第10話
一ヶ月も経てば見苦しくなる枝を見越して、シンデレラは無心に剪定し続けた。
しかし、いくら男装をしているからと言っても、身体の作りは肉体労働に適した男の筋肉とは違う。
毎日、労働をこなして、筋肉が付いてるからといっても、女の細腕では、何をするにも時間がかかるのだ。
しかし、腕と足さえ動かしていれば、いずれは終わる。
ただ、ひたすらシンデレラは枝や余分な木を切っていった。
朝から何も食べず、休憩も取らず、ひたすら腕を動かしていたが、疲労も蓄積し、太陽が高くなるにつれて、次第に動きが鈍化していく。
(どうしよう⋯)
腕を動かしながら、内心焦るシンデレラに、声を掛ける者がいた。
「あの、すみません⋯。」
ふり向くと、そこには、従者の格好をした少年が、バスケットを持って佇んでいた。
来客だろうか。シンデレラは、動きを止め、少年に近付いた。
「お忙しいところ、申し訳ございません。あの、とある方が、貴方にと、差し入れをお持ちしました。」
少年は、そう言うと、バスケットの蓋を開けた。
中にはパンや果物、甘い焼き菓子が小さな布に丁寧に包まれ、涼しげな飲み物の瓶も添えられていた。
シンデレラの瞳が、一瞬輝いたが、
「お気遣いを、いただきありがとうございます。
しかし、受け取れません。気持ちだけ、ありがたくお受けいたします。」
と、断った。
少年は引き下がらず、
「本当は、僕の主、自ら行きたがっていました。
でも、あの方はどうしても目立つから⋯。
僕、主から、貴方が食べるのを見届けるまで、戻ってくるな、と言いつけられてここに来ました。僕のため、と思って、いただいてもらえないでしょうか。」
少年は、バスケットを下ろすと、手を拭き、ナプキンを取り出し、サンドイッチをひとつ包み、掴みあげ、少し、ちぎって口に放り、嚥下した。
「毒見も済ませました。さあ、受け取って下さい。あ、その前に手を洗いましょう。水も持参しております。」
一旦サンドイッチをバスケットに戻すと、まだ、返事をしていないシンデレラを手招きし、木陰へと招いた。
なかなか、強引な少年だ。
「ここなら、見つかりません。安心して下さい。」
シンデレラの手を洗わせ、少年は、ハンカチを草むらの上に敷くと、『さぁ、』と言って、シンデレラを座らせ、手にはサンドイッチを持たせた。
(早く、用事を済ませて、帰りたいようね)
シンデレラは、少年に協力することにした。
「じゃあ、遠慮なく、いただきます。」
人に見られながら、食事をするのは、舞踏会のあの夜以来だ。
あの時の、食事も、信じられないぐらいの美味しさだったが、今口にしているサンドイッチもそれに負けないぐらいの美味しさだ。
(しかも、なんだか、不思議と疲れが取れていくような⋯)
何故か、咀嚼し、嚥下すれば、するほど、疲労が取れていくかわりに、力が満ちてくる、不思議な感覚に陥った。
「僕の主は、あの夜、あなたを舞踏会に行かせた者です。」
と、少年は言った。
「え、あの魔法使いの⋯」シンデレラは、声をひそめて確認をした。
それに少年は、静かに頷き、
「これは、少しでもあなたの力になれるように、主、自らあなたの事だけを考え、あなたの幸せを願って、作られておりました。」
「そう、でしたか⋯」
サンドイッチを見つめる。自分のために作ってくれた料理なんていつぶりだろう。
幼い頃の記憶が、遠い向こう側のような、微かな記憶となって蘇る。
(昔は、料理人がいて、使用人がいて、みんな笑顔で、お母様もお父様も笑っておられて⋯)
視界が揺れた。サンドイッチの上に、ポタリっと雫が落ちる。
「あ⋯っ。ごめんなさい。せっかく作っていただいたものに⋯』
謝るシンデレラを、少年は、遮る。
『いえ、それは、全てあなたのものです。お気になさらず。』
片手で涙を拭ったシンデレラは、ふと、思い出した。
「私、もうひとつ、謝らなくてはいけないことがあるんです。お借りしていた物を片方、失くしてしまって⋯」
「あれは、主が貴方のために、と作らせたものです。どうかそれもお気になさらず。」
少年は、そう言うと、バスケットと、ハンカチはまた取りに来るので、そこに置いたままにして下さい、中身は残っていると主が哀しみます。それ、日持ちもしますので、ご協力くださいね、と告げ、にっこり笑うと去っていった。
シンデレラは、魔法使いのおばさまのご厚意を無駄にしてはいけないと、飲み物を飲み、果物を少し齧ると、すっかり疲れが取れて軽くなった身体で作業を開始した。
作業が終わる頃には、深夜になっていた。
翌日も、シンデレラは、日も明けぬ内から、作業をしていた。
魔法使いのおばさまの差し入れは、短い睡眠時間でも、疲れを残さなかった。
(なんだか、私、すごい人にでもなったみたい)
床を磨きながら、ピカピカに磨き上げられた、天井や窓を見上げながら、そう思った。
継母の言いつけどおり、家中を磨き上げる頃には、今日も深夜になっていた。
翌日、継母は、シンデレラに、こう告げる。
「ご苦労、シンデレラ。やれば出来るじゃないか。
頑張ったお前に、休息を取らせてやるよ。
2、3日もすれば、国から花嫁探しの使者が来る。
お前は、その訪ねてきた使者が、この屋敷から出て、遠く見えなくなるまで、自分の部屋から一歩も外に出てはいけないよ。窓に近づく事も禁止だ。分かったね?」
「承知しました。お継母様」
礼をし、退室しようとするシンデレラを慌てて、止める声がした。
義姉だった。
「わ、私達じゃ料理できないわ!せめて、2、3日分だけの料理を作らせてからじゃ、ダメかしら?ねぇ、お母様。」
母の顔色を伺いながら義姉は問うた。
「それも、そうだねぇ。
シンデレラ、今すぐ支度をしてちょうだい」
継母は、シンデレラに命令すると、部屋から出ていった。
扉が閉まると、義姉は、シンデレラに近づき、
「貴方と会えなくなるのは、つらいわ⋯。」
と、うつむき加減に、シンデレラに告げた。
「腹持ちの良いスープを作ります。日持ちもするでしょう。
お義姉様には、火の起こし方を教えます。私がいない間、冷めたスープになってしまうでしょうから。」
義姉は、『え!?』という表情で顔を上げながらも、一旦考え、
「冷めたスープは嫌だわ。」
と、言い、シンデレラの後に続いた。
シンデレラが料理の支度をしている最中、義姉は、椅子に座り、シンデレラの様子を、じっ、と見つめていた。
シンデレラは、2、3日の間に傷んでしまいそうな食材を選び出す。
先程、街から来た行商人から、つい、いつもより安く感じて肉を多めに買ってしまった⋯。
奮発してしまった数刻前の己を悔いながら、これも全部使わなければ、と肉の塊も鍋の材料にした。
食材選びにうんうん悩ませていると、後ろから義姉の声がかかる。
「最近の、お母様、なんだか様子が変だわ。
前々から厳しかったけど、ここ最近は特に⋯。
先日の言いつけも⋯。私、貴方が、倒れるんじゃないかと、これでも心配したのよ。」
「ご心配おかけして、申し訳ございません。」
珍しく殊勝な義姉に謝ると、義姉はそれを制した。
「良いのよ、別に。私が勝手に心配してたんだし。」
食材を切り終え、鍋に移し、火を起こす動作を義姉に教える。
義姉は、『なんだか、早々に失敗しそう。』と、不安げだった。
味見の際は、ちょうど、義姉がいたので、自分の舌に不備がないか、みてもらった。
「ああ、皿は私とは、別がよろしいですね。」と言うと、
「え!良いわ!そのままで!
そのままで⋯、良いのよ。」
と、言い淀み、ほんのりと目元を染める義姉。
シンデレラの目からは、洗い物を少なくしようとしてくれる、協力的に映る義姉に、
(めずらしい⋯)と思うのだった。
シンデレラは、自室に閉じこもった初日、良く寝た。
これまでの睡眠不足を、解消するかのように、良く寝た。
(どうしよう⋯最高だわ。)
2日目は、何もしないことに罪悪感を覚えた。
義姉が、母に止められているであろうに、作り置きのスープを持ってきてくれた。しかし、ドアを開けてはいけない。
扉越しに、義姉が話しかけてきた。
「貴方、昨日、良く寝てたわね。ノックしたけど、全然返事がないんだもの。」
「申し訳ありません⋯。あ、鍋のスープは、味が濃くなっていませんか?」
恥ずかしさを誤魔化すように、シンデレラは、義姉に問うた。
「⋯濃くなってきたわ。」
「ならば、煮詰まって来ていると思うので、温める前に、水を入れて下さい。少しずつ。鍋に使う水は、大きな瓶に蓋がしてあり、上に手酌が置いてあります。」
「分かったわ。」義姉が続けて、口を開く。
「ねぇ、シンデレラ。⋯私、早く貴方の顔が見たいわ。あなたの作ったお菓子も口にしていないのよ。
火を起こす事は、出来るようになったけど、それで、お茶は飲めるけど、同じ茶葉なのに、味がぜんぜん違うのよ。貴方が入れてくれる紅茶は、あんなに美味しいのに⋯。」
と、話したところで継母が、義姉を探している声がする。
「大変。じゃ、もう行くわね。」
そう言って義姉が、料理を置いて遠ざかる。
お茶の味と聞いて、いつだったか、義姉がシンデレラのお茶の味を気に入り、『自慢したい!』と、この屋敷で、お茶会が開かれたことがあったな、と、シンデレラは思い出す。
義姉主催で、その頃には、下働きが、自分ひとりしかいなくて、義姉に言いつけられるまま、飾り付けをして、大量のお菓子を焼いて。
当日、給仕もしたけど、
(義姉のご友人は、やたらと、おっちょこちょいの人達ばかりだったっけ?)
義姉の友人がスプーンを落としたのを、拾って、新しいものを差し上げると、恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして。
それから、友人たちは、次々とフォークやらスプーンやら、色んな物を落とすようになったっけ?
(やたらと、拾ってばかりの時間だった気がする⋯。)
それから、お茶会が開かれることは、なかった。
準備が大変だったから、助かったものの、義姉に聞いたら、
「貴方が取られそうだから、もう、やらない。」
と、良く分からない返答をされた。
3日目、賑やかな音で起こされた。
城からの使者が、訪ねに来た、合図だった。
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