殻を割る

米鐘数奇

おままごと

 

 愛なんてものは嘘だ。幻想だ。けれどもそんな形の無いものに縋らなければ私たちは心のあり方を保てない。だから私は心にもない言葉を嘯いた。

「君のことが好きだ」

 半ば定型文と化した口説き文句。

「ふわふわした髪が好きだ」

 そのふわふわした髪が憎らしい。

「クリクリした瞳が好きだ」

 そのクリクリした瞳が妬ましい。

「柔らかそうな唇が好きだ」

 その柔らかそうな唇が羨ましい。

 私にはない要素を褒めていく。そうすればきっと、相手は喜んでくれるから。

 相手は大人しそうな子を選んだ。ちょうど都合が良かったから。きっと彼女は私の言葉に本気になることはない。ただ少し触れ合ってみたり、友達同士ではしないようなスキンシップをして胸を高鳴らせてみたり、そういった恋人の真似事、おままごとがしたかった。

 それだけだったのに。

 今この状況はなんだろう?

 なぜ私は組み敷かれているんだ?

「ねえ、いいでしょ? ほら、先っちょだけだから。ちょっと触るだけ、ちょっと入れるだけだから。ね? ね?」

 身じろぎしても逃れることができない。

 緩やかにカールした彼女の髪が頬にかかる。

 ふんわり香るシャンプーの匂い。

「なあ、これはちょっと急じゃないか?」

「でも好きって言ってくれたでしょう?」

 彼女はその口を耳に寄せた。

「それに今日は誰もいないって言ったじゃない」

 ぞわりと背筋を撫でる声に抵抗の手が緩むと今度は彼女が正面から私を捉えた。

 逆光で迫る顔。

 惚けた様に潤んだ瞳。

 唇から溢れる熱い吐息。

「あ、あんなの社交辞令だろう。私の部屋に上げたのだって、女二人だからそういうことにはならないと思ったからだ。断じて期待していたわけではなむぐっ」

 言い終わる前に唇を塞がれた。声にならない声を出す。それすら唇をこじ開け侵入した舌に阻まれる。口に広がる甘酸っぱいレモン味。舌に触れる異物の感覚に唾液が分泌された。溜まった唾液を飲み込めず口端から溢れる。息をするたび脳に突き刺さるような甘い快楽。心地よい疲労感に包まれると、淫雛な橋を作りながら彼女は離れていった。

「ふふ、涙が出ちゃってる。可愛い。普段はかっこいいのに、こんな一面もあるんだ」

 言いたい放題言われているのに反論する元気もない。指一本すら動かせる気がしない。

「今日は誰もいないんでしょう? アタシがいぃっぱい、可愛がってあ・げ・る♡」

 蕩けるような甘い笑みで、ただその瞳は妖しく輝いていた。

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