第20話 自称ナンパ

 

「いただきます」


「はい、どうぞ」


 ヴェルクレアに挨拶をしてからパクっ!と食べ始めた。

 手で持って食べ歩きに向いているトゥーンカウだが、それなりのボリュームがある。

 そのまま1本かハーフサイズか選べるのだが、勿論ヴェルクレアは1本で買ってきていた。


「うまぁ……」


 一口はそれほど大きくない、上品に食べ進めているのにまるで吸い込まれるように早く、レティリアは、あっという1つを間に完食した。

 今度はチリを掴み、そちらも食べていく。

 満面の笑みで食べている所を全員が見ているのに気付いて、トゥーンカウの皿を差し出した。


「独り占めしたい訳じゃないから、皆もいっぱい食べて……おじさんが買ったやつだけど」


「おじさん?!」


 そんな的外れな気遣いに、全員が声を揃えた。

 食べる量も、ヴェルクレアをおじさん呼ばわりも、財布の様に買い物をする姿も、仲良さそうな姿も全てが驚愕だ。

 チリのトゥーンカウを6個完食した時、水を飲むレティリアを見てツィードが聞く。


「レティちゃん、飲み物は水でいいの? なんか持ってこようか?」


 気遣いで聞いてきたのだが、首を振ったレティリアは申し訳なさそうに理由を説明した。


「ジュースとかだと味が混ざっちゃうからご飯中は水がいいの」


「そっかぁ……ご飯好きなんだね」


「うん、食べるの好き……買ってきていい? 」


 マジックか?! という速さで食べきったレティリアがおかわりを所望する。

 指差して聞くと、行ってらっしゃいと言われたので、すぐさま早歩きで向かっていった。


「…………はぁ、まさかの大食い。まだお腹ぺたんこなんだけど」


「いっつもあんな量食べてるのかな、エンゲル係数高そう……」


「あれ、今一人暮らしじゃない? だって副隊長隊舎にいるし」


「……………………え、あの量どうしてるの? 」


 呆然とレティリアを見るツィード達の話を聞いていたマリーウェザーが、あ……と声を上げる。


「どうしたんだ? 」


「カイト……レティさん来る前にお金……めっちゃおろしてた……」


「マジか……」


 指差して頼んでいるレティリアの背中を見るマリーウェザー達。

 その隣で静かに唐揚げを食べてエールを飲むヴェルクレアは、先日の巨大パフェを食べ尽くしているレティリアを思い出していた。

 金魚鉢みたいな器に立った状態で大きなスプーンを口にくわえているレティリア。

 うまうま……と言いながら食べる姿は完全に子供のようで、愛でてしまう。

 まさに、花より団子を地で行くレティリアに、普段感じる女性を感じないのがまた可愛らしいと思った。


 不思議がいっぱい……と呟く騎士達の話を聴きながらヴェルクレアがレティリアを見ると屋台で買い物を終えたレティリアがこちらに向かってくる姿を見つけた。

 かなりの量を持っているから手伝うかな、と立ち上がった時だった。

 

 レティリアに誰かが話しかけたようだ。

 銀髪の見目良い男性で、冒険者のような出で立ちをしている。

 肩に手を置き、ニヤリと笑って何かを話している。

 料理で両手を塞がっているレティリアに、かがみ顔を覗き込んでいるようだ。


「あれ、絡まれてる……? 」


「大丈夫か? 迎えに行くか」


 ガタガタ……と椅子が動く音が聞こえた瞬間、ヴェルクレアは弾かれたように走り出していた。


 ひとりで屋台をウロウロしていたレティリア。

 欲しいのを片っ端から買い込み、持てないほどの量となる。

 それを抱えて歩いている時、急に肩に腕が回ってきた。 バランスが崩れそうになったが、すかさず積み重なった料理を抑えてくれる。


「なんだ1人か? 珍しいじゃねーの」


 しっかりと筋肉がついた腕がまるで抱えるように回される。

 見上げると、無駄にイケメンな同僚ウィリアムがレティリアの料理を持ち上げた所だった。


「先輩」


「こっちくるか? みんないるぞ」


 レティリアと同じ早出組が酒を飲んでギャハギャハと笑っている。

 かんぱーい! と木製のコップを打ち付けて飲み、ぷはーっ! としていた。


「………………野蛮人めぇ」


「それをお前が言うかよ」


 笑いながら言うウィリアムを見上げると、仲間たちを見ていて、その横顔は落ち着いた大人の微笑みだった。


「行くか? 」


「いや、私ね……」


「レティ!!」


 ガシッ! と腕を掴まれて振り向くと、ヴェルクレアがじっとウィリアムを見ながら強くレティリアを引っ張った。

 肩に回っていたウィリアムの腕が外れ、ウィリアムは目を丸くしてヴェルクレアを見る。


「…………え? ヒーラーの隊長?」


「ツレだから、ナンパはやめてくれるかい?」


 レティリアを背中に隠して身長の高いウィリアムを見ながら言い切るヴェルクレアに、へぇ……と楽しそうに笑う。


「すっげぇヤツ引っ掛けてんじゃん!お前マジかよ!」


「引っ掛け…………?」


「違うから、先輩。絡んでこないで」


 ヴェルクレアの横からピョコンと顔を出すレティリアをニヤニヤとウィリアムが見ている。

 そんな二人を見て、ヴェルクレアは小さく先輩……? とつぶやいた。


「職場の先輩」


「ナンパと勘違いかぁ。こんな凶暴をナンパはないよなぁ?」


「凶暴だとぉ? 」


 ペンペンとレティリアの頭を叩くウィリアムの脇腹を肘で殴りつけるレティリア。

 その気安い姿にヴェルクレアが頭を抱えた。


「あー…………すまん! すっかりタチの悪いナンパかと思ってね……レティも悪かったよ」


「大丈夫……見た目気の荒そうな冒険者風だから、先輩」


「どこが気の荒そうだ。優しい先輩様だろうが」


「パワハラだー」

 

 顔をおさえて謝ったヴェルクレアは、苦笑いをしながら頭を下げると、ウィリアムは手を振った。

 

「気にせんでください。1人なら一緒に飲もうって声掛けただけなんで! 俺はウィリアムです」


「ヴェルクレアだ。本当に悪かったなぁ」


「いや! それじゃあ。レティ、また明日な」


「はーーーーい」


「長ぇって」


 ウィリアムが歩く方向にはパラソルのない複数人用の長テーブルがあって、思い思いに料理をつついては酒を飲んでいる強面の人物がコップを打ち鳴らし笑っていた。

 解体を生業とするから、誰もが筋肉質な体をしている。


「先輩だったかぁ」


「うちの所、イカつい先輩が多いから」


「そうなんだねぇ、失礼な事したなぁ」


「先輩の方が失礼……」


「仲がいい職場なんだな」


 ヒョイとレティリアの料理の皿を持ったヴェルクレアに礼を言うと、笑顔だけが返ってきた。


 

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