはくれないようだ。
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