第26話 出張解体ショー 2

下から嫌そうなウィリアムの声が響く。

 気持ちは分かるけどね……と苦笑すると、後ろから支えているヴェルクレアが顔を覗き込んできた。


「…………なに? どういうこと?」


「毒袋は一般的な丸型、四角型、涙型があって、特殊個体には稀に巾着型がある。巾着型は上に結び目みたいなのがあって、筋肉や筋がギュッと結んでるの。死んでからはこの大きさだと死後硬直が遅いから、その前に力が抜けて巾着が開く。破裂しようがしまいが、毒が散布されちゃう」


「……どうするんだい?」


「縫う」


「……………………縫う?」


「縫う」


 イメージが浮かばないのか、「縫う……」と何度も言っていると、B級まで解体できる先輩が数種類の糸と針を持って来た。


「どれいるんだ?」


「一番太くて丈夫なの。針も一番大きなの、頂戴」


「おー」


 すぐそばにいる他の解体班に要らない針と糸を渡して、簡単にギャリビーンの体を蹴り上げて登ってくる。

 それを見ている騎士団たちは、解体班って結構身体能力が高いんだなと感心していた。

 ただ切って仕分けるだけではないのだ、解体は。


「ほら……っと、回復術師さんか」


「お邪魔してるよ。体勢を崩しやすいから支えているんだが、邪魔じゃないかい?」


「大丈夫っすわ。むしろ俺ら支えたら解体について言い合いになるから有難い。頼んます!」


 上がってきてヴェルクレアに目を丸くしながらも、腕を突っ込んでいるレティリアに針と糸を渡す。

 針はレティリアの手のひら程あり、それにある程度の伸縮性があるが硬い糸を通したそれをレティリアに渡す。

 首から片手を出したレティリアは、肩からすぐ下から指先全てが火傷でただれて炎症が起きたようになっていた。

 二人とも顔を歪める。


「…………こりゃ、厄介だなぁ」


「S級のかなり強い毒で、霧状だから厄介」


 そう言いながらも腕をまた突っ込み、指先だけの感覚で毒袋を縫っていく。

 筋膜や筋肉を切断して中を開いたが、その範囲は極小さく中を確認することはできない。

 全て手のひらや指先だけで確認するのだ。

 それはウィリアムや、腹部の毒袋切除を開始したザンダーイも同じだった。


「…………くぁぁぁ! めんどくせぇな!! ちぎりてぇぇ!」


「ちょっ……やめてよザンダーイさん!」


「やる訳ねぇだろ!」


 騒がしい下に小さく息を吐き出してから、集中して縫い出した。

 霧状の毒を撒き散らす場合は、毒の耐性がある魔物の体内で毒袋の処理をするのが鉄則だ。

 この縫う作業が失敗したら、体外に出した時に一気に毒が散布されるため、毒袋の縫う作業はランクの高い解体班か、手先の器用な人が代わりにやるくらいには重要な仕事なのだ。


 普段なら問題ないが、両腕から指先にかけて負傷している今のレティリアは、痛みと手の震えが止まらない。

 舌打ちしながらも、目を瞑ってゆっくりと巾着の口を閉じていった。

 筋肉の萎縮が緩やかになるのは、ドラゴンに近い体だと頭から始まる。

 だから、脇の下や腹部より喉のほうが毒袋は緩んでいた。


 さらに一箇所破裂しているので、巾着部分と破裂部分も縫わなくてはいけない。

 巾着部分はいつもより時間がかかったが終了。

 だが破裂部分はギザギザにちぎれ、さらに穴も大きい。

 既に手袋は溶けきり、素手でドラゴンの体内をまさぐるレティリアは、痛みに冷や汗を流し続けていた。


「……だめだ」


「レティ?」


「破裂した穴が大きすぎる。穴は当て布しないと」


「…………当て布ったって……ねぇだろ」


「しないと私の両腕、溶ける」


「…………そりゃ、マズイな」


 あまりにも酷い破損状態の場合は、直接毒袋をしまう瓶を体内に入れて無理やり瓶に入れるか、魔物の皮を使って穴を塞ぐ当て布をする。

 だが、今は瓶も当て布もここにはなかった。


「何を手伝えばいいかい?」


「…………皮を剥ぐ。この魔物から剥いだ皮を直接当て布代わりにする。先輩、手伝って」


「………………俺は」


 B級の魔物しか扱えない先輩。

 緊急時だからこそ……と戸惑う先輩を見てから、ヴェルクレアを見る。


「たいしたことないから、手伝って」


「うん、なにすればいい?」


「左手は穴を直接抑えてるから離せない。だから、私の左手の代わりをしてほしい」


「ああ、指示を頼む」


「まずは先輩、糸をもう一本ください」


「お……おう! すぐ持ってくる!」


 ジャンプして降りていく先輩を見送った後、ヴェルクレアを見た。


「ここから少し離れた場所の皮を削ぐように取るから、皮を抑えたり持ち上げたりしてほしい」


「ああ、任せていいよ」


 下では集まってきたギルド職員や第3師団の騎士に回復術師が増えてきていて、それぞれ動いていた。

 誘導だったり、体調不良者の対応だったりと慌ただしく動く中、脇の下の毒袋を切除できたらしくウィリアムがその場を離れた。


 それを横目で見てから、集まる解体班を見る。

 まだS級は集まってない。まだギルドで解体しているのだろう。

 こんな時に限って高ランク魔物が運ばれているのも、タイミングが悪い。

 ウィリアムは足の付け根に移動する。

 まずは、左右どちらかを調べるところからだと、鱗に囲まれた足を数人がかりで持ち上げ、内側の柔らかい場所を指先で慎重に探っていった。

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