第34話 仕事終わりのご飯は最強


 以前に来た路上に並ぶ店を練り歩くレティリア。

 露店の販売員はレティリアを見て笑い大皿を渡してくれる。

 勝手知ったるというように、販売員も購入の物を遠慮なく皿にドサドサと乗せてくれるのだ。

 それをスマートに受け取り金を払うヴェルクレア。

 最近近代化してきたのか、露店でも現金支払いではなくキャッシュ決済ができる店が増えてきて、何回か腕に着けているバングルで支払いをしている。


「…………足りるかい?」


「第2陣出動すると思う」


「そうかい」


 クスッと笑って酒を煽るヴェルクレア。

 その顔には疲れが見えていた。

 レティリアを迎えに行ったからではなさそうだ。


「どうしたの?」


「ん? なにが?」


「なんか、疲れてるね」


「あー……ね。」


「わからないよ」


 苦笑するヴェルクレアを食べながらじっと見ているレティリア。

 年齢に差がある2人を、最初は不思議そうに見る人もいたが、職場関連でおじさんたちと食べ歩くレティリアだからこそ、常連客や販売員の人たちはすぐに慣れた。

 だが、女性客の視線は鋭くレティリアによく刺さる。気にしていないが。

 

 今も複数の視線がレティリアを睨み、ヴェルクレアに熱い眼差しを向けている。

 それくらい、自称おっさんと言うヴェルクレアは見た目でも人を魅了する。


 だが、これは既に通常仕様となっているため、ヴェルクレアの疲れはこれじゃないだろう。


 では、なんだろうか。


「んー……仕事のグチになっちゃうからね。そうか、疲れたように見えてたかぁ。悪かったねぇ」


 いやぁ、まいったね、と苦笑いするヴェルクレアにレティリアは肉をモグモグしながら見ている。

 2人は食べながら何気ない話や、レティリアの好きな魔物や食事の話、外部に漏らしても問題ない討伐中の話など、様々な話題を出すが、聞いていて気分が下がる話はしなかった。

 食事は楽しくしたいし、嫌な気持ちでこの雰囲気を潰したくないからだ。

 だから、こんなヴェルクレアは珍しい……いや、初めてだろう。


「…………まあ、私が聞いてなにか変わる訳では無いだろうけど」


「いや、気にしてくれてありがとう」


 いつも以上に草臥れた顔で笑う哀愁漂うイケおじ。

 それに周りがざわりと騒がしくなる中、レティリアは、焼売を箸で挟んでヴェルクレアの口元に運ぶ。


「…………ん?」


「食べると元気でるよ」


 酒しか飲んでいないヴェルクレアに差し出された焼売とレティリアを交互に見る。

 先程まで口を付けていた箸、しかも人前で年下からのアーンを強要されている草臥れたおじさん。ただし、イケメン。

 困ったなぁ、と笑うが好意以外の何物でもないとわかっている。だから。


「…………うん、うまいね」


 レティリアの手を掴んでそのまま口に入れた。

 周りが一気にざわつき女性の叫びが響く。

 このイケおじ、普段の魔物討伐後の険しい顔しか見てない住民からしたら、そんな顔するの?! そんな事するの?! とレティリアとの食事の時はいつも心臓をバクバクさせるのだ。


「嫌なことも食べたら吹き飛ぶよ」


 そう言って、今度は唐揚げを口元に運ばれる。

 それも同じように手を掴んで口に入れる。


「…………ん? 漬け込みじゃない?」


「これ塩唐揚げ。最近お気に入り」


「へぇ、美味い」


 穏やかに笑みを浮かべるヴェルクレアに、レティリアも笑った。


「…………はぁ、おじさんこの時間が癒しだなぁ」


 頬杖をついて、飲み物を飲むレティリアを見る。

 大きなコップの為、両手でしっかりと持って飲むレティリアはサイズ感もあってまるで幼な子のようだ。食べる量は子供じゃないが。


「なに? やっぱり疲れてる?」


「おじさんはいつも疲れているものだよ」


「…………そんなに筋肉蓄えているのに?」


「筋肉関係ないからね……?」


 困った子だなぁ……と見ていると、首を傾げているレティリアはそのまま食事を続けた。



 最近ヴェルクレアが頭を悩ませているのは、新人達のことだった。

 最初は緊張や、魔物討伐の恐怖でガチガチになるのだが、少し慣れてきた半年から8ヶ月くらいになると緩みが出てくる。

 そうなると、一気に死亡率が跳ね上がるのだ。

 今は新人が入ってからちょうど7ヶ月が経過した。

 まさしく、今は緩みに緩み訓練中も上官や先輩の目を盗んでたまにふざけている騎士がいるくらいに。

 そしてそれは、回復術師にも言える事だった。


 このことに最近のヴェルクレアは悩んでいる。

 教える立場にいるヴェルクレアは、真面目に訓練や回復の練習をしない回復術師にため息をこぼす日々だ。

 これは毎年の事だが、今年は特に酷い。

 さらに、別の意味で手を焼く新人がいる。


 これは仕事上の事で、この楽しい場に持ち込みたくないと、笑みを浮かべて酒を煽り気持ちを切り替えた。


 それからは、いつも通りの時間を過ごす。

 店に近い席でゴミ箱を借りて、食べて溜まったゴミはすぐに捨てて、ついでに新しい食べ物を買う事数十回。

 レティリアが満足するまでそれは続くのだが、鬱々としていた気持ちは気付いたら穏やかに波打つことなく。

 レティリアの効果は高いなぁ……と頬杖をついて見ていた。

 艶やかな髪が揺れる度に、指を差し入れて遊びたいな……と無意識に浮かぶ考えにパチクリと瞬きをする。


「………………ん?」


 視線を感じてレティリアが顔を上げる。

 黙って見つめるヴェルクレアの変化に一瞬戸惑い、声をかけるがなかなか意識が戻らないヴェルクレアは、そうか……はぁ……と息を吐き出す。


 一回り以上年下のまだ幼さの残る女性に少なからず好意を抱いている。

 その感情は確実に恋や愛といった類に変わり、年甲斐もなく……と自分自身に呆れながらも食べ続けるレティリアを静かに眺めた。

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