第28話 出張解体ショー 4


 その後すぐに麻袋をギィが持ってきて、無事に中に収めた。

 麻袋を持っていたレティリアの、特に左腕は真っ黒に焦げ付き、もう感覚もない。

 ビクッ、ビクッと跳ねる腕でどうにか麻袋の空いた穴を抑え続け、縫うためにギャリビーンの体内に埋め続けた結果、毒と瘴気によって使い物にならなくなっていた。

 ヴェルクレアが腕を掴み、皺を寄せて見ている。ギィも心配そうに見ていた。


「なおりやすか……」


「……アレクセイにも見せた方がいいな」


 ヴェルクレアがレティリアを抱き上げて、真っ逆さまにギャリビーンから降りていった。

 怖がり悲鳴を上げるような生易しい生活をしている訳ではないから、レティリアは表情を崩すことなく、近付く地面を見つめた。


「レティ! 大丈夫か……って! お前その腕!!」


 ちょうど足の付け根の毒袋を取ったウィリアムが、目を丸くして声を上げた。

 ザンダーイも慌てて振り向くと、真っ黒くなった腕に極限まで目を見開いた。


「…………毒か」


「首が1番酷いのは分かってたが……これ程か」


 二人もすぐに集まり、アレクセイに腕を見てもらっているレティリアの隣に来た。


「……こりゃ、ひでぇ」


「大丈夫かい、治るかい」


 二人が慌てて聞くが、すぐに回復を始めたアレクセイは随分と顔を険しくさせて、返事をしない。

 そして、その様子を見ていた周りの人達はレティリアの小ささに驚く。


「…………え、レティさん? え……解体してたのって……」


 目を丸くして驚いていたのは、マリーウェザーもだった。

 レティリアの部署を勘違いしていたマリーウェザーは、血塗れで腕を黒焦げにしている姿に、ただ呆然とするしかなかった。

 最近はあまり話をしていなかったレティリアの幼なじみであるアイリスも、友達に囲まれて呆然と見ていた。


「レティ! レティ!! 大丈夫か?! くそっ、毒か!」


 いつの間にか現れた兄のユリウスが取り乱してレティリアを見てから、アレクセイを見る。

 かなり高度な魔法をかけて治療を試みているが、表情は芳しくない。

 右腕はヴェルクレアによって完治した。

 やはり途中で全回復していたのが良かったのだろう。

 左腕は肌の色は戻り、感覚も戻ったが、微かな震えが止まらなかった。


「……治る?」


 レティがアレクセイを見て聞いた。

 それに顔を上げて、無表情なはずのアレクセイが少し笑って頷いた。


「治る。だが、少し時間が」


「…………時間かかる? でも、今はS級が3人にA級が1人。人員足りないからすぐに戻りたい」


「…………これで戻るのかい?」


「ギャリビーンはここら辺に出てこない魔物だし、S級になるから対応できる人が限られてる。A級も2体いるけど、解体員A級は今1人……しかも上がったばかりで、さらにあの魔物はまだ扱ったことなかったはず」


「…………なんでそんなに詳しいんだ? 魔物にしても解体員にしても……」


 ランディが不思議そうに聞くと、筋肉隆々の男が割って入ってきた。


「そりゃ、レティが解体員のエースに匹敵するからだろう」


「…………ギルバート様」


 元第3師団隊長にして、現在の解体員のトップであるギルバートがゆっくりと登場。

 ギルバートを知る騎士団も多く、驚き生唾を飲んでいた。

 騎士から見たら、ギルバートは英雄のような存在のようだ。

 ギルバートはレティリアの腕を見て眉をひそめた。


「……また派手にやったなぁ。なんだった?」


「巾着型の毒袋、破裂済み」


「災難だなぁ……」


「他の人はまだ来れなさそう?」


「これでも高位ランクはA級2人くらいだな。ギルド側も大量受注が入った」


「…………こんな時に」


 それを聞きながら、ヴェルクレアも左で回復魔法をかけ出した。

 2倍速で治っていく腕を見て、ギュッと手を握ると、マリーウェザーが止められるのを無視して割り込んでくる。


「レティさん?! レティさん……本当に……魔物の近くに……」


 真っ青な顔のままレティリアを見るマリーウェザー。

 そしてユリウスを見つけて、場違いにも顔を赤らめた。


「あっ! ユリウス……副隊長……」


 そんなマリーウェザーを一瞥してから、アレクセイを見るレティリア。


「……どうですか?」


「とりあえず、今は動けるようにはする。だが、一般人では数日かけて治すレベルの負傷だ。後から反動がくる。毎日1回、必ず騎士団に来て回復魔法をかけてもらうこと……いいな?」


 レティリアは無言でギルバートを見る。

 勤務の関係で行けない日が出るかもしれない。

 そのための確認だったが、レティリアを見もせずにギルバートは頷いた。


「ああ、勿論だ。コイツの腕、頼むな」


「任せてくれ」


 それから、さらに強い回復魔法を二人で一気にかけたことで、今までと変わらない見た目と感覚が戻る。

 むしろ体調が良くなった錯覚まであった。


「……治った」


「ただし、一時しのぎだ。しっかり治すために、ちゃんと毎日来るんだぞ」


「……はぁい、隊長さん」


 少し間がある返事に疑いの眼差しを向けるアレクセイ。


「来ないようなら迎えに行こうか」


 仕方ないなぁ……と苦笑したヴェルクレアに背中を押されて走り出したレティリアは、振り返り「ありがとう……」と呟いた。


「…………しかし、あんな小さな子が解体員……しかもレティリアって名前なん……て……」


 そばで見ていた騎士団の人たちが半信半疑で見ていた時、ジャンプして頭の上に登ったレティリアが容赦なく一撃で頭を落として地面に転がしたのを見て、言葉尻が小さくなった。

 ごろりと転がり、濁った目が騎士団たちを見る。

 そばにいたマリーウェザーが「ヒッ!」と声を上げて意識を飛ばし、その場に倒れ込むのを、すぐそばにいた騎士が支えた。

 ただふらついただけならユリウスが良かった! と思うだろうが、完全に意識を飛ばしたマリーウェザーは名も知らない騎士に抱えられて、受付嬢のいる場所に運ばれて行った。


「あぁ!! マリーウェザー!!」


 幼なじみのカイトが見つけたのは、すでにマリーウェザーが運ばれた後で、怒りに燃えるが、相手は先輩だし、先輩が支えなければ地面に頭を打っていた。

 先輩じゃなくても、たくさんの騎士に囲まれていたマリーウェザーは、誰かしらに助けられただろう。

 なんともタイミングの悪いこの作品のヒーローは、「俺のマリーウェザー!!」と地面に四つん這いになって叫び、先輩騎士たちに「この緊急時に何をしてる」と叱られ、踏んだり蹴ったりだ。


「………………なにをしてんだか」


 ヴェルクレアは呆れ、アレクセイは眉間に皺を寄せて目を瞑った。


 

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