第25話 出張解体ショー


「…………これは」


 広間に到着したレティリアが見たのは、ほぼ遭遇することのないS級の魔物と、傷だらけで倒れるS級冒険者パーティだった。

 9人パーティで、さらに半分以上がA級でS級も2人いる大型パーティなのだが、そんな人達が息も絶え絶えに倒した魔物から必死に距離を取ろうとしていた。

 魔物を見たレティリアはすぐに鞄に入っていた大判ハンカチを出して鼻と口を塞ぐ。


「………………これは、見たことが無い魔物だな」


「デカイな、それに臭い」


「なんでギルドに運ばないんですかね」


「…………運ばないんじゃなくて、運べないんだよ」


 小さく声を上げたレティリアを3人が見る。

 ハンカチで顔を抑える姿にランディが鼻で笑うが、すぐ後ろから走ってくるガタイのいいおじさん達がレティリアを呼んだ。 そこにはウィリアムもいる。


「あぁ、休みだからいると思った」


「先輩……仕事じゃなかった?」


「早番だよ……こりゃ……また」


「レティ、これはなんだ」


 レティが鼻と口を抑えているのを見て、解体班は全員マスクを出して付ける。

 これは防塵マスクに形が似ているが、微細な毒なども軽減してくれる為解体班御用達である。

 ウィリアムにマスクを渡されたレティリアはそれを受け取りすぐに付けた。

 女性の先輩から可愛い飾りが着いた髪ゴムを渡され、簡単にポニーテールにする姿をヴェルクレア達3人が黙って見てから口を開く。


「……君たちはギルドの職員か」


「あぁ、そうっす……って、まさか回復術師の隊長?! やっべ! すげぇヤツいるじゃん!」


 ザワザワと解体班が騒がしくなるなか、可愛らしいワンピースを着ているレティリアは渡されたエプロンを付けて仕事の準備を続けていた。

 分厚いエプロンに、腰にはゴツイベルト。そこには多種多様の刃物や細かな機材が入っていた。

 その姿は騎士団の人達も何度も見る解体班の姿。


「……レティ」


 小さく呟いたヴェルクレアの声はレティリアには届かなかった。


 ギルド職員が続々と集まる。

 気になって集まり、近付きすぎた街の人達が体調不良を訴え直ぐに離れるように注意が広場中に響く中、物々しい姿の解体班が集まる。

 警備を担当する職員にレティリアとウィリアムともう1人、ザンダーイと言うおじさんが向かった。


「死亡してから毒袋が時間差で破裂する魔物だから今から周りに広がっていく。なるべく近付かせないで。毒袋は全部で4箇所、なるべく早く取るから……出来たら解毒剤をギルドから貰ってきて」


「わ……わかりました!!」


 レティリアからの指示に困惑していたが、ザンダーイによって急かされ走っていった。

 周りに毒が飛ぶことを伝えてから。



「…………で、毒袋がなんだって?」


「体内に4箇所、毒袋あって霧状に吹き出す。首、右脇の下、腹部、そして足の付け根の4箇所。頭側から時間差で破裂……多分首はもう破裂してる」

 

「……んじゃ、首、脇の下、腹部を一気にした方がいいな。今S級解体は俺ら3人だけだ。後から2人くるが……間に合わねぇな」


「腹、随分出てんな」


「なんか食ったかぁ?」


 この広間には他にも3体の魔物がいて、うち2体はA級だった。

 だが集まっているのは成り立てA級1人に、他B級以下ばかり。


「まずは毒袋が先」


「賛成」


「俺ぁ指示出してから腹やる。まだ時間あるだろ」


 話し合いを終わらせてから3人は一気に走り出した。

 レティリアは体に強化魔法を掛けて、ジャンプして体を蹴り上げながら頭の上まで上がった。

 クラリ……と霧状に吐き出される毒に体調が悪くなる。


「レティ! 大丈夫かぁ?」


「………………ん、大丈夫か大丈夫じゃないかなら、大丈夫じゃない」


「ぶっ倒れんなよっ!」


「んっふふふふふ」


「怖ぇって」


 巨大なドラゴンに似た姿のこの魔物は、ギャリビーン。

 つい先程図鑑出みていた魔物で、滅多に遭遇しないものだ。

 生息地域が違い、ここらでは見かけない筈の魔物。

 最近こういった魔物の出現が増えているから余計に図鑑を見るのだ。


「…………ん、これは」


 首周りを分厚い手袋をはめる前に素手で触ると、じゅっ……と一瞬熱さを感じて手を離す。


「せんぱーい、破裂すると毒袋が熱を持つ特殊個体みたいー」


「マジかよ、ここに来て特殊個体とか引き良すぎ」


「大きさも図鑑での平均より3倍は……ありそう」


 手袋をはめてから首を触る。

 がっしりと鱗に覆われているが、1つ輝きがちがうのがある。所謂逆鱗だろう。

 それよりもまずは毒袋だろう。首のどこに毒袋があるが探していると、下で解体班数人が集まり巨大な腕を持ち上げて脇の下の毒袋を見えるように移動していた。

 それに気付かなかったレティリアの体が揺れる。


「おっと」


 ぐらり……と体が投げ飛ばされそうになった時、直ぐに後ろから支えられた。

 太く大きな腕がレティリアの腰に回っている。


「…………ヴェルさん?」


「大丈夫かい? まぁ、支えるくらいしか出来ないが……何かあったら言いなさいね」


「……ありがとう、助かった……これ」


 マスクを渡してヴェルクレアに付けさせてから首の周りを手袋を付けた手でさするように撫でる。

 すると、微かなでこぼこを見つける。

 それを指先でなぞりながら、腰から太く大きなナイフを取り出した。

 下ではまだ場所を見つけられないらしく苦戦していて巨体を揺らしている。

 ぐらりと揺れる度に後ろから体を支えられる。

 それも気にせず目処をつけた場所に迷いなくナイフを差し入れた。

 一気に吹き出す血液型に、周りは悲鳴をあげる。

 騒がしくなる周りに眉をひそめながら、指先を中に押し入れて毒袋がどれくらい深い場所にあるかを探った。


「…………ん、触らない。随分深い場所にあるな」


 1度手を引いて更にナイフで広く切る。

 筋肉質で、なかなか入らないナイフに舌打ちすると、下で毒袋の場所を何とか見つけたのだろう、こちらからも舌打ちが聞こえてきた。


「……随分と厄介な場所にあんなぁぁ」


「ウィリアムさん! 皮膚が暖かくなってきてます……」


「せんぱーい、早くしないと破裂するよ」


「わぁってらー……そっちはどうだ」


「首周りが異様に筋肉が発達しててナイフの通りが悪い。ただ、そのおかげで毒の漏れを防いでいるのかも。毒遮断の袋早く頂戴!」


 最後は走り回っている解体班に言った。

 街中を巡回して警備する騎士が解体班から袋を渡されレティリアがいる近くに来るが、滅多に魔物と戦わない第2師団の騎士は顔を引き攣らせて足を止めている。

 動かない騎士を睨みつけて口を開いた。


「……仕事しないクズか……死んだ魔物が襲いかかるわけもないのに何を怯えてるのさ、ビビリか」


「ぶふっ……」


 イライラして辛辣な言葉を吐くレティリアに思わず笑ったヴェルクレア、それを聞いていた解体班も笑い出す。


「おーい、人前だぞ猫かぶれ猫ー」


「嫁の貰い手逃げてくぞー」


「クソ軟弱な婿なんて兄さんに潰されたらいい」


「……それは、婿出来なくなっちゃわない?」


 苦笑するヴェルクレアが話しかけてくる。

 手や腕どころか全身血塗れになりながらナイフを引き抜いたレティリアは腰のベルトにナイフを戻す。

 切り裂いた喉に両手を差し込み指先で周りを探っていく。

 だいぶ奥になるので、体はギャリビーンの首にぺたりとくっつけてできる限り腕を伸ばした。


「……見つけた。まったく、随分奥に……面倒だな……」


 そう言うレティリアの両腕は毒で焼いてただれていた。

 まだ喉に手を入れているので周りからはバレていないが、痛みがあり感覚が鈍りそうだと眉を寄せる。


「…………んー……あぁ、このタイプか」


 そう呟いてから腕を出すと、ただれて出血している腕にヴェルクレアが顔を険しくさせた。

 そして直ぐに腕を治すために魔術を試行する。


「先輩、毒は巾着型ですー。針と糸」


「……………………巾着ぅぅぅ?」

 

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