2章
第31話 負傷の片手と時の人
広場で出張解体ショーをしてから1週間が経過した。
その間、レティリアは腕に負担がかからない簡単な仕事ばかりしている。
それは、反動からくる腕の震えと痛みからだった。
見た目は綺麗な腕だが、唐突に痛みが酷くなりブルブルと震える。
それは決まった時間になる訳でもないので、解体中に起きることもあるのだ。
そうなると、大事に慎重に切っていた部位が酷く乱れる。
根性で使えない状態にはしないが、出来は悪かった。
歯を食いしばり痛みを逃がすレティリアを見て、同僚たちは顔を見合せていた。
「少し解体から外した方が良くないか?」
「解体好きなのはわかるが……あれじゃあいつか自分を切るぞ」
いつも魔物の取り合いをして喧嘩をするが、今回はレティリアの体調を考えて解体から離そうと言う。
それは普段話しをするB級やれよー! という気さくでいて冗談を言うのではなく真剣だ。
そしてそれは現実となり、腕が完治するまで新人育成に回されたのだった。
「納得いかない! 納得いかない! 普段は問題ないのに!! 痛みだって一時なのに!!」
そう昼休憩で叫ぶレティリア。
既に顔バレしてしまった為に、現在は裏に隠れるように食事をする必要がなくなったから、堂々と仲良しのギルド受付と食事中だ。
ガウディ、30代のムキムキ爽やかイケメンと、ムハァン……と色気溢れる黒髪美女。
美女はビビアンと言い、受付嬢の花と呼ばれ人気の女性。
冒険者から何度と無くデートのお誘いがあるのだが、笑顔で切り捨てている。
そして、同じく黒髪の男性。
細身で165センチ程しかない低身長ながら魔術特性が高く広範囲の強い攻撃魔法を得意とする受付。
男性は特に、暴動時の制止にも走る為ある程度の強さを求められる。
レティリアやマリーウェザーと同じ22歳のラース。
そして、マリーウェザーも食事に参加している。
大先輩に囲まれて食べるのは落ち着かないのかソワソワとしていて、それなのに普通に食事する同い年2人にびっくりしていた。
レティリアは長く働いている事もあり、顔なじみが多い。
ラースに至っては性格が図太いのだ。あまり気にしないタチであることが、ラースには良い作用をしている。
「まぁまぁ、レティの腕を心配してだろ? 今は我慢しとけって」
「私はあの時見てなかったけど、かなり酷かったんでしょ? 見た目も治って良かったわ……ねぇレティ、貴方は女の子なんだから、気を付けないと駄目よ?」
緩いウェーブの髪を指先で耳にかけるビビアンにマリーウェザーがドキドキしているが、レティリアは膝の上に置いてある小さなお弁当にばかり意識がいく。
「……ビビちゃん。またご飯少ない」
「今ダイエット中なのよ」
「お前たしかに太ったもんなぁ」
「筋肉ダルマに言われたくないわよ!」
「ガウディさん相変わらずデリカシーないですね」
「うるっせ!」
わちゃわちゃと騒いで食事を進める4人に、マリーウェザーは恐る恐るラースに聞く。
「あ……あの……ラースさん、レティさんは皆さんと仲良いんですか?」
「まぁ、解体員と受付って何だかんだ引き継ぎやらなんやら聞き直しとかで会話があるんですよ。その関係ですね。昔から仲がいいみたいです」
「そう……なんですか」
ガウディに新しいサンドイッチの袋を開けてもらって不機嫌に食べるレティリアを見る。
相変わらずすごい量を食べるレティリアは午後からも指導に回って一切解体させて貰えないも文句を言うのだが、実はギルド受付でもレティリア指名で解体を依頼する人が一気に増えたのだ。
これにより受付からのR×印が量産されている。
どちらにしても今は解体出来ないので意味が無いのだが。
こうして不満とストレスが溜まるレティリアは午後の業務に戻って行った。
その背中を見つめてポツリとマリーウェザーは言う。
「……レティさんって凄いんですね」
「レティの凄さは集中力だったり魔物への関心や興味、それを知識として身につけ実際に解体に繋げる努力。ただ解体しているのを見てすげぇってなるのは分かるけど、1日2日で出来るもんじゃねぇし、その継続できる気力胆力……まぁ、実態を知ってる俺らからはただの変態だがなぁ」
「たしかに」
クスクス笑う先輩たちを見て、マリーウェザーはレティリアへの印象が変わっていった。
「ああぁぁぁ」
解体できないレティリアを見てニヤニヤしながらナイフを見せびらかす先輩たち。
ギリギリと悔しそうに見ているしかない虚しさについ口が滑る。
「解体中滑って転べばいい」
「怖ぇこと言うんじゃねぇ!」
ウィリアムの叫びが響く。
解体中は大型の時は魔物の上にも登るしよく切れる刃物を持っている。
危ないし、下手したら死ぬだろう。
それを軽く言うレティリアの鬱憤は溜まる一方だ。
さらに、他部署の人達が見に来ることが増えた。
流石に出張解体ショーは衝撃が強すぎたのだ。
まるで客引きパンダのようなレティリアは、それも気に入らないのだった。
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