光射す方へ

京野 薫

光射す方へ

 もう少し……

 お願いします、今日だけ勝てば……もうパチンコは最後。


 僕は目の前で派手な画面に代わり、カッコいい演出を始めている画面を呼吸も忘れて見ていた。

 今日の軍資金は三万。

 給料日から半月経つが、今月はツキの巡りが悪いのかかなり負けてしまい、残りの給料がほとんど無い。

 そのためキャッシングも限度額一杯まで借りてしまったため、親に金を借りないと毎月の返済さえ危うい。


 ギリギリなのは分かっているけど、今日はSNSの情報によると出る日なんだ。

 勝ちさえすればいい。

 二分の一なんだ……


 そう思っている僕の目の前で、液晶画面が極彩色の美しい光を放つ。

 ……来た! 来た!


 甘美な音が鳴り響き、目の前で玉が溢れる。

 銀色の光が川のようにジャブジャブと溢れてくる。

 来た来た!!

 ざまあみろ!

 僕はよく見るSNSで俺を馬鹿にした奴らの書き込みを思い出した。


(使っていい金とダメなやつの理解もできないお子ちゃまが通りますよ)

(てめえの金だけで無く、親からもらってるだけでも人生終了のお知らせ)


 どこが終わりだよ、頭湧いてんじゃねえの?

 こうして勝ってんじゃん。

 ギャンブルなんて、流れを研究しきってチャンスを掴んだ奴が勝つんだって。


 僕は大きく息を吐くと、周囲に積み上がった戦利品……大量の玉を見て、SNSに戦果を投稿した。

 この台はそろそろ限界っぽいな。

 せっかく勝ったんだ。

 多分十万は勝ってる。

 でも、ここまで使ったのは二万五千円。


 ……七万五千円か。


 その数字が浮かんだ途端、それまでの脳が焼けるかと思うような興奮が「スッと」冷えるのを感じた。

 朝から並んで、二時間戦ってんだよな……

 先月、パチンコで負けが込んで母親に四万借りてるし、SNSでも僕の投稿のファンから二万ほど資金援助してもらったんだよな……


 ……え? じゃあ全部返したら残り一万五千円!?

 ダメじゃん。


 母親のはまあいいか。

「また負けたから四万返せない、ゴメン」とか言っとけば。

 何せ親ローンは無利子、返済期限無しなんだし。

 SNSは……しまった、勝ったのを投稿してしまった。

 まじか!

 書かなきゃ良かった……マジありえねえ。


 こうなったら、もうちょっとだけ……手取りを増やしたいな。

 で、ないとせっかくのこんな幸運、借金返すだけで終わったら悲しすぎるだろ。

 幸運はいつまでも続かない。

 何回も来ない。

 ここぞ! と言う時に死に物狂いにつかみ取らないと。


 多分、この台はまだ出る。

 ここまでの回転数を見る限り、まだ最低四万円分位は出るはずだ。

 そうすれば僕のファンに対しても格好が付くだろうし、気分良くパチンコから足を洗える。

 後、たった四万勝つだけでいい。

 それで……お願いしまう、神様、女神様。


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 ……はあ?

 なんだこれ?


 僕は信じられない思いで目の前の台を見ていた。

 なんで、全然出ないんだ?

 早いだろ?


 あれだけ積み上がっていた僕の玉は今や半分になっていた。

 どうするんだよ……ヤバいじゃん。


 今ならまだ間に合う。

 ここで止めれば五万の勝ち。

 傷は最小限。


 でも……もうちょっと待てば出る気がする。

 ここで止めたらもうチャンスは来ない。

 結局、今日一日無駄にしただけじゃんか。

 ここでまた最初みたいな運が回れば……後たった一回でいい。

 それだけ来れば、勝ち。

 今日に意味が持てる。


 だが、出ない。

 気がつくと僕は顔をパチンコ台にかなり近づけて睨み付けていた。


 はああ!

 何だよこれ!

 おかしいだろ!

 こんなタイミングで出なくなるなんてありえねえだろ!

 普通に考えてありえねえよ!

 普通出るはずだろうが!


「ってか、これ……操作してんだろうが!!」


 思わず声が出てしまい、それが切っ掛けになって気がつくと台を二回ほど殴っていた。

 ま、いっか。

 天誅だ!

 ざまあみろ! こっちは人生かけた勝負してんだよ。


 そう思いながらふと隣に視線を向けると、男に着いてきてるのか明らかに場違いな女が、怯えたような興味津々なような目で俺を見ていたので、急に恥ずかしくなった。


 なんだコイツ、じろじろ……

 こっちは崖っぷちなのに、のんきにパチンコ店の社会見学かよ。

 そう思うと、隣の女が自分を馬鹿にしている気がして睨み付けたら「すいません……」と言って慌てて視線を逸らした。

 ざま見ろ、馬鹿が。


 どうしようか……今更台を変われない。

 変わって、もし次に座った奴が出たら笑えない。

 でもこのままだと……どうする。

 どうすればいい。

 くそ、誰か出る台教えてくれよ。

 一回くらいいいだろ、減るもんじゃなし。


 ついに残り一箱になり……それも半分。

 泣きたくなった。

 何なんだ……

 このまま箱を投げつけてやろうと思ったがギリギリで踏みとどまった。


 こんなに死ぬ気でやってるのになんで……


「出ないんだよ!」


 また声に出して思いっきり殴りつけたら、店員がやってきて退店を促されたので、思いっきり舌打ちして出て行った。

 換金したら六千円だった。


 信じられない……

 もう一回挑戦だ。

 こんなんで引き下がれるか。

 あんなクソパチンコ店はもう二度と行かない。

 せっかくの宝のような常連客を一人亡くしたな、ざまあみろ。

 もう頭を下げられても二度と行かない。


 俺は怒りにまかせて、銀行に行くと二万円下ろそうとした。

 すると軽やかな音と共に「残高不足のため下ろせません」との表示。

 ……え?


 呆然としながら通帳を見ると、残高は二千円だった。

 ……まじか。

 やばいな……俺の信者のお布施でも……

 そう思い、サイトで「今、お金がピンチです。どなたか助けて下さい!」と書き込んだ。

 先月はこれで……


 だが、書き込みを見ると


「良い機会だからギャンブルは辞めましょう」

「お母さんが泣きますよ。真人間になるチャンスでは?」と。


 はああ!?

 お前ら親かよ。

 そういう綺麗事ばっか言って上から目線視点するなよ……


 だれか頼むか、馬鹿が。

 じゃあまた親ローンを使うか。


 そう思い母親に電話した僕は全身に鳥肌が立った。

 ショッピングモールの清掃の仕事中に階段から落ちて、アキレス腱を切ったらしい。


「ごめんね、今月はちょっと働けない。お前に頼ることになるけど……」と。


「いや、無理だって……」


「ゴメンね。でも、お前この前『出世して給料上がる』って言ってただろ? 本当にごめんね、でも足が治るまでは頼らせて」


「いや……うん、分かった」


 呆然と言うと電話を切った。

 親ローン、倒産かよ……ってか、この残高でどうするんだ。

 キャッシング……っていっても、もう二カ所で限度額一杯に借りてる。

 仕方ない。

 パチンコもだけど、どうしても欲しいガチャがあった。

 あんな美少女キャラ、二度と会えない。

 気になってた子に食事を断られた傷を癒やさないと行けなかった。

 あれはやむを得ない。

 誰だってそうする。


 どうすれば……

 近くの縁石に座り込むと頭を抱えた。

 お金が……今さえどうにか……ほんの少しでいいから。

 みんなお金、持ってるんだろ。

 だったら少しくらい分けてくれたっていいのに……

 今回だけ助けてくれたら恩返しだってする。


 今度パチンコで勝ったらその半分を渡したっていいんだから。


 そんな事を考えながらボンヤリと顔を上げると、さっきのパチンコ店から一人の女が出てくるのが見えた。

 男も一緒だ。


 あいつ……


 そうだ。

 思えばアイツがあんなにジロジロ見てこなかったらもしかしたら台に集中できて勝ってたかも知れなかった。

 アイツのせいだ……


 俺は気がつくと二人の後をフラフラと追っていた。

 何をしようというわけでも無い。

 ただ、二人を……あの女を見たとき、たまらない怒りが湧いていた。


 そして、二人を追っていると二人は人気の無い道に入り、急に端に寄ると何かしゃべり出した。

 何だ?


 すると女の方が男に向かって財布を出して、中から札を何枚か出して男に渡した。


「さっきは残念だったね。はい、これでまた出来るでしょ?」


「……は? こんだけ? お前さ……これっぽっちで俺にどうやって遊べって言うの」


「……ゴメン。でもさ……私も、今月あんまり……もらえなくて」


「他に男居ないの? お前、もっと引っ張れるだろ? あとさ、他にバイトとかする気あんの? 死ぬ気で働こうともしないでなに、彼女面してんだよ」


「ゴメンね……でもさ……私、頑張ってる。悠斗ゆうと君も……ちょっとでいいから……」


「俺はお前で無いとダメな理由はない。俺はいつか作家になる。パチンコはそのための学習塾なの。雰囲気や人を観察して。それを支えもせずに彼女になろうとしてんの? 香織かおりのそう言う勘違いっぷりはマジでリスペクトだわ」


「え? 私、悠人君の彼女だよ」


「違う。まだ彼女候補。何人かなりたがってる奴いるの。お前はその最終選考を勝ち上がらないと行けないの。それで俺を満足させれたら晴れて受賞」


「そんなの酷いよ……」


 男はその言葉に応えず、スマホを出すと耳に当てて誰かと話しながら、女性を置いて歩いて行った。

 置いて行かれた女性はシクシク泣きながら、引き返したため呆然と見ている僕と目が合った。


「あ……」


 戸惑っている僕を彼女はキョトンと見ていたが、やがて思い出したのか顔をしかめると大きく舌打ちをして足早に通り過ぎていった。


 僕はポカンとしていたが、やがてさっきまでの彼女の姿が自分の母親に重なった。

 自分がさっきの男に。


 自分はあんなに醜かったのか……

 そして……母はあんなに……惨めだったのか。


 僕は急に自分を取り巻く全てが怖くなった。

 そして目の前がぼやけると、そのまま涙がポロポロ流れていった。


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 あれから一年が過ぎた。


 結局僕は借金をどうにも出来ずに自己破産を申請した。

 醜い自分の姿を見せられながらも、結局あの後もパチンコの快楽と刺激を止められず借金を膨らませてしまったのだ。


 なので、自己破産後は心療内科に行き正式にギャンブル依存症の診断を受け、治療を受けると共に自助グループにも参加した。


 まだギャンブルの情報に触れると、脳の奥がじりじりとする感じはあるが以前よりはかなりマシになっている。


 母親には心から謝罪し、毎月の給料から少しづつ返している。

 彼女は欲しいけど、まずは普通の男になることが先だと思う。


 そんな思い、そしてギャンブルの刺激を抑えきれなくなりそうなときは、小説を書いている。ギャンブルを題材にした作品。

 依存症の治療にギャンブルの小説と言うのも変な話しだけど、僕には効果的なようで書き終わると疑似体験をしたかのようにスッとする。

 心療内科の先生に言わせると「昇華」と言うらしい。


 でも最近、母親の顔が穏やかになっている。

 前は疲れ果てたような顔をしてたのに。

 いくら何でも無いとごまかしても、気付かれてたのだろうか。


 あの二人はどうしてるんだろうか。

 そんな事を考える。


 でも、まずは自分だ。

 今でも脳の奥にチカチカと光る花火のような光を無くしたい。

 そして、普通の人になりたい。


 そう思いながら歩いていると、ふっとパチンコ店の光が目に入る。


 そう言えば、今度書く小説はパチンコの新台が出てくるんだよな。

 ……ちょっとだけ、取材するか。


【終わり】

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